『ChatGPT「超」勉強法』 全文公開: 第4章の5
『ChatGPT「超」勉強法』(プレジデント社)が3月15日に刊行されました。
これは、第4章の5の全文公開です。
5 基本的な専門用語も教えない日本の外国語教育は、何のため?
仕事の英語で必要なのは、専門分野の専門用語
社会人になってから必要とされる英語は、専門分野の英語だ。会話といっても一般的な挨拶などではなく、仕事上の案件について話すことが必要なのだ。仕事での英会話とは、「こんにちは」「ご機嫌いかがですか」というようなものではない。その分野に特有の用語や表現を正しく使えることが必要とされる。
ところが専門分野ごとの英語を勉強するのは、これまで、それほど簡単なことではなかった。英会話学校に行っても学ぶことはできない。丸暗記しようとしても、自分の専門にぴったりのテキストや音源を探し出すのは、それほど簡単ではなかった。
本章の4で述べた方法によって、ChatGPTの助けを借りながら専門分野の英語を学べるようになったのは、日本人にとって画期的なことだ。
「eのx乗」を何という?
日本の学校教育では、仕事に役立つ英語の教育が著しく遅れていた。これは、日本の英語教師、とくに大学の教養課程での外国語教師の多くが、文学部の出身者であるからだと思われる。
彼らは、文学については豊富な教養を持っているが、他の専門分野についてはよく知らない。また、興味がない。だから、専門的な用語を教えることができない。教材にはその言語の文学作品が使われ、専門分野に関する英語の教育はまったく行なわれない。
そのため、「数学で日常的に使っている表現すら教えてくれなかった」ということになった。だから、英語で数式を読むというような基礎的なことをできない人が、日本人には多い。日本の専門家には、世界的な場で発表することをできない人が多いのである。
例えば、「eのx乗は何というのか」ということさえ、学校では教えていない(注1)。私は、この問題に、留学先の教室で初めて遭遇した。黒板の前で立ち往生し、「こんな簡単なことすら、日本では教えてくれなかった。いったい、日本の大学での英語の授業は何のためのものだったのか」と、腹立たしく思った。
注1 eのx乗は、“e to the x”。正確には、“e to the power of x”。
実は、本書を書いている途中で書棚を見渡して、だいぶ昔に買った『数の英語』という本を見つけた。それを丹念に見たのだが、「eのx乗」の読み方は出てこない。黒板の前で立ち往生している日本人留学生は、いまだに多いだろう。
それどころではない。分数も読めない。「2/3」は、“two-thirds”、あるいは“two over three”ということは知っているだろう。では、「3か11/54」(3+11/54)は、何と読めばいいのか? あるいは、「A/B」は何というのか(注2)?
いまなら、インターネットで検索すれば、ある程度のことが分かる。しかし、私が黒板の前で立ち往生した当時、インターネットはなかった。そして、教科書にも論文にも、この答えは書かれていない。唯一の方法は、誰かに教えてもらうことだったのである。
いまでは、誠にありがたいことに、ChatGPTに聞けばすぐさま教えてくれる。こんな素晴らしい教師はいない。
注2 「3か11/54」は、“three plus eleven fifty-fourths”。「A/B」は、“A divided by B”だが、普通は“A over B”という。
専門用語は、その分野の専門家が教える必要がある
専門的な問題に関する国際会議では、通訳者が事前に専門用語について発表者に説明を求めることがある。専門の通訳者も、特定分野の専門用語については、十分な知識を持っているとは限らないのだ。
これは当然のことである。専門分野の用語は専門的な概念と結びついているので、概念が分からないと理解できない。だから専門分野外の人が専門用語を理解しようとしても、難しいのである。
どんな分野でもそうだが、専門用語は日常用語と乖離している。例えば、経済学でutility(効用)は最も基本的な概念の一つだが、日常生活でutilityといえば電気代やガス代のことだ。私は、経済学における「効用」の意味を先に覚えたので、日常生活で、これが電気代やガス代の意味に使われることに、いまだに違和感を抱いている。
