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『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』 全文公開:第1章の5

『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』 (朝日新書)が9月13日に刊行されました。
これは、第1章の5全文公開です。

5  外国人旅行客の急増は、「プア・ジャパン」の象徴

   大きな変化は10年前に 日本は島国なので、以上のような統計の数字を示されても、これまではそれを実感できなかった。
 2022年には、 iPhoneのような国際的商品が大幅に値上がりしたので、日本が貧しくなっていることを痛感させられた。また、急激な円安によって、外国人労働者が 日本離れを始めたことも報道された。
 しかし、実は、日本が貧しい国になったことの結果は、しばらく前から、明白に生じていたのだ。その変化は誰でも知っていることだが、日本が貧しくなったためにそうなったことを、多くの人は理解できなかった。
 それは何かと言うと、外国人旅行者の急増だ。日本が貧しくなったので、外国人旅行客が急増した外国人旅行客の急増は、日本の貧しさの結果だという考えは、多くの人の考えとは反するものだ。そこで、以下にやや詳しく説明しよう。
 来日外国人旅行客数は、2013年から急増した。2007年から12年までは年間800万人台だったが、2013年に1000万人を超え、2019年には3188万人となった(観光庁の資料による)。国別では、韓国、中国、台湾が大部分だ。
 日本の観光地の価値が高まったために、外国人が高いお金を払ってでも日本に来るようになったのだったら、本当に嬉しいことだ。
 しかし、実際に起きたのは、そうしたことではない。日本での旅行や買い物が安くなったために起きたのだ。
 かつて、ユーロが導入される以前の時代、豊かなドイツの労働者は、バカンスになると、ドイツ人から見れば物価が安い国であるギリシャを訪れた。それと同じことが生じたのだ。日本は、アジアのギリシャになったのである。
 だから、外国人観光客の急増は、本当は日本にとって、悲しいことなのだ。
 銀座の表通りに外国人を満載した観光バスが我が物顔に駐車している(多分、違法駐車)のを見て、なんと残念な光景だろうと思った。
 一部の観光客による無断撮影、敷地内への踏み込み、深夜の騒音、通勤ラッシュの悪化等々。京都などでの観光公害の報道を見て、悲しい気持ちになった。
 しかし、多くの人は、 外国人旅行客が日本に溢れることを喜ばしいことだと思って歓迎した。それによって、売上が増加するからだ。いまでも、そう考えている人が圧倒的に多いだろう。

1980年代と逆のことが起きている
 1980年代から90年代にかけて、日本は経済的に豊かになった。その結果、多くの日本人が海外旅行をする経済力を手に入れた。欧米の豪勢なホテルに滞在し、高価な買い物を楽しむことができた。
 日本の経済力が強まるにつれて、日本語を勉強して日本で仕事をしたいと考える外国人も増えた。日本で学び、経験を積むために日本の大学に留学してきたのだ。一橋大学の私のゼミにも、外国人の学生が何人も参加した。
 また、日本経済を研究したいと考える学者も増えた。彼らは、日本の高い生活費を払っても、それが価値ある投資だと考えた。
 要するに、日本人が海外に旅行して楽しみ、外国人が日本で働きたいと考えることが、当時の一般的な風潮だったのだ。これら全ては、当時の日本の繁栄と国際的地位の向上を示すものだった。私は、それを誇らしく思った。
 しかし、2013年以降の来日 外国人旅行客の急増は、その当時とは全く逆の原因によって生じている。多くの外国人が日本を訪れることは、一見して、日本の魅力が増していることの結果と考えられるかもしれない。しかし、実はそうではなく、それは日本が貧しくなり、物価が安くなったことの表れなのだ。

「安い日本」に対応した人材しかいない
 日本が貧しくなるとともに、人材が劣化した。
 それを象徴するのが、論文数の低下だ。
 文部科学省の科学技術・学術政策研究所が2022年8月に公表した「科学技術指標2022」によると、「Top10%補正論文数」(研究内容が注目されて数多く引用される論文の数)で、日本は3780本。スペインの3845本、韓国の3798本より少なくなり、過去最低の12位に転落した。
 なお、1位は中国(4万6352本)、2位はアメリカ(3万6680本)。日本の数字は中国の12分の1だ。
 さまざまな国際比較ランキングでも、日本の人材の質が低下している。
 日本の給与が低いのは、生産性の低い人が多いからだ。こうした状況で、賃金が上がるはずはない。
 日本には「 安い人材」しかいなくなった。いや、そうではない。正確にいうと、本当は能力があるのに、日本の社会構造のために、それを発揮できないのだ。多くの有能な人材が、潜在能力を発揮できずに安い賃金に甘んじている。
 これは、「 安い日本」におけるもっとも深刻な現象だ。この問題について、第6章と第7章で詳しく検討する。


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