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「超」英語独学法 全文公開:第4章の2
『「超」英語独学法』が、NHK出版から刊行されました。
3月10日から全国の書店で発売されています。
これは、第4章の2の全文公開です。
2 私が「丸暗記法」を始めたきっかけ
暗記が苦手な人こそ丸暗記をすべきだ
では、どうすればよいのか?
私は、それに対してきわめて明快な答えを持っている。それは、ある程度まとまった文章を丸暗記することだ。
20回程度を目安として、繰り返し声に出して読むだけでよい。ごく簡単だ。簡単であるにもかかわらず、その効果は絶大だ。
文章を丸暗記していれば、個々の単語の意味を苦労して覚えなくても、文脈に位置づけて、自然に覚えられる。前置詞の使い方なども、自然に習得できる。
「長い文章を全部覚える」という方法は、よく知っている言葉も含めて暗記するのだから(というより、ほとんど知っている単語で構成される文章を暗記するのだから)、一見したところ、効率が悪い。
しかし、実は最も効率的な記憶法なのだ。人間の記憶は、関連のない単語を孤立して覚えられるようにはできていない。意味のある、一定の長さの文章を覚えるようにできているのだ。
丸暗記というと、言葉のイメージがよくないため、「自由な発想を殺す」とか「非人間的だ」と考える人が少なくない。あるいは、「記憶力のよい人向けの方法だ」と言う人もいる。しかし、こうした考えは間違いだ。
ひとまとまりの文章、つまり、意味がつながった文章群を覚えるのは、個々の単語を覚えるよりもはるかに楽だ。しかも、一旦覚えれば忘れない。丸暗記こそ、暗記が苦手な人のための方法なのである。
スピーチでの発見
私がこの方法を始めたきっかけは、中学生のときに、学校の代表として英語のスピーチコンテストに出たことだった。草稿を最初から最後まで丸暗記しなければならなかった。
その過程で、つぎのことを発見した。
①部分部分ではなく、全文を連続して覚えるほうが容易。
②ある箇所を思い出せば、あとは自動的に思い出せる。
③単語を一つずつ無理して覚えなくとも、文章を暗記すれば自動的に覚えられる。
高校生になってからは、意識的にこの方法で勉強した。あるとき、このような方法を行なっている者が他にもいないかと思い、友人に聞いてみた。クラスで一人、やはり意識してこの方法を実行している者がいた。
彼の英語の成績は、非常によかった。そこで、これはひとりよがりの方法ではないと確信したのである。
最初は教科書を丸暗記した。他の教科の勉強をして疲れたら、息抜きのつもりで、英語の教科書を取り出して音読する。ただ読んでいるだけだから、精神的な緊張は必要ない。いつの間にか暗記できる。
いったん教科書を全部覚えてしまうと、個々の単語の意味は、文脈によって分かる。その箇所を思い出せなければ、別の箇所から始め、そこから思い出していく。だから、苦労せずに目的の箇所を思い出せる。
記憶は「引き出し方」が重要
いまにして思えば、この方法は、人間の記憶メカニズムから見て合理的な方法である。
人間はきわめて多くのことを記憶できる。問題は、それらの大部分が検索できなくなることにある。つまり、蓄えてはいるけれども、引き出せなくなるのだ。 したがって、重要なのは、対象にいたる道筋をつけることだ。まとまった文章なら、いったんきっかけが見つかると、それを手がかりに、いもづる式に記憶が出てくる。ひとまとまりの文章を全部覚えていれば、どこかの部分を思い出すことで、あとは努力しなくても自動的に引き出せるのである。
孤立した単語を一つずつ覚えようとしても、覚えるのは難しいが、ストーリーがある文章であれば、何度も繰り返し読んだり聞いたりすれば、覚えることができる。丸暗記法は、このようなメカニズムを用いて、単語を文章の中に位置づけて覚えようとする。
試験の直前などで時間がないときでも、できるだけ文章の中に位置づけて覚えるべきだ。最低限、二つ以上の単語を組みあわせて覚える必要がある。
何度読めばよいかは個人差があるが、普通は20回程度読めば覚えられるだろう。20回繰り返し読むのは、独学でやるしかない。つまり、ここでも外国語は独学でしか習得できない。
