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年金崩壊後を生き抜く「超」現役論  第1章の1

年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』(NHK出版新書)が12月10日に刊行されます。
これは、その第1章の1の全文公開です。

第1章 老後資金2000万円問題の波紋

 2019年6月に、「老後資金2000万円が必要」という金融庁の報告をきっかけに、老後生活資金についての関心が一挙に高まりました。「100年安心年金」とは、野党が主張したように、「年金だけで老後生活を送れる」という意味だったのでしょうか? 人々はこの問題をどう捉えているのでしょうか?

1 老後生活に2000万円必要?

波紋を呼んだ金融庁の試算
 2019年6月に、金融庁の金融審議会がまとめた「高齢社会における資産形成・管理」という報告書が大きな関心を集めました。同報告書は、老後生活のために約2000万円の蓄えが必要だと指摘しました。
 野党はこれに対して、「100年安心年金は噓だったのか」などと反発しました。
 この状況を受けて、麻生太郎財務大臣は、同報告書の受け取りを拒否しました。これに対しては、野党から「逃げ工作、隠蔽工作だ」との批判が起こりました。
 受け取り拒否が論点隠しであることは、否定できません。
 議論を封印するのでなく、この機会に老後生活に関する議論を活発化させることが必要です。

年金だけで老後は送れない?
 最初に注意すべきは、「年金だけで老後生活できる」と、これまで政府が約束したわけではないことです。
 政府が約束してきたのは、つぎのことです。
 厚生年金については、モデル世帯の所得代替率を現在より引き下げ、ほぼ50%に維持します。また、2025年までに支給開始年齢を65歳に引き上げます。
 これらは、いずれも給付を圧縮する方向です。人口の年齢構造が変わるので、そうしないと年金制度を維持することができないのです。
 老後生活を年金だけに頼れるかどうかは、世帯によって条件が大きく異なります。老後生活資金として誰もが2000万円必要なわけではないし、逆に2000万円では足りない場合もあります。これは、前記報告書も指摘していることです。
 ただし、一般論として言えば、2014年には62.7%だった所得代替率を50%程度にまで下げていくのですから、条件が次第に厳しくなっていくことは間違いありません。年金だけで生活するのは、難しいと考えざるをえません。いくら必要か、いくらあれば十分なのかは別として、老後に備えて、ある程度の額を貯える必要があることは、間違いありません。
 以上は当たり前のことです。では、野党はいったい何を問題としたのでしょうか?
「一方において100年安心年金といい、他方において2000万円必要というのは矛盾している」という主張をしたのですが、「100年安心」というのは、右で述べたように、年金制度を長期にわたって維持できるということです(実際にできるかどうかは、別の話です。問題はその点にあります。これを第2章で論じます)。そのことと、「老後に備えて一定の蓄えが必要」ということは矛盾しません。
 そうであるにもかかわらず、財務大臣は「報告はあたかも公的年金だけでは足りないかのような誤解、不安を与えた」として、その受け取りを拒否しました。すると、現政権は、「一方において100年安心年金といい、他方において2000万円必要というのは矛盾している」ことを認めたことになるのでしょうか?
 野党の批判も、財務大臣の受け取り拒否も、どちらも理解できないことです。金融庁の三井秀範企画市場局長は、「世間に著しい誤解や不安を与えた」と謝罪したのですが、なぜ謝罪する必要があったのかも、理解できません。

(注)「所得代替率」とは、年金を受け取り始める時点(65歳)での年金額が、現役世代(モデル世帯)の手取り収入額(ボーナス込み)と比較して、どのくらいの割合かを示す指標です。モデル世帯とは、40年間厚生年金に加入し、その間の平均収入が厚生年金(男子)の平均収入と同額の夫と、40年間専業主婦の妻がいる世帯です。

所得代替率を引き上げるか、賃金を引き上げるか
 「所得代替率が50%では老後生活を送るのに不十分だから、もっと引き上げるべきだ」という意見は、もちろんあり得ます。
 ただし、その場合には、新たな財源措置が必要になります。具体的には、保険料率引き上げ、国庫負担率の引き上げのいずれか、あるいはそれらの組み合わせが必要になります。他の経費を大幅に削減して年金に回すことも考えられます。
 国庫負担率を引き上げなくとも、給付水準を引き上げれば国庫負担金額は増えますから、財源が必要です。消費税率を10%からさらに引き上げることが必要になるでしょう。
 野党は、こうした方向を主張したのでしょうか? どうもそうではなかったようです。実際、野党の中には、消費税率引き上げに対しても反対という意見が強かったのです。しかし、もし引き上げなければ、財政検証で約束されていることさえも、実現は難しくなります。すると、野党は、いったい何を要求したのでしょうか?
 あるいは、つぎのような意見もあり得ます。「老後のための蓄えとして一定額が必要だということは認める。しかし、いまの給料ではとてもできない。経済成長を活発化し、賃金が上がるような政策を行なってほしい。そして、働く意欲さえあれば、誰でもが老後のために十分な蓄えができるような社会を作ってほしい」という意見です。
 あるいは、「正社員なら退職するときに退職金を期待できるだろう。しかし、非正規雇用ではそれは期待できない。また、年金も少ない。だから、正規雇用としての就業機会が増えるような条件を整備してほしい」という意見もあり得ます。
 こうした意見は、もっと強く主張されて然るべきものです。アベノミクスが行なわれた6年間に、企業利益は増大しました。そして、企業の蓄積である内部留保も著しく増大しました。しかし、実質賃金は上昇しませんでした。年平均実質賃金指数(現金給与総額、5人以上の事業所)は、2012年の104.5から、2018年の100.8に低下したのです。
 また、雇用が増えているといっても、増えているのは非正規が中心です。こうした状況を踏まえて、経済政策を見直すべきだとする意見は、当然あり得るものです。そうした意見を代表して、野党は経済論戦を繰り広げて欲しいのですが、残念ながら、そうしたことにはなっていません。

緊急に必要なのは、財政検証での経済想定の見直し
 ところで、日本の現状に照らせば、これまで述べた二つの目標(年金だけで老後生活ができるように財源措置を講じる。あるいは、働く意欲があれば誰でも2000万円蓄えられるようにする)のいずれもが、非現実的です。現実には、財政検証で約束されていたことが実現できず、その結果、年金制度の支給開始年齢の引き上げを採用せざるをえなくなる可能性が高いのです。
 この問題は第2章で詳しく検討しますが、あらかじめ結論を要約しておくと、とくに大きな問題が、二つあります。
 第一は、「マクロ経済スライド」(年金支給額を毎年一定の率だけ削減する仕組み。詳しくは第2章の3参照)を実行できるかどうかです。財政検証では、マクロ経済スライドが実行されるとしています。その結果、将来の所得代替率が低下するのです。しかし、実際には、「名目年金額が前年に比べて減少する場合には、マクロ経済スライドを実施しない」というルールがあるため、完全には実施されていません。
 第二の問題は、保険料収入の見通しが楽観的すぎることです。これは、賃金の伸びの見通しが楽観的だからです。
 本来必要なのは、年金がこうした問題を含んでいることを財政検証で明らかにし、それに対処するための方策を考えることです。しかし、実際には、建設的な議論が進むのではなく、問題が隠蔽されています。そして、野党は、それを批判しません。


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