年金崩壊後を生き抜く「超」現役論 第1章の2
『年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』(NHK出版新書)が12月10日に刊行されます。これは、その第1章の2の全文公開です。
2 必要額は世帯によって大きく違う
伝統的社会ではあまり深刻でなかった問題
老後生活資金としていくら貯えるべきかは、いまの日本では、誰にとってもきわめて重要で、切実な問題です。
この問題は、伝統的な日本社会においては、それほど深刻ではなかったものです。
その理由は二つあります。第一は、退職後の平均余命がそれほど長くなかったこと。第二は、退職後は子供の世帯と同居して生計を一にするという、家族内の扶養が一般的だったことです。
この状況はだいぶ前から変わってきました。しかし、それでも問題はさほど深刻化しませんでした。その理由は、年金や退職金の水準が比較的高かったからです。とくに大企業の場合は、企業年金や退職金が十分な水準である場合が多かったからです。
このような状況が、最近になって変わってきたために、あるいは将来において深刻化すると予想されるために、老後資金の問題がクローズアップされてきたわけです。
生活費をコントロールする
「老後生活に備えてどれだけの蓄えが必要か?」という問題については、金融庁試算の以前から、様々な試算がなされ、公表されてきました。
ただし、誰にも当てはまる共通の金額があるというわけではありません。必要貯蓄額は、その世帯の置かれた状況によって大きく異なるのです。
一般的に言えば、老後生活資金はつぎのような式で計算されます。
必要貯蓄額=不足額×必要年数
不足額=必要な生活費–年金等の収入
金融庁の試算では、必要な生活費=1月あたり26万4000円、年金等の収入=1月あたり20万9000円、不足額=1月あたり5万5000円、必要年数=30年として計算しています。
では、個々の家計についてはどうでしょうか?
必要年数は、家族の年齢から平均余命を調べることで、ある程度は客観的に推計できます(ただし、健康状態等によって異なるでしょう)。
退職後の収入についても、年金額等はある程度は見当がつくでしょう。
ただし、年金額は世帯によって大きく異なります。右に示したのは厚生年金の標準的な年金ですが、国民年金の場合にはずっと少なくなります。自営業の場合は事業を続けることができるかもしれませんが、雇用されていて非正規であれば、厚生年金に加入していない場合が普通でしょう。配偶者ではなく世帯主本人が非正規である場合も多いと思われますが、その場合には、年金に多くを期待することはできません。
必ずしも正確に把握されていないのは、必要生活費です。これは自分でコントロールすることができます。したがって、年金等の収入と平均余命を所与として、生活費をそれに合うように調整していくことが必要です。ただし、必要生活費は、医療費によって大きく異なる場合もあることを考えておく必要があります。
以上のような計算は、若い世代にとってこそ必要なことです。
実際には、若い時代には、老後生活のことはあまり切迫感がないので、日々の仕事に追われて、この問題をきちんと考える余裕はないという場合が多いでしょう。しかし、蓄積は長年の努力の結果としてしか実現できないことを、忘れないようにしましょう。
こうした計算に関しては、公的な情報提供サービスが提供されてもよいと思われます。
「老後資金2000万円問題」をきっかけにして、そうした動きが活発化してもよかったのですが、残念ながら、目立った進展は見られません(この問題については、第5章の4で再び取り上げます)。
家計保有資産分布に関する統計を見る
以上の問題を、家計保有資産に関する政府の統計と比べると、どう評価されるでしょうか?
図表1-1に示すように、家計調査報告(貯蓄・負債編、2018年平均結果、2人以上の世帯)によれば、高齢者の貯蓄は、1世帯当たり平均で2284万円です。これを見ると、金融庁の報告書が指摘している条件は、多くの人について満たされているように思えます。
それにもかかわらず、多くの人が「自分の貯蓄は不十分」と考えています。これは、つぎのような理由によります。
正規分布のように、値が平均値の周りに対称的に分布している場合には、「人々が普通と思う値」と平均値が一致します。体重や身長は、こうした分布になります。しかし、資産の分布には大きな偏りがあり、ごく少数の人々が多額の資産を保有しています。このため、平均値は、「人々が普通と思う値」よりかなり大きくなるのです。
資産分布については、平均値でなく「中央値」の方が、「人々が普通と思う値」に近くなります。中央値とは、データを小さい順に並べたときに、中央に位置する値です。いまの調査について中央値をみると、1515万円です。したがって、家計調査報告においても、貯蓄が2000万円に達しない人のほうが多いのです。
ところで、家計資産保有に関する政府の統計は、これだけではありません。厚生労働省、2016年国民生活基礎調査に「各種世帯の所得等の状況」という統計があります。これは、図表1-2に示すとおりです。これをみると、現在、高齢者世帯で貯蓄額が2000万円を超えているのは、18.5%です。したがって、8割以上の人々は、金融庁報告書の言う老後生活資金に達していないことになります。
定年退職金で大きな差 もう一つの統計を見ましょう。厚生労働省の就労条件総合調査によると、大学卒の退職一時金は、図表1-3に示すように、2000万円程度です。
この結果を見ると、「2000万円必要」という金融庁報告書の条件は、多くの人が退職金でクリアできるように思えます。
しかし、現実には、そうはいかない場合が多いでしょう。例えば、住宅ローン等の返済に退職金の大部分を充てざるをえない場合があるでしょう。また、将来退職するときには、現在とは違って、これだけの退職金を期待できない可能性も大いにあります。
さらに大きな問題は、退職金額は、企業規模、勤務年数、最終学歴などによって大きく異なることです。
この図表に示されている範囲でも、大学・大学院卒で会社都合の場合の退職金が2156万円であるのに対して、高校卒(現業職)、自己都合の場合には686万円でしかありません。
さらに、この図表には示していませんが、勤務年数が20~24年の場合には、35年以上の半分から3分の1程度でしかありません。また、大企業と小企業の間には、大きな差があります。
さらに、正規社員と非正規社員の差があります。以上で見たのは正規社員の場合ですが、非正規社員の場合には、勤務年数も短く、そもそも定年退職制度の対象外に置かれている場合が多いと思われます。
このように、日本の場合には、退職金がどうなるかが、老後生活資金問題できわめて大きな意味をもっています。