またprogressiveとは「進歩的な」という意味だが、progressive taxというのは、進歩的な税ではなく、累進税のことだ。
こうした英語は、英会話学校に行っても学ぶことはできない。そこにいるのは外国人であっても普通の人であり、特定分野の専門家ではないからだ。各分野の専門の外国人を揃
そろえることは、コストのうえで不可能だ。
だから、オンライン英会話で、フィリピンの若い人たちといくらおしゃべりしたところで、仕事で役立つ英語を学ぶことなど、絶対にできない。
この問題は、専門科目の講義を英語で行なうことによってしか解決できないものだ。しかし、それを実行するのは、様々な意味で難しい。分野ごとの専門家を英語の教師にするというのは、ほぼ不可能に近い。
このように、仕事のうえで使える英語を学ぶことは、これまで日本ではたいへん難しいことだった。しかし、ChatGPTの登場によって条件が大きく変わった。専門分野の英語を学習することが容易になったのである。これを用いて、日本人が各専門分野での英語の能力をつけ、国際的な交流を深めていくことが期待される。
日常生活で必要な特殊用語も教えてくれなかった
外国語が必要なのは、専門分野でのコミュニケーションだけではない。日常生活においても必要なことだ。
外国での生活でまず困るのは、医療関係の言葉だ。病名や薬の名前を言われても、理解できない。また、自分の病状を適切に伝えられない。お腹がシクシク痛む、肩が凝っている、なんとなく頭がボーッとしているなどの症状を、どう表現したらよいのか?
医師と面談しているときに突然医学用語が出てくると、理解できない。だから、事前に勉強しておくことが必要だ。
これらについても、日本の外国語教育では十分に教えていない。日本の外国語教育は、こうした面でも不十分だ。ChatGPTは、これらに対しても、理想的な教師になってくれる。
ChatGPTは日常生活での専門用語にも強い
日常生活では、もっと様々な表現が必要とされる。例えば、庭師とつぎのような会話をしている場合だ。
「枝が分かれているところで、細いほうの枝を切ってください」。これは、英語では、つぎのようになる。“Please cut the thinner branch where it branches off.”
「しなっている枝を正しい形に直してください」なら、“Please straighten the bent branch into its proper shape.”「草が茂っているところで、背の高い草を刈り取ってください」なら、“Please mow the tall grass where the grass is thick.”
こうした英語も、なかなか難しい。草を刈るのをmowと表現できる日本人は、滅多にいないだろう。ところが、このような「日常生活的専門用語」に関しても、ChatGPTは対応できる。人間の外国語教師は、哲学的表現や文学的表現は知っているが、このような専門用語を知っているのかどうか大いに疑問だ。
日本の大学の外国語教育は、競争力低下の大きな原因
外国人と意思の疎通ができないのは、医学用語や園芸用語に限った話ではない。私は昔、ある大学の英語教師が外国出張から帰ってきて、「アメリカに行ったら一言も通じないので驚いた」と言ったのを聞いたことがある。驚いたのはこちらのほうだ。
人材に関する競争力ランキングにおいて、日本の順位はきわめて低い。とくに低いのが、経営者の国際感覚だ。
スイスのビジネススクール・IMDが公表する世界人材ランキングの2023年版で、日本は、世界64カ国・地域中で43位だ(注1)。「上級管理職の国際経験」への評価が、調査対象国・地域で最下位の64位だった。「語学力」は60位だ。
上級管理職が国際経験に乏しいこと、グローバルに活躍しうる語学力に欠けることは、日本衰退の大きな原因だ。
このようなことになってしまうのは、大学での外国語教育の責任だと考えざるをえない。世界最大の成人の英語能力ランキングであるEF EPI英語能力指数ランキングの2023年版で、日本は、113の国・地域中で87位だった。アジアの23の国・地域の中では15位だ(注2)。外国語の教育体制は、日本の企業の競争力に直接影響する大問題なのである。
注1 IMD/World Talent Ranking 2023
注2 EF EPI、EF英語能力指数、世界113カ国・地域の英語能力ランキング。