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【たかが1勝、されど1勝】J2第21節 松本山雅×東京ヴェルディ マッチレビュー

スタメン

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松本はシステムを3-4-1-2に変更して臨む。トップ下には河合秀人が入り、阪野豊史と鈴木国友の2トップ。大卒ルーキーの宮部大己が初スタメンを飾った。また、しばらく欠場していたキャプテン佐藤和弘が復帰。前貴之とダブルボランチを組む。前節サプライズだった浜崎拓磨と山田真夏斗のボランチ2枚はともにベンチ外となっている。

対するヴェルディはほぼおなじみのメンバー。パライバが怪我で離脱しているが、代わりに入るのは今季6得点の山下。松本だったらトップスコアラーである。


ヴェルディをリスペクトした守備

今節の松本はヴェルディをリスペクトした入りを見せる。システムを3-4-1-2に設定してトップ下を配置する形は今までの松本には見られず(反町監督時代に一瞬やったときもあった気がする)、4-3-3でアンカーを配置するヴェルディに人を当てるようなかみ合わせである。ヴェルディの攻撃の中心となっているのはアンカーに入る加藤で、彼を抑えるためのシステムと言っても過言ではない。

守備の局面では、とにかく前からプレスを掛けてヴェルディのビルドアップを阻害する意識が高かった。肝になるアンカーの加藤はトップ下に入る河合秀人が監視しながら、2トップでセンターバックにプレス。ピッチ全体で1対1のマッチアップが自然にできるようなかみ合わせなので、誰が誰を捕まえるかは明確だった。目の前の相手に剥がされなければOKという感じで、試合序盤からエンジン全開で入る。

ただ、そこはヴェルディというリアクションで、前からプレッシャーを掛けられるのは慣れている様子。特に慌てる素振りもなくGKを使って数的優位を作りながらプレスを剥がしにかかる。ヴェルディにとって誤算だったのは、1トップに入る端戸が機能しなかったことだろう。0トップに近い概念で、中盤に降りてきて攻撃の起点を作り出す役割がメインになる端戸だが、この日はマッチアップする相手が星キョーワァンということで、フィジカルで潰される場面が多かった。90分フル出場するのだが、かなり苦労していたように見える。

ヴェルディ対策の第一波が成功に終わった松本が前半の飲水タイムまでは主導権を握り、ボール保持率やパス本数でもヴェルディを上回るという試合前の大方の予想に反する流れとなった。

そして松本が押している流れの中で前半17分に先制に成功する。CKの流れからファーでボールを拾った外山凌が右足でインスイングのクロスを供給。これが若狭にあたってネットを揺らし、松本がリードを奪う。若狭としては味方だけでなく松本の選手も多く前にいたのでブラインドになっていたと思うし、処理を誤ってしまったのも致し方ないだろう。外山のクロスの質を褒めたい場面で、彼の低くて速いインスイングのクロスは相手にとって非常に厄介になっている。


変革の片鱗を見せた攻撃

この日の松本は攻撃面において明確な変化が見て取れた。「縦への意識」と「トライアングルの意識」だ。

縦への意識が最初に現れたのは、試合時間5:29の場面。河合が敵陣でボールを受けると反転し、素早く阪野へ縦パスをつける。同じく5:41では、敵陣右サイドでボールを持った前貴之が国友へ縦パスを入れて裏を取っている。以前の松本であれば、もう少しパスを繋いだり、河合がドリブルで持ち運んでいた場面だ。語弊を恐れず言えば、”こねくり回していた”シーンである。

ところがこの日は気持ちいいように縦パスが入る。河合も前貴之も迷いなく楔のパスを出しており、おそらくトレーニングで相当監督から言われているのだろう。ポイントなのは迷いなく、という部分。選手がボールを受けた際の選択肢は、縦パス・横パス・バックパス・ドリブル・キープ・シュートなど様々にあるが、今までは受けた後に考えていて、次のプレーに移るまでに時間を要していた。だが、この日は全体的に判断スピードが上がっており、ボールを受けてからのプレー選択に迷いがない。

とにかく選手たちに植え付けているのは前選択、ゴールに向かうということだったので(以下略)
引用元:試合後監督コメント

監督から「ボールを受けたらまず縦パスの選択肢を考えること」という縦への意識を植え付けられたことで、頭の中が整理されてプレースピードが向上しているのではないかと思う。

ちなみに、ここでの判断のスピードというのは1秒も掛からない世界の話。0コンマ何秒の話である。一人の選手が次のプレーに移るまでに0.2秒遅れれば、5人経由してゴール前に至ったときには1秒の遅れになる。得点を取るために相手ゴール前で数十センチのしのぎ合いをしているのだから、数メートル移動できる1秒の遅れは致命的だ。

次にトライアングルの意識について。ボールホルダーに対してのフォローが適切な位置にいることが多くなったと思う。特に目立ったのはサイドでの崩しの場面。ウィングバックが大外に張ってボールを受けた際に、斜め後方にはボールサイドのボランチが寄ってきてコースを作り、斜め前方には河合が顔を出すというように、良い時間帯の松本は常にボールホルダーに対して複数のパスコースを持ち続けることができていた。これも前体制で仕込みきれなかった部分であり、監督からの指示で変化が見られた部分だ。斜め前方のコースを作る選手は時に背後へのランニングを行うこともあるが、ベースの考え方はトライアングルを作ること。

