AI 入門講座(はじめに)
『AI 入門講座』(東京堂出版、2,018年11月)のはじめに、目次、第1章、第4章(その1)、第4章(その2)を全文公開します。
はじめに
本書はAI(Artificial Intelligence:人工知能)について平易に解説した入門書である。
AIについての記事が、毎日のように新聞に登場する。
そうしたものを読んでいると、AIが発達して、すべてのことがAIによってできてしまうような思いに囚われる。
しかし、現実にあるAIは、これとは大きく違う。
コンピュータのプログラムによってどのような仕組みを作り、それにどのようなデータを与えるかによって、結果は大きく異なるものとなる。そうした作業は、すべて人間が行なうのだ。AIは、人間が望むことを自動的に計算して、実行してくれるわけではない。AIは、決して魔法ではないのだ。
しかし半面において、AIを軽視してもならない。
多くの人々は、「人間でなければできない仕事がある。とくに、創造的な仕事や判断を要する仕事はAIが行なうことができないから、こうした仕事をしている人は、AIに仕事を奪われることはない。だから安泰だ」と考えている。
しかし、こう言い切ることはできない。なぜなら、これまで人間でなければできないと考えられていた仕事に、AIが急速に進出しているからだ。
好むと好まざるとにかかわらず、誰もがAIの影響を受けざるを得ない。AIがわれわれの社会と生活を日々大きく変えつつあるのは、間違いない事実なのである。そして、こうした傾向は、これからますます強まっていく。
巻頭のエピグラフに引用したのは、映画「オズの魔法使い」で、主人公のドロシーが家ごと竜巻で吹き飛ばされ、魔法の国に着いたときに発した驚きと戸惑いの言葉だ。AIが引き起こしつつある変化を見ていると、われわれもこの言葉を呟きたくなる。
こうした変化を頭から拒否するか、あるいは積極的に利用しようとするかによって、企業や個人の将来は、大きく違ったものとなるだろう。
では、いま存在するAIは、どのような能力を持っていて、どのようなことができるのか? そして、今後どのように能力を高めていくのか? AIは、人間の仕事をどこまで代替していくのか? こうしたことに関する適切な判断が必要だ。
その判断にあたっては、AIについて、単に表面的な現象を知るだけでなく、原理に遡って理解することが必要だ。
本書は、このような観点から、AIがどのように利用されているかを見るだけではなく、原理にまで遡って説明しようと試みた。とりわけ、「機械学習」と言われるものがどのように行なわれているのかを解説した。これを理解することによってはじめて、AIの可能性や限界についての的確な判断を行なうことができるだろう。
ただし、本書は、AIに関する専門書ではない。本書は、AIに関心があるが、それに直接はかかわっていない方々を読者として想定している。このため、コンピュータサイエンスや数学の知識なしでも読み進めることができるように説明してある。
AIを理解することは、決して難しくない。AIは複雑なのではない。単に扱っているデータ量が大きいだけなのである。
AIは、様々な分野に関連している。コンピュータサイエンスや数学だけではなく、法律・経済にも直接のかかわりがあるし、社会の基本構造との関係も重要だ。
通常「AIの専門家」といわれる人たちは、これらの中のごく狭い部分についての専門家だ。とくに、アルゴリズムやデータ処理についての専門家だ。
専門家は、狭い範囲に集中しなければ、新しい知見を生み出したり技術を開発したりすることができない。このため、狭い分野の専門家が全体像を把握することは、決して容易ではない。AIはあまりに広範な分野にかかわるので、「AI全般に関する専門家は存在しない」と言っても良いだろう。
私は個別分野におけるAIの専門家ではない。しかし、AIが社会をどう変えていくかという問題に関しては、深い関心を持っている。
本書は、このような立場から書かれた。
各章の概要は、つぎのとおりである。
第1章では全体を概観する。
ここで強調したいのは、「AIを敵だとして拒否するのではなく、味方であると考えてどう利用すべきかを考えるべきだ」ということだ。
