『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』:全文公開 第4章の3
『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』 (日経プレミアシリーズ)が9月13日に刊行されました。
これは、第4章の3の全文公開です。
3 大企業では、男性従業員の3割が年収1000万円超
会社内での自分の所得の位置づけを知るには?
自分の給与の位置づけについて、日本全体の中での位置づけだけでなく、自分の会社の中での位置づけも知りたいと思うだろう。これらを推測するためのデータも提供されている。
上場会社であれば、個々の会社の平均給与を、有価証券報告書やYahoo!ファイナンスによって知ることができる(ここに示されているのは、単体ベースでの男女平均年収である)。これを見ると、ある会社の給与が他の会社のそれより高いか低いかが分かる。
例えば、三菱商事の年収が1678万円、トヨタ自動車が858万円、東芝が866万円、みずほフィナンシャルグループが729万円といった具合だ。
その会社に勤めている人であれば、これによって、自分の給与が会社の中でどのくらいの位置にあるかのおおよその見当がつく。
所得の分布は、「パレート分布」
しかし、以上のデータは、必ずしも十分なものではない。その理由は、平均値だけしか分からない場合が多いことだ(「国民生活基礎調査」と国税庁の「民間給与実態統計調査」では、分布図が示されている)。性別、年齢別、業種別、企業規模別等のデータが示されていることもあるが、やはり平均値だ。全体の平均値よりは詳しいことが分かるが、依然として、はっきりしたことがわからない。
平均値だけでイメージを摑みにくい大きな理由は、所得や資産の分布は、平均値を中心にした左右対称形になっていないことにある。
身長や体重、あるいは学校の成績などは、左右対称の分布になっていることが多い(これらは、「正規分布」と呼ばれる分布で表される)。このため、平均値とバラツキ(分散)が分かれば、自分が全体の中でどのような位置にあるかを、かなり正確に摑める。
ところが、所得や資産の分布は、「パレート分布」と呼ばれる分布に従う場合が多い。この分布では、少数ではあるがきわめて高い所得や資産の人々がいる。
なお、統計によっては、「中間値」という指標が示されていることもある。全体の半分の人がこの値よりも低く、半分の人がこの値よりも高い。
ただし、中間値が分かっても、依然としてはっきりしないことが多い。したがって、分布そのものを見ることが必要だ。
図表4―4には、「民間給与実態統計調査」(国税庁)の結果を示す(2020年、男性)。ここに示すように、所得の低い層に多くの人がいる。他方で、所得がかなり高い人が少数ながらいて、分布が右方向に長く延びている。
このため、平均値は、532・2万円と、普通の人が考えているよりは高い値になる。平均値より所得が低い人が、全体の半数より多いのだ。
なお、この調査で「給与」とは、給料・手当、賞与の合計だ。
分布のデータを使えば、平均値データでは分からないいろいろなことを知ることができる。例えば高額所得者の比率だ。
すでに述べたように、日本社会では、年収1000万円以上が得られれば、ほぼ満足すべき状態といえるだろう。つまり、企業人として成功したと評価できる。では、年収1000万円以上の人はどの程度いるのだろうか?
民間給与実態統計調査によると、男性従業員では、全体の7・1%だ。しかし、女性従業員の場合には、1・1%ときわめて少ない。
大学進学率における男女差は、これほど大きくない。だから、日本企業は、能力との対比で見て、女性を十分に活用していないということができる。
製造業大企業や銀行では、男性の約3割が年収1000万円超
以上で見たのは、民間企業全体の分布だ。これだけではなく、特定の会社の中で年収分布がどうなっているかにも、関心がある人が多いだろう。これを明らかにするため、民間給与実態統計調査のデータを用いて、推計を行ってみた。結果は、図表4―5に示すとおりだ。この表の見方は、つぎのとおりだ。
まず、有価証券報告書、あるいはYahoo!ファイナンスのデータなどを用いて、ある会社の平均給与を調べる。例えば、それが721万円であったとしよう。
つぎに、図表4―5で、721・7万円に対応する欄を見る。すると、その会社の男性の平均年収は886・7万円であることが分かる。そして、その会社の男性で所得が1000万円以上の人は、男性従業員の29・7%だ。
男女平均が721・7万円という数字からすると、ほとんどの人が年収1000万円未満であるような印象を受ける。しかし、男性で1000万円を超える人は、印象以上に多数いることが分かる。製造業の大企業は、この程度のレベルであることが多い。銀行もほぼこの程度の水準だ。
商社などは、会社の平均給与が1000万円を超す。この場合、図表4―5から、男性従業員の6割以上の人の年収が1000万円を超していることが分かる。
推計方法
図表4―5を計算した方法は、つぎのとおりだ。例えば、平均年収が700万円の会社を考える。1000万円は、700万円の1・4 3倍だ。そこで、民間給与実態調査のデータで平均値の1・4 3倍以上の階層にいる人が全体の何%かを計算する。そしてこれが、平均年収700万円の会社における1000万円以上の人の比率だと考えるのである。
実際には、計算の便宜のため、以上の手続きを逆向きにたどることとし、つぎのようにして計算した。
まず、民間給与実態調査のデータを用いて、男性の年収階層別の人員比と、その階級以上の累積人員比率(その階層以上の層の総人員の、男性総従業員に対する比率)を計算した。
例えば、年収600万〜700万円層には、男性総従業員の9・1 7%がいる。そして、この層の収入以上の人員の比率(年収600万円以上の男性従業員の男性総従業員数に対する比率)は、29・6 6%だ。
ところで、600万円とは、男性従業員の年収の平均値532万円の1・128倍だ。そこで、1000万円が男性平均値の1・128倍となるような分布を考える。これは平均値が1000/1・128=886・6万円である分布だ。
この会社の男女平均の給与平均は、全体の比率から721万円と推計される。そして、この分布では、年収1000万円以上の男性の比率は29・6 6%いると結論されることになる。この値が、図表4―5に示されている。