年金崩壊後を生き抜く_超_現役論_書影_帯なし_

『年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』 はじめに

『年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』(NHK出版新書)が12月10日に刊行されます。
これは、その「はじめに」の全文です。

はじめに

「人生100年時代」が到来しつつあるといわれています。人類の長い歴史の中で、これまでなかった新しい世界が開けつつあるのは、素晴らしいことです。
 しかし、現実には、100年を生き抜くのは、決して容易なことではありません。
 第一に、健康の条件が満たされていることが必要です。
 それが満たされたとしても、経済的な問題があります。本書がカバーしたいのは、この側面です。
 これに関する条件は、人によって大きく違います。しかし、多くの人が共通に直面する問題もあります。それはつぎのようなものです。

(1)年金に頼って定年後の生活を送りたいが、実際の年金額は必ずしも十分でない。しかも、将来さらに給付水準が切り下げられる可能性がある。
  老後生活に備えて貯蓄が必要ということも理解しているが、現実には、これも十分とはいえない。
(2)したがって、働き続けることを考えざるをえない。そのためにはいくつかの条件があり、それらを克服する必要がある。

 右の問題は、すぐに解答が見つかるものではありません。誰でも簡単に定年後も仕事を得られるというわけではないからです。
 働ける人の場合も、十分な収入を確保するのは容易ではないでしょう。ましてや、さまざまな理由のために働けない人はどうすればよいかは、きわめて難しい問題です。
 人生100年時代とは、決してバラ色の時代ではありません。むしろ、「将来は厳しい」と警告せざるをえない状況なのです。

 老後生活資金の問題には、誰もが強い関心を持っています。
 しかし、関連する制度が複雑であるために、問題がどこにあるのか、どうやって解決策を見出したらよいのかが、分かりにくい状態にあります。そうした状態であるにもかかわらず、十分な情報が提供されていると言いがたい状況にあります。
 例えば、将来どれだけ年金を受け取れるのかは、必ずしもはっきりしません。年金額は、人によって違います。それが将来どう変わっていくかは、さらにはっきりしません。「財政検証」という政府の報告に見通しが示されているのですが、沢山の数字が並んでいて、そのうちどれが実現するのか、分かりません。
 また、働いた場合に税がどのようにかかり、医療費や介護費の自己負担がどう増えるかも、複雑な問題です。
 本書の目的は、こうした問題に関しての見取り図を描き、生涯現役で働くことのできる社会のあり方を考えることです。
 2019年には、老後生活資金に関する金融庁の報告書や、公的年金の財政検証が発表され、老後資金問題に対する関心が高まりました。
 政府は2019年の秋から、社会保障制度の基本的なあり方の検討に着手しています。
 今後、この問題に関する議論が深められ、制度が整備されることが期待されます。本書が、こうした過程において、わずかでも寄与することができれば幸いです。
 各章の概要は、以下のとおりです。

 第1章「老後資金2000万円問題の波紋」では、老後生活に必要な資金の問題を考えます。
 老後生活のために蓄えが必要ということは、これまでの日本社会では、それほど強く意識されてきませんでした。しかし、現在の日本では、すべての人にとって大変重要な問題になっています。
 それにもかかわらず、政治の場では、この問題についての適切な議論が行なわれていません。この章では、私が行なったアンケート調査の結果も紹介します。

 第2章「年金70歳支給開始だと3000万円必要」では、公的年金に関する政府の財政検証を解説して、問題点を指摘します。
 財政検証は、年金財政の健全性を今後も長期にわたって、ほぼ維持できるとしています。しかし、これは非現実的かつ楽観的な経済前提によるものです。現実的な前提を置くと、2040年代後半に厚生年金の積立金が枯渇すると予想されます。
 これに対処するために、就職氷河期世代(現在40歳前後)が65歳になるころに、年金の支給開始年齢が70歳に引き上げられる可能性があります。そうなると、老後の必要貯蓄は3000万円を超えます。現在の貯蓄分布を見ると、これに対応できる人は、1割程度しかいません。つまり、ほとんどの人が対応できないでしょう。

 第3章「労働力減少を救うのは高齢者」では、定年後の働き方の問題を考えます。
 第1章と第2章では個人の立場から老後生活問題を考えたのですが、社会全体を見ると、若年者人口の減少によって労働力人口が減少し、著しい「人手不足経済」になることが大きな問題です。これに対処するために、女性労働力率の引き上げや外国人労働力の受け入れ拡大が必要ですが、それだけでは十分でありません。高齢者が働く必要があります。
 これに関して、「高齢者が職を得られるかどうか」よりは、「高齢者が就労したいと思うかどうか」が問題であることを指摘します。つまり、「働こうとすれば職を得られるにもかかわらず、働こうとしない」高齢者が多いのです。

 第4章「高齢者が働ける社会制度を」では、高齢者が働くために制度を改革する必要があることを指摘します。
 高齢者の体力が向上し、「人生100年現役」が夢ではなくなっており、他方で人手不足経済になるのですから、えり好みしなければ職はあるでしょう。努力次第で、さらによい職が得られるでしょう。
 しかし、現在の制度では、労働者が働くと損してしまう場合が多いのです。とりわけ問題となるのは、在職老齢年金制度、医療費の自己負担、そして介護保険制度です。医療費の自己負担は前年の所得で決まるため、高齢者が働くと、「損するだけでなく、危険な場合もある」ことを指摘します。こうした制度を改革する必要があります。

 第5章「高齢者はどう働けばよいか」では、高齢者が働く形態としてどのようなものが望ましいかを考えます。
 政府の方針は、公的年金の支給開始年齢引き上げと歩調を合わせて、定年延長を企業に要請することです。しかし、この方向づけには、さまざまな問題があります。
 企業は、生産性が低下するため、反対するでしょう。個人の立場から見ても、企業に残ることが快適かどうかは疑問です。組織に頼りきるのでなく、自分で働くことを目指すべきです。
 そうした働き方が広がるためには、経済構造が変わる必要があります。企業がアウトソーシングを増やしたり、シェアリングエコノミーが普及すれば、新しい働き方が可能になります。

 第6章「高まるフリーランサーの可能性」では、組織に依存しない新しい働き方であるフリーランシングについて述べます。
 アメリカでは、すでにフリーランサーの時代が到来しています。完全独立でなく、副業・兼業という働き方も可能です。アンケート調査を見ると、多くの人がフリーランサーとしての働き方に関心を抱いています。
 こうした働き方をするには、早くから準備を始める必要があります。能力をつけ、人脈を築くのです。
 ただし日本の税制では、フリーランサーになると給与所得控除を使えなくなるので、同じ仕事をしていても税負担が重くなることが多いでしょう。しかも、費用を積算する面倒な作業が必要になります。フリーランサーとしての働き方を促進するには、税制を改正し、「フリーランサー控除」のような仕組みを作る必要があります。なお、収入が一定限度を超えると、フリーランサーも消費税を納税する必要が生じます。

 第7章「私自身の経験を振り返って思うこと」では、私自身の経験を踏まえて、本書の議論を振り返ります。
 まず、「人生時計」というものを紹介します。これは、自分がいま人生のどのステージにいるかを直感的に把握するためのものです。そして、「人生100年時代」にあわせて、これを作り替える必要が生じたことを述べます。
 私は、組織に頼らない生き方をしてきました。組織に頼れば組織に使われてしまいます。組織をいかに使うかを考えるべきです。
 新しい働き方を求めるのは、海図のない航海に出るようなものです。歴史を振り返ると、いつの時代でも、挑戦者は海図のない航海に乗り出しました。いまの日本は、そうしたことによってしか展望が開けない状態にあります。






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