年金崩壊後を生き抜く「超」現役論 第1章の3
『年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』(NHK出版新書)が12月10日に刊行されます。これは、その第1章の3の全文公開です。
3 「老後のための資産運用法」はあるか?
世の中にうまい話はない
老後のための貯蓄の必要性が言われるようになって、さまざまな「資産運用法」が提案されています。なかには、「こうすれば、わずかの元手で老後資金を貯められる」というものもあります。 こうしたことに対して、まず最初に、「有利な資産運用法などありえない」ということを知るべきです。 昔から、金融資産の運用によって巨万の富を築いた人は大勢います。現代では、アメリカの投資家、ウォーレン・バフェットが有名です。これほど有名でなくとも、金融取引で億単位の金を稼いだ人はいくらでもいます。 ただし、彼らは偶然そうなっただけです。たまたま儲けた人の名が、バフェットであったというだけのことです。 バフェットが巨万の富を築けたのは偶然の結果なのですから、その真似をするのは、原理的に不可能なことです。世の中には、「バフェットのようになるにはどうすればよいか」と説く本が沢山あります。しかし、その内容は、まったく無意味なものなのです。 「金融投資によって金儲けをする方法」を指南することはできません。 「世の中にうまい話はない」「濡れ手で粟の投資勧誘があったら、まず疑う」と考えるべきです(ただし、無駄な投資をしないような指南はできます。市場平均の利益率を実現する方法は教えることができます。以上で指摘したのは、正確には、「市場の平均を上回る利益率を実現する方法はない」ということです)。
収益率の高い資産は、値下がりの危険も大きい
また、「平均的な収益率が高い資産は、値下がりの危険も大きい」ということに注意が必要です。
株式は定期預金に比べて平均的な収益率は高いのですが、実現する収益率がつねに平均収益率になるわけではありません。株価は変動が激しく、大きく下落することもあります。
ところが、多くの人は、株式の平均収益率が高いことから、定期預金より有利な資産であると考えています。これは、投資の危険をまったく無視した考えです。平均収益率が高いことと安全性と、どちらを重視すべきかは、場合により、人により異なります。
ただし、老後資金の場合には、資産を喪失してしまうと、大変大きな問題が生じます。したがって、若い時代の貯蓄法よりもさらに安全性を重視することが必要でしょう。
株価を予測できれば、それを用いて利益を上げられるか?
「専門家の知識を用いて株価を予測できれば、それを用いて利益を上げられるのではないか?」と考えられるかもしれません。
しかし、そのようなことはできないと考えられます。その理由を以下に述べましょう。
株価を予測する方法として古くから提唱されてきた第一の方法は、「テクニカル分析」と呼ばれるものです。「罫線やチャートなどの手法を駆使して株価のデータを分析すれば、価格変動の法則を見出せるから、売買のタイミングが分かる」とされます。
しかし、もしそのような法則があるのなら、人々はそれを利用して、すでに取引を行なっているでしょう。したがって、価格はすでに変化してしまっており、いまさら取引したところで、利益を上げる余地は残されていないでしょう。
例えば、「ある株はいまが買い時」と結論されたとしましょう。しかし、その結論が依拠している法則もデータも公知のものであるとすれば、その株はすでに買われており、価格が上昇してしまっているでしょう。
仮に価格変動のパターンが利用されずに残っていたとすれば、それは、利益が手数料で打ち消されてしまうほど小さいものだからです。
専門家による分析なら?
株価を予測する第二の方法は、企業や経済のさまざまな変数について分析を行なうことです。これは、「ファンダメンタルズ分析」と呼ばれます。
例えば、A社がガンの特効薬を開発しているとします。A社が発表したデータや報道を分析すると、近い将来、開発に成功する可能性が高いと判断されたとしましょう。A社の株価は将来上昇し、したがって、投資をすれば利益を得られると考えられるでしょう。
では、この予測を用いて株を買えば、金持ちになれるでしょうか? 答えは「No」です。なぜなら、現在の株価は、その予測を前提として成り立っているからです。その予測はすでに使われてしまっているのです。
他の人々もA社の株価上昇を予測し、投資しているでしょう。したがって、株価はすでに高くなっており、いまさら投資をしたところで、格別の利益を得ることはできません。つまり、公表されているデータから予測されることは、すでに株価に反映されてしまっている(「織り込み済み」になっている)のです。
公にされた予測を用いても、人を出し抜くことはできないのです。
これは、常識的に考えても、分かることでしょう。
もし将来の株価が正しく見通せるなら、それで莫大な利益を上げられるはずです。それが新聞や雑誌に載っていること自体がおかしいと考えるべきです。
ところが、多くの投資家はこれを理解していません。そして、「専門家の将来予測」を求めます。
新聞やウェブサイトには、将来の株価や為替レートがどうなるかについてのエコノミストの予測が、山ほど掲載されています。しかし、マーケットではそのような予測を前提として価格が形成されています。ですから、いまさらその予測を用いて市場で取引したところで、株やFX取引で金儲けすることはできないのです。つまり、株価や為替レートに関する記事の大部分は、無意味な記事なのです。それにもかかわらず、こうした記事は後を絶ちません。何と無駄な努力と費用が費やされていることでしょう。
では、市場に知られていない情報であれば、どうでしょうか?
それを用いて市場を出し抜けるのではないでしょうか? そうした取引は、額に汗して働く場合に比べて、はるかに巨額の富をもたらすでしょう。
実際、市場に知られていない情報を活用して利益を得た例は、沢山あります。しかしそのような情報を持っている人は、きわめて慎重に取引するはずです。
必勝ファンドが売りに出されることなどありえない
以上のことを、経済学者のポール・サミュエルソンはつぎのように説明しています。
投資家の成績を示すものとして、PQ(Performance Quotient)というものを考えることができるでしょう(これは、サミュエルソンの造語)。ところで、PQが高い人は、IQ(知能指数)も高いでしょう。したがって、自分の投資手法を他の人に教えるような馬鹿なことはしないでしょう。
サミュエルソンは言います。「投資家が求めているのは、たとえて言えば、起床ラッパを吹く係の兵隊を起こしてくれる犬だ。そんな犬を探してくるのは容易ではないし、いたとしても借りてくるには大金を積まねばならない」「たぐいまれなPQを持つ少数の人々は、その才能をフォード財団とか地方の銀行の信託部門などに貸したりしないだろう」(彼らは、そうせずに自分自身の資産を運用するだろう)。
したがって、つぎのようにいえます。それは、「仮に金融市場で超過利益を獲得する方法が見出されたとしても、それを利用したファンドなどが売り出されることはないだろう」ということです。
なぜなら、その方法が他人に使われてしまうと、市場価格が変化してしまうために、自分の取り分が少なくなるからです。例えば、「将来値上がりしそうな株はどれか」ということが知られてしまうと、その銘柄に買いが集中して値上がりし、自分が購入する際の買値が上がってしまいます。
ですから、将来値上がりしそうな株を見出す方法が発見されたとしても、発見者は、それを自分だけで活用するはずです。そしてその投資戦略を、間接的にも教えないように努力するはずです。例えば、狙いをつけた株を購入する場合に注文する証券会社を分散するなどして、慎重に購入を進めるでしょう。