20回読まなくとも、1回だけで覚えてしまうこともあるが、覚えようとしてもどうしても覚えられない「鬼門の言葉」というものもある。私は、resilientという言葉をどうしても覚えられなかった(「柔軟な」とか「弾力性のある」という意味)。ところが、「ホーム・アローン」という映画の中で、主人公の男の子がChildren are resilient.(子供は何にでも対応できる)と言っているのを聞いて、一度で覚えてしまった。
そして、決して忘れない。思い出そうとする場合、記憶の中で「弾力性」という日本語の周辺を探しているのではなく、childrenという言葉の周辺を探しているのである。
繰り返そう。孤立した単語や、短い文章を覚えるのは、難しい。一見して無駄に思われるが、ストーリーがある文章を丸暗記するのが、最も簡単だ。
多くの人が丸暗記で勉強した
丸暗記法で外国語を習得した人は、昔から大勢いる。
外国語学習の天才でもあったシュリーマンは、英語の勉強のためにゴールドスミスの『ウェイクフィールドの牧師』、スコットの『アイヴァンホー』をすべて暗記し、フランス語の勉強のために『テレマコスの冒険』と『ポールとヴィルジニー』を暗記した(ヨハン・ルートヴィヒ・ハインリヒ・ユリウス・シュリーマンは、ドイツの実業家であり、素人考古学者。ギリシャ神話に登場するトロイアを発掘した)。
彼は、「学校でとられている方法はまったく誤っている」という。「ギリシア語文法の基礎的知識はただ実地によってのみ、すなわち古典散文を注意して読むこと、そのうちから範例を暗記することによってのみ、わがものとすることができる」。だから、「貴重な時間の一瞬も、文法上の規則の勉強のためについやさなかった」。
「私はそれが文法書に記入してあるか、否かは知らないにしても、どのような文法の規則も知っている。そしてだれかが私のギリシア語の文章の誤りを発見するとしても、私はいつでもその表現方法が正確である証拠を、私が使った言いまわしの出所を古典作家から人に暗誦してみせることによって、しめすことができる」という彼の言明ほど、丸暗記法の真髄を明らかにしたものはない(引用は、シュリーマン『古代への情熱』関楠生訳、岩波文庫、1954年による)。
20世紀最高の数学者と言われるフォン・ノイマンは、ディケンズの『二都物語』を何ページも、そして『エンサイクロペディア・ブリタニカ』のいくつかの項目を、一語一句違えずにそらんじることができた。
興味のあるものを暗記しよう
丸暗記法に賛同されたら、すぐに始めるとよい。あなたが学生であれば、手始めは教科書である。英語の勉強が実に楽であることが、すぐに分かるだろう。そして試験の成績は、顕著に良くなる。
仕事に就いている人であれば、自分の専門分野に関連した文章やニュース記事がよいだろう。メールを書く機会の多い人は、相手のメールを丸暗記すればよい。専門用語や専門的な表現については、専門分野の教科書や論文を覚えよう。
ただし、教科書は面白くない。そこで、私は、あるときから、詩や文学作品を暗記することにした。この頃は、英語を仕事で使うということは考えておらず、したがって「専門用語が重要」という意識もなかったので、自分が興味を持つ対象を覚えようとしたのだ。ここで覚えた文章は、(パーティーでの会話を除けば)その後仕事で使うことはなかったが、貴重な財産になっている。
中学生と高校生の頃に『ロミオとジュリエット』のバルコニーの場、『ハムレット』の独白やオフィーリアの歌、『ジュリアス・シーザー』のマーク・アントニーの演説などを覚えた。
いまだに1語も欠落せずに覚えている。丸暗記した教科書の内容は忘れてしまったが、シェイクスピアはその後何度も繰り返しているので、忘れない。丸暗記するには、内容が自分にとって魅力的であることが重要だ。
そして、政治家の名演説を丸暗記しようとした。ところが、私が高校生のときには、音源を見つけるのが大変難しかった。「はじめに」で述べたように、その当時発明された「ソノシート」でケネディの就任演説を手に入れたときは、宝物を見つけたような気分になった。