年金崩壊後を生き抜く「超」現役論 第2章の4
『年金崩壊後を生き抜く「超」現役論』(NHK出版新書)が12月10日に刊行されます。これは、その第2章の4の全文公開です。
4 年金財政は破綻する可能性が高い
政策の重要度を定量的に把握する
では、現実的な経済前提の下では、状況はどの程度厳しくなるでしょうか?
以下では、おおよその輪郭を示します。
年金財政の将来推計をするには、財政検証が行なっているように、「各年度の収入と支出を積み上げ、収支差を算出して運用収益を計算する」という手続きを繰り返していく必要があります。しかし、年金財政の収支には、さまざまな要因が影響するので、このような計算だと、問題の本質が見えなくなります。
また、細かい計算では、巧みな仮定を置くことによって、結果を操作することが可能になります。
そこで、ここでは、つぎのように問題を単純化します。
それは、さまざまな要因の「伸び率」を考えることです。これによって、以下に示すように、各施策の重要度を定量的に把握することができます。
年金財政の趨勢は、収入の伸び率と支出の伸び率で決まります。
両者の伸び率が等しければ、収支差(収入–支出)は、収入の一定率に維持できます。
もし支出の伸び率のほうが高ければ、収支差はいずれマイナスになるでしょう。そして、収入に対する収支差の絶対値の比率は、時間の経過とともに上昇します。つまり、年金財政は破綻します(本章の補論2参照)。
こうした状態であれば、収入の伸び率を高めるか、支出の伸び率を低くするかの措置が必要です。そして、最低限、収入の伸び率と支出の伸び率が等しくなるようにしなければなりません。これが、年金制度を持続的にするための最低限の目標です。
なお、現実の経済では、物価が上昇します。物価が上昇すれば、保険料収入がそれに応じて増加しますが、年金額もインフレスライドによって同率だけ増加するため、伸び率の比較には影響を与えません。したがって、年金財政健全性の判断には影響を与えません(ただし、以下で述べるマクロ経済スライド強行の可能性を無視した場合)。
以下では、2020年度から40年度の期間で、収入と支出の伸びから制度の持続性を考えます。
何もしなければ、年金財政は破綻する
計算を行なうには、保険料納付者と受給者の伸び率を知る必要があります。
これについての詳しい事情は、本章の補論3で説明します。
結果だけを述べますと、被用者保険の被保険者(保険料の負担者)数は、2020年から40年の間に減少します。保険料率は一定なので、ゼロ成長経済における保険料収入は、これに等しい率で減少します。
他方で、被用者保険の受給者数は、2020年から40年の間に増加します。したがって、ゼロ成長経済を想定し、かつ以下で述べるような措置(マクロ経済スライドの強化など)を取らなければ、給付はこれに等しい率で増加します。
保険料収入が減少して給付が増加するので、放置すれば、年金財政は悪化していきます。そこで、両者のギャップを埋める必要があるのです。
このギャップが定量的にどの程度のものであるかを測定する必要があるのですが、補論3で述べているように、公表されているデータが十分でないため、正確な見積もりができません。
ここでは、補論3の3を参照して、ギャップが年率伸び率で0.8%程度であるものとして議論を行ないます。
これから検討するのは、さまざまな施策が、このギャップを埋められるか否かです。
(注)収入としては、保険料のほかに、基礎年金に対する50%の国庫負担があります。厚生年金の場合、基礎年金拠出金は支出合計の約4割なので、実質的な年金給付が8割程度に削減されたのと同じことになります。したがって、問題となるのは、保険料収入と年金給付の8割とのバラ ンスです。
運用収入は、収入全体の1割未満なので、ここでは無視しています。
なお、在職老齢年金を廃止する場合には、そのための財源を別途調達する必要があります。
支給開始年齢の引き上げやマクロ経済スライドの効果
年金財政を健全化する手段としては、どのようなものがあるでしょうか?
