はじめに
本書は、AI(人工知能)などの新しい情報技術が金融の世界をどのように変えるかについて、平易に解説した入門書です。
いま、AIを金融に応用する試みが急速に進展しています。関連記事が、毎日のように新聞で見られます。
本書は、こうした状況を、金融に携わっている方々にはもちろんのこと、それ以外の多くの方々にも広く知っていただきたいと考えて書かれました。
ところで、AIも金融も、説明は容易ではありません。
正確に説明しようとすると、専門用語を用いなければならなくなります。ところが、AIや金融に関する概念や専門用語を理解するのは大変です。
本書では、正確さは損なわないようにしつつ、しかし専門用語はできるだけ使わずに、平易に説明しようとしています。どうしても専門用語が必要な場合には、それらを説明しています。
このため、AIや金融についてまったく予備知識を持っていなくとも、読み進めることができます。
Q&A方式で説明していますので、関心がある事項のみについて、拾い読みすることもできます。
金融に携わっている人がAIと金融について知る必要があるのは、当然のことでしょう。しかし、金融に直接関係しない人も、なぜそれを知る必要があるのでしょうか?
その理由は、まず、AIが極めて革命的な技術だからです。それらは金融業務を大きく変えるでしょう。そして、金融の仕組みを根本から変える潜在力を持っています。
金融はあらゆる経済活動に関係しているので、それが変わることは、社会全体に対して大きな影響を与えることになります。どんな仕事に就いていても、金融における大きな変化の影響を受けないわけにはいきません。
新しい情報技術は、これまで、他の産業を大きく変えてきました。まず、広告の世界を大きく変えました。これは、広告業には参入規制がなかったからです。伝統的な広告が浸食される半面で、GoogleやFacebookなどのIT企業が新しいタイプの広告を始め、それによって目覚ましく成長しました。
次に影響を受けたのは、流通業です。Amazonは、伝統的な書店の売り上げを大きく浸食しました。そして、いま、書籍以外の分野にも進出しつつあります。
これに対して、金融は参入規制があるため、いままで、これほどの影響は受けていませんでした。しかし、これからは大きな影響を受ける可能性があります。
金融は情報を扱う産業であるため、情報技術の進歩で大きな影響を受けるのは、当然すぎることともいえます。
ただし、金融におけるAIの活用は、簡単にできるわけではありません。なぜなら、金融には特殊な条件があるからです。
第1は、データを集められるかどうかです。AIの活用のためには、ビッグデータと呼ばれるデータが必要です。これは、これまで金融機関が把握していたタイプのデータとは異なるもので、これがないとAIを活用することができません。
第2は、金融市場の特殊性です。金融市場は情報を極めて素早く処理するため、AIの効果は他の分野におけるものとは異なるものにならざるを得ません(この点は、第4章で詳しく説明します)。
以上の2点は、これまで見逃されがちなことでした。AIブームに惑わされず、こうした問題に留意することが必要です。
本書の内容は以下のとおりです。
第1章では、基礎的な概念について説明します。とくに、AIの仕組みと、そこで用いられる基本的な方法について説明します。
最近のAIが能力を高めているのは、「ディープラーニング」と呼ばれる機械学習の応用によるところが大きいのですが、これがどういう仕組みかを説明します。
ここで強調したいのは、AIはあらゆる分野において人間を超える能力を発揮しうるわけではなく、AIが担当できる分野は限定的であるということです。したがって、人間の仕事とAIが担当する仕事の振り分けを考える必要があります。
この章では、ブロックチェーンについても説明します。これは仮想通貨の基礎になっている技術で、そこに書き込まれた情報は書き換えることができないという特性を持っています。ブロックチェーンは、仮想通貨だけではなく、金融一般に広い応用範囲を持っています。
また、「フィンテック」という概念にも言及します。フィンテックは金融に情報技術を応用しようとするものです。その中でも、AIやブロックチェーンを用いるものが、とくに重要な地位を占めています。
第2章では、AIが金融機関の業務をどう変えるかを見ます。
近年銀行の利益が減少していることが指摘されていますが、その原因について説明します。それに対応するには、人員削減を行なうだけでなく、AIの導入によって新しいビジネスモデルを確立する必要があります。
ただし、それは簡単にできることではありません。とりわけ問題となるのは、ビッグデータと呼ばれる新しいタイプのデータを金融機関が入手し、活用できるかどうかです。
大手IT企業が金融業務に進出するのではないかといわれますが、その可能性についても見ていきます。
AIによって信用度を評価する「AIスコアリング」という手法が導入されつつあります。これを用いれば、融資の審査がより正確になると期待されます。これについて、第3章で述べます。
貸付の審査は銀行業務の中心であるため、これを行なう主体が人間からAIに転換することは、銀行業務の性格に本質的な影響を与えることになります。