第2章から第4章においては、AIが具体的にどのように応用されているかを見る。
第2章においては、「パタン認識能力」と、その応用について述べる。これによって人間とコンピュータのインターフェイス(境界面)が改善され、事務の合理化などが進む。また、自動車の自動運転は、社会を大きく変えるだろう。
第3章においては、特定の個人あるいは企業がどのような性格を持っているかをデータから推定することについて述べる。これは、「プロファイリング」と呼ばれる技術だ。
この技術を用いて新しいタイプの広告を行なう(個人に合ったメッセージを送る)のが、ビジネスでのAIの最初の利用であった。最近では、この技術を用いて個人の信用度の評価を行なう試みなどがなされている。
第4章においては、高度の知的作業において、AIがどのようなことができるかを見る。翻訳、文章の執筆などにおいて、AIの能力が高まってくると、税理士、会計士などの専門的な職業の一部は、AIによって代替されるだろう。こうした変化に対応するためには、コンサルティング的な仕事の比重を高めることが必要だ。なお、資産運用におけるAIの活用については、様々な問題があることを指摘する。AIは、作曲や映画の製作、自然法則の発見などの分野にも進出しつつある。
第5章では、AIの機能を実現するための、様々な機械学習の手法を見る。ニューラルネットワーク、決定木(けっていぎ)、ベイズのアプローチの手法などを説明する。この章の内容はやや専門的なものに近くなるが、図などを用いて、できるだけ平易に説明する。「機械学習」とか「ニューラルネットワーク」という言葉が頻繁に飛び交っているが、それらが具体的にどのような方法であるかを理解しないと、AIの働きを理解することはできない。本章は、AIの専門家でない人でも知っているべき「基本」を説明する。この理解にあたって、高等数学の知識は必要ない。四則演算を知っていれば、機械学習のほとんどは理解できる。
第6章では、機械学習において重要な役割を果たすデータの問題について述べる。「ビッグデータ」と呼ばれる新しいタイプのデータが利用可能になったことが、AIの能力を高める上で大きな役割を果たした。これは、「データ駆動型」という新しい動きをもたらしている。ただし、「データをそのまま使えば自動的にコンピュータが処理してくれる」というわけではなく、その事前処理などが重要な意味を持っている。こうした問題を扱うのが、データサイエンスだ。
第7章では、「過学習」について述べる。これは、「学習用に与えられたデータに対しては正解できるが、新しいデータに対しては間違えてしまう」という問題だ。必要とされるのは、「学習データに対してだけでなく、新たなデータに対しても正しく予測できる」ことだ。これを「汎化(はんか)能力」と呼ぶ。過学習を回避するために、「交差検証」(「クロス確認」)や「正則化」などの方法が用いられる。
第8章では中国について述べる。AIを用いる顔認証技術において、中国は世界の最先端にある。それ以外のAI利用においても、中国の躍進ぶりは目覚ましい。高い技術を支えているものが、基礎研究力であることは事実だ。しかし、それだけではなく、中国の特殊な社会構造がAIの開発に有利に働いていることを否定できない。政府が監視国家を志向する傾向が強いことに加え、国民の側でプライバシーの意識が弱いことが問題だ。世界は、こうした中国の特殊性に対して、警戒を強め始めている。
第9章では、AIがいかなる社会を作るかについて述べる。まず、AIの利用が広がった社会において、人間の仕事がどうなるかを述べる。AIによって代替されない仕事が何かを見出すことが必要だ。それだけでなく、AIによって価値が上がる仕事があるはずなので、それを探し出す必要がある。ただし、それができたとしても、格差が拡大する危険がある。また、これまでの社会の仕組みとの衝突が起きる可能性もある。さらに、この章では、AIの創造性といわれるものが本物か否かを論じる。人間の創造性は、いくつかの点においてAIの創造性とは異なるものだ。
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