今季の松本の悪い傾向として、ボールを奪った後に保持できず、即時奪回をされて殴られ続けるというパターンが有った。前線でFWが孤立してしまう場合もあるが、どちらかというと問題なのは中盤やサイドであっさりとボールを失う場面が多かったこと。呼吸を整える間もなく攻められ続ければ消耗も激しくなるし、失点のリスクも高くなってしまう。この日の松本は、ボールを奪った後に簡単に失わずに保持し続け、敵陣まで運ぶことができていた。自分たちの奪いところを設定しながらプレーできたことも良かったが、副次的な効果としてヴェルディの消耗を早くしていた。普段は60%近いボール保持率で敵陣に押し込んで攻撃するヴェルディだが、試合序盤は特に自陣に押し込まれる時間帯が長かった。両ウィングやインサイドハーフが守備に走らさざるを得ず、ここでの消耗が結果的に終盤の最もパワーを発揮しないといけない時間帯で押しきれなかった要因でもあるだろう。


ヴェルディの反撃

とはいえさすがリーグ戦5連勝中のチーム。試合中の修正力も高かった。前半の飲水タイムでチームを落ち着かせ、松本の崩し方を共有すると息を吹き返す。狙われたのは松本の右サイド。ヴェルディは表原玄太という槍を配置している背後に狙いを定め、攻撃性能の高い山口と山下で崩しにかかる。右サイドバックに配置された福村がインサイドに絞ってきてボールを受け、大きなサイドチェンジをするというパターンも確立されており、徹底的に松本の右サイドを揺さぶってくる。

失点シーンも同様の形から。自陣で守備ブロックを作る松本に対して、センターバックの若狭が大きなサイドチェンジ。左サイドで1対1を仕掛けて上がったクロスを最後は山下が蹴り込んで同点に追いついた。この場面、決定的にクロスから少し遡って、若狭をフリーにしてしまっている部分が勝負の分かれ道だったように思う。ヴェルディが楔のパスの出し入れで松本の守備ブロックに対して縦の揺さぶりをかけてきたことで、ズルズルと最終ラインを下げてしまった。それによって2トップのプレスラインが低くなり、ヴェルディのセンターバックをフリーにしてしまっている。

守備ブロックを敷く際にはどうしても後ろに重たくなってしまい、最終ラインを下げがちである。そこで勇気を持って最終ラインを押し上げないと今回のようにサイドチェンジを許したり、バイタルエリアを空けてしまってミドルを叩き込まれたりする。このあたりのラインコントロールは星キョーワァンを中心に学んでいってほしい部分である。

ヴェルディが左サイドから崩そうと試行錯誤を続ける中で立ちふさがったのは宮部大己。抜群の身体能力で対面する山下に仕事をさせず、さらには高い位置を取る表原の背後のスペースを1人でカバーする守備範囲の広さも見せた。右ウィングに入るチームトップスコアラーの小池をフィニッシャーとして活かすならば、崩しの中心になるのは左サイド。相手の攻撃のカギとなる部分を抑え込んだ宮部には個人的なMVPをあげたいと思う。

後半早々に試合を振り出しに戻されて少し落胆の色が濃くなったアルウィンだったが、4分後に阪野が華麗な身のこなしでDFを交わして左足を一閃。ゴール左隅に蹴り込んで勝ち越しに成功する。ゴールを決めた後に子供のように喜びを爆発させて、いの一番に名波監督の元へ走っていった姿は印象的。就任してわずか2週間でここまで選手の心を掴むことができる人心掌握術は(良い意味で)悪魔的だなと思わされた。

結局、阪野のゴールが決勝点となり9試合ぶりの白星。アルウィンでの勝利も9試合ぶり、FWのゴールも9試合ぶりと色々なトンネルから抜け出す1勝となった。


総括

試合後のスタジアムインタビューでも語っていたが、7月3日ナナミの日、結婚記念日に就任後初のホームゲームというのも何とも運命的なめぐり合わせである。そしてその試合でしっかりと勝利してしまうというのも、どこか”持っている”人なんだと感じさせる。

最終的なボール保持率はヴェルディが63%と予想通りの結果となったが、試合序盤の25分間が全てだったと思う。松本がボールを握って先制点をもぎ取れた流れは出来すぎだったが、その後のヴェルディの出来を考えても、スコアレスのまま試合が進んでいたらどうなっていたかわからなかった。

兎にも角にも勝ってよかった。たかが1勝、されど1勝。監督が変わってこれから色々な面で改革が行われていくと思うが、選手をはじめとして関係者に名波浩の色がどれだけスムーズに浸透するかという観点では、最も分かりやすい結果が勝利だったと思う。今後を考えても勝点3以上の価値のある一勝だった言えるだろう。

勝って兜の緒を締めよという諺があるように、決してこの勝利に浮かれていられるような順位ではない。残留争いからの脱出、上位進出を目指すためにも次節山形戦でも勝利が目標となる。名波浩監督との旅路はまだ始まったばかりだ。


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