ただし、審査のためには、従来からあったデータを用いるだけでは十分ではありません。ビッグデータを大量に集める必要があります。金融機関がこれをなし得るかどうかが問われています。
第4章のテーマは、「AIに株価予測や資産運用ができるか」です。AIが能力を高めてきたことから、「AIを用いて株価の予測や資産運用を行なえば、それによって多大の利益を得ることができるのではないか」という期待が高まっています。
しかし、この分野でのAIの有効性には、本質的な限界があります。なぜなら、金融投資の場合には、利益を挙げる方法を真似ることが、簡単にできてしまうからです。したがって、仮にAIが株価を予測できたとしても、その方法がすぐに他の人に真似されてしまうため、利益を継続的に得ることは難しいのです。
実際、AIを用いた株価予測を用いたファンドの成績は、芳しいものではありません。投資信託にしても、市場のインデックスを再現する投資信託のほうが成績がよいことが、以前から知られています。
第5章では、AIが保険の世界にどのような影響を与えるかを見ます。
テレマティクス保険というものが登場しています。これは自動車の運転状況のデータを分析することによって、保険料を細かく調整する保険です。同様のことが、医療保険についてもなされています。
これまでの保険は大ざっぱな括りでしか保険料を決めていなかったため、「モラルハザード」という問題がありました。これは、「保険をかけているために危険防止の努力を怠る」ということです。このため保険料が高くなってしまうという問題がありました。テレマティクス保険によって、この問題が解決されることが期待されます。
この他、P2P保険やオンデマンド保険などの新しい保険が登場しています。
保険は、その原理が500年ほど前に見出されて以来、基本的なビジネスモデルが変わらなかったのですが、それがこれから大きく変わる可能性があります。
AIは、金融機関業務の自動化や効率化に大きな役割を果たします。第6章では、これについて述べます。例えば、音声認識によってコールセンターの対応を自動化すること、AIによって報告書を作成することなどです。
これらによって、大規模な省力化が進み、金融機関の収益を回復させるために重要な役割を果たすでしょう。しかし、他方において、それまで人間が行なっていた仕事がAIによって代替されてしまうために、失業が発生するという問題があります。AIによって代替された人々をいかに他の職務に吸収できるかが、重要な課題になります。
第7章のテーマは、電子マネーや仮想通貨による「キャッシュレス化」です。キャッシュレス化は、事務処理のコストを低減させるだけでなく、新しいビジネスの発展を促すという重要な意味を持ちます。
中国やスウェーデンでは、電子マネーが急速に普及し、キャッシュレス社会が実現しつつあります。
仮想通貨によっても、キャッシュレス化が実現します。日本ではメガバンクによる仮想通貨の開発が進んでいます。これがどのような影響を与えるか、実現のためにはいかなる問題があるか、などを説明します。
第8章では、フィンテックによる新しい資金調達について見ます。インターネットを通じて資金を調達する仕組みとして、「クラウドファンディング」という仕組みが生まれました。これはその後、「ソーシャルレンディング」という形に発展していきました。
さらに、最近では、ICOという資金調達が行なわれるようになりました。これは、ブロックチェーンを用いる事業が、そこで用いるトークン(コイン)を事前に販売する方法です。これによって資金調達のコストを著しく低下させることが可能になります。
しかし、2017年にはICOがバブル的な状況を示し、詐欺まがいのプロジェクトが紛れ込んできたことから、問題視されました。こうした状況を受けて、中国ではICOを禁止する措置をとっています。この新しい資金調達方式をどのように育てていくかは、重要な課題でしょう。
第9章では、中国におけるAIとフィンテックの状況について述べます。中国をとくに取り上げるのは、近年におけるフィンテックの成長が極めて目覚ましいからです。中国発の電子マネーが世界を席巻しようとしています。
このようなことが起こった理由として、いくつかのことが挙げられます。中国ではこれまで金融の発達が後れていたため、一挙に新しい技術に移行したということもあるでしょう。ただそれだけではなく、中国がコンピュータサイエンスの高度専門人材の育成に成功し、高い実力を獲得した事実が基本にあることを忘れてはなりません。
なお、AIにおいてはビッグデータの活用が重要なのですが、これに関して、中国の特殊な社会構造が有利になっているという指摘があります。
第10章のテーマは、日本が金融AI時代にどう対応すべきかです。キャッシュレス化の進展の後れに見られるように、日本においては、フィンテック進展の立ち後れが目立ちます。
こうなった原因は何でしょうか? 伝統的な金融機関の力が強く、かつ金融が規制産業であるために、新しい技術が導入されなかったことが指摘されます。
さらに、日本の教育体制がモノづくりに偏っており、フィンテックやAIのような分野の人材が育っていないという問題もあります。このような状況を変えていくことが、将来に向かっての大きな課題です。