第一に、支給開始年齢の引き上げがあります。現在、老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢が3年に1歳ずつ引き上げられています。この効果は、つぎのように評価できます。
2015年において、60歳以上人口は4192万人であり、60~64歳人口は846万人です。また、報酬比例部分は給付の約6割なので、3年に1歳ずつ支給開始年齢を引き上げると、毎年の厚生年金支給額を0.8%(=
846÷15÷4192×0.6)ほど削減することになります。
ただし、この施策は、25年に65歳支給になって終わりになります。したがって、20年から40年の20年間を通して考えれば、5年間しか削減効果がないので、年金支給額削減効果は0.2%(=0.8×5÷20)と考えられます。ただし、この効果は、右で見た受給者推計にすでに反映されています。
第二は、マクロ経済スライドです。これは、年金額を毎年0.9%程度削減する仕組みです。これが完全に実行できれば、すでに述べた0.8%のギャップは埋められることになります。
2019年の財政検証では、29年度以降の長期の経済前提として、消費者物価上昇率はケースⅤとⅥを除くすべてのケースで1%を超える値が想定されているために、マクロ経済スライドがフルに実行されることになっており、年金給付を毎年0.9%削減することになります(ケースⅤでは0.8%、Ⅵでは0.5%なので、フルには実行できませんが、かなりの程度実行できます)。この効果はかなり大きいのです。
これが、所得代替率が下がる一つの要因です。
しかし、「名目年金額が減少しない範囲で行なう」という制約条件があるために、これまでは十分に実行できていません。
なお、マクロ経済スライドについては、「キャリーオーバー」という制度が2018年4月に導入されました。これは、調整できなかった分を、将来、賃金・物価が上昇したときに調整する仕組みです。
ただし、これも、どこかの時点で物価上昇率が十分に高くないと実行できません。これは、マクロ経済スライドを実行する時点をずらすだけのことであり、長期間を見れば、マクロ経済スライドを強化する効果があるわけではありません。
実質賃金効果は期待できない
第三は実質賃金が上昇することの効果です。本章の3で説明したとおり、実質賃金が上昇すれば、一定の保険料率でも、保険料収入は増加します。他方で、年金給付は(その年度に新規裁定される分を除けば)増加しません(すでに裁定された年金は、物価上昇に対してだけスライドするため)。
したがって、実質賃金上昇率だけ収支差が改善されることになります。この効果(実質賃金効果)は、極めて大きいのです。財政検証において所得代替率が下がるとされるのは、マクロ経済スライドによるだけでなく、実質賃金効果にも大きく依存しています。
2019年の経済前提では、実質賃金の伸び率が高く想定されています。長期の経済前提として、ケースⅤとⅥを除くすべてのケースで1%を超える値が想定されています。この分だけ年金財政は改善していることになります。ケースⅤでも0.8%、最悪ケースであるⅥでも0.4%です。
しかし、現実の日本経済では、実質賃金は下落しています。したがって、実質賃金効果は実現できない可能性が高いのです。
収支は悪化する
これまで述べたことを繰り返せば、つぎのとおりです。
マクロ経済スライドをフルに実行するには、消費者物価上昇率が年率0.9%を超える必要があります。現実の日本経済のこれまでの推移を見ると、それはとても実現できないので、マクロ経済スライドが実行されるとしても、効果は限定的でしょう。
実質賃金引き上げも、これまでの日本経済の実績からすると、期待できません。
では、消費者物価や実質賃金が検証の想定する値にならず、これまでの趨勢が続いた場合には、どうなるのでしょう?
現役人口の減少や平均余命の延びに合わせて年金給付水準を自動的に調整するマクロ経済スライドが実行できず、また、実質賃金上昇率が高いと、すでに年金をもらっている人の所得代替率を自動的に下げる「実質賃金効果」も期待できないので、所得代替率は下がりません。
これは、年金受給者にとってはありがたいことです。しかし、年金財政の収支は改善されません。
保険料が減少し、給付が増えるので、年金財政は悪化していきます。最初のうちは積立金を取り崩して対処しますが、やがて積立金は枯渇します。つまり、年金財政は破綻します。
これは、いつごろの時点に生じるのでしょうか?
2040年代に積立金が枯渇する
この計算をするためには、加入者数(保険料の負担者数)と受給者数の将来推計が必要です。
ところが、本章の補論3で説明するように、2019年財政検証では、受給者数の将来推計のデータが公表されていません。したがって、残念ながら、この正確な推計はできません。
そこで、利用可能なデータを用いて、厚生年金収支のごく大まかな推計を行なってみましょう。
2020年の保険料収入は37.7兆円です。これが毎年0.88%ずつ減少するとします(0.88%は、19年財政検証にある加入者のデータより得られる数値)。
他方、支出から国庫負担を引いた「純支出」は20年で39.5兆円です。これが毎年0.17%ずつ増加するとします(0.17%は、04年の資料にある受給者のデータより得られる数値)。ここで「純支出」とは、年金給付額から国庫負担を控除した額です。
これから毎年の赤字額を計算し、その累積額を計算すると、つぎのような結果が得られます。
ゼロ成長経済(消費者物価上昇率も、賃金上昇率も、利子率もゼロである経済)では、保険料は、少子化による加入者数の減少で毎年1%近く減るので、20年間では2割程度減ります。現在、厚生年金保険料は38兆円程度なので、30兆円くらいに減少します。純支出は増えるのですが、伸び率は低いので、現在とあまり変わらず、およそ40兆円で推移します。
したがって、赤字額は、いまは2兆円ですが、いずれ10兆円くらいになります。簡単化のため、最初の20年間は平均して年率で7兆円程度と考えれば、赤字の累積額は20年間で140兆円程度になります。その後は、毎年10兆円ずつ増えて、8年に赤字の累積額が200兆円を超えます。現在の積立残高はほぼ200兆円なので、これは積立金の枯渇を意味します。
なお、ここでは、運用収入を無視しました。これを考慮すると、破綻は先延ばしになるでしょう(ただし、利子率はゼロなので、あまり大きな影響はありません)。
なお、以上は厚生年金のことです。国民年金は、19年財政検証でも、ケースⅥで52年に積立金が枯渇します。