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宇宙ビジネス:国際ルール下での宇宙特許の効力とは?
宇宙ビジネスの拡大に伴い、技術革新と知財管理の重要性が増しています。宇宙技術は高い独自性やノウハウを含む一方で、国際的な競争も激しく、特許・ライセンス関連のリスクや交渉が不可避です。
特に、宇宙空間における特許権の効力は「属地主義」と「登録国の管轄権」という二面性を持ち、地上での製造・打ち上げ行為との絡みで複雑な問題をはらんでいます。
今回は、宇宙ビジネスと特許の関係に焦点を当て、国際ルールに基づく宇宙空間で特許権がどのような効力を持つのかを解説します。
今回のポイント
宇宙空間で特許権の効力は及ぶ?
属地主義とは何か?
宇宙での国際ルールとは?
宇宙ビジネスで特許が及ぶ場面とは?
宇宙空間での今後の課題とは?
宇宙ビジネスでの特許の扱い
ゆう:ねえ、りょう、インターステラテクノロジズとトヨタの提携について聞いた?
りょう:うん、トヨタのモビリティ都市やIoT技術の宇宙活用を見据えて、小型ロケットとか人工衛星の量産化に向けて協力していくって話ね。
ゆう:それで何が変わるの?
りょう:コストを削減した高品質なロケットの大量生産が期待できるし、トヨタの材料調達力は納期の短縮にもつながる。そうなれば、低コスト・高頻度の宇宙輸送サービスが実現できるし、新しい宇宙ビジネスも加速するだろね。
ゆう:そっか、宇宙ビジネスか。ところで、宇宙に特許ってあるの?
りょう:宇宙はどこの国のものでもないから、地上とは違う扱いが必要になるんだ。
ゆう:なんか難しそうだね。
「属地主義の原則」とは?
りょう:地上でも全世界に効力が及ぶ特許ってないんだよね。
ゆう:え、そうなの?!この前の美容ドリンク、「国際特許取得」って書いてあったけど。
りょう:笑、誇大広告だね、特許をとるための手続きを効率化するための国際出願制度はあるけど、国際特許はないからね。
ゆう:なんかややこしいね。
りょう:
①どんな手続きでどんな特許権を与えるかのは各国の法律で決めるし、
②特許権の効力はその特許を与えた国にしか及ばない。
これを「属地主義」っていうんだ。
ゆう:国ごと別々ってことね。
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宇宙法の基本原則「宇宙条約」
ゆう:じゃあ、宇宙ってどうなるの?
りょう:まず「宇宙条約」っていう国際ルールがあるんだ。
ゆう:宇宙の法律って感じだね。
りょう:そうそう、宇宙の法律はいろいろあるけど、その基本原則を定めてるのが「宇宙条約」。以下を見て。
第2条
月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。
第8条
宇宙空間に発射された物体が登録されている条約の当事国は、その物体及びその乗員に対し、それらが宇宙空間又は天体上にある間、管轄権及び管理権を保持する・・・
ゆう:うーん、よくわからん。
りょう:まず、第2条では、「天体とか宇宙空間は、どの国のものでもない」って言ってる。
ゆう:宇宙は誰のものでもないってことね。
りょう:そうそう、だから、原則、天体とか宇宙空間にはどの国の特許の効力も及ばない。
ゆう:じゃあ、宇宙では特許を気にしなくていいってこと?
りょう:いや、そうじゃないんだ。「宇宙条約」の第8条では、人工衛星みたいな宇宙空間に発射された物体については、それを登録した国が管轄・管理する権利を持つことになってる。
ゆう:宇宙に登録があるの?
りょう:「宇宙物体登録条約」っていう国際ルールもあってね、要は領土内で人工衛星みたいな「宇宙物体」の打ち上げが行われた国は、その「宇宙物体」を登録しなきゃいけない。
第2条
1. 宇宙物体が地球を回る軌道又は地球を回る軌道の外に打ち上げられたときは、打上げ国は、その保管する適当な登録簿に記入することにより当該宇宙物体を登録する。打上げ国は、国際連合事務総長に登録簿の設置を通報する・・・
第3条
1. 国際連合事務総長は、次条の規定により提供される情報を記録する登録簿を保管する。
2. 1の登録簿に記載されるすべての情報は、公開される。
りょう:各国の登録内容は国連に送られて、以下で公開されてるよ
ゆう:じゃあ、宇宙の人工衛星とかには、打ち上げた国の特許の効力が及ぶってこと?
りょう:それも実は、打ち上げた国(登録国)の法律によるんだよね。「宇宙条約」では、「登録国」が宇宙空間での「宇宙物体」を管轄・管理する権利を持つことしか決められてないんだ。つまり、その「登録国」で自由に法律を決めて管理していいよってこと。
ゆう:ややこしいね。
りょう:アメリカでは、特許法で宇宙空間での「宇宙物体」に対する発明の扱いを特別に定めているんだ。
第105条 宇宙空間における発明
(a) 合衆国の管轄又は管理の下に,宇宙空間において,宇宙物体又はその構成要素に関して行われ,使用され又は販売されたすべての発明は,本法の適用上,合衆国内において行われ,使用され又は販売されたものとみなされる・・・
ゆう:さすがアメリカだね・・・でも、どうゆうこと?
りょう:要は、アメリカから人工衛星等(宇宙物体)が打ち上げられて登録された場合、アメリカ国内と同じように、宇宙空間でその人工衛星についてアメリカの特許の効力が及ぶってことね。
ゆう:日本から打ち上げられた人工衛星の場合は?
りょう:日本の特許法では、アメリカみたいに宇宙空間での特許の扱いを明確に定めていないんだ。だから、まあ解釈は考えられるけど、グレーだね。これだけ宇宙ビジネスが盛んになってきたから、日本の特許法でも法整備が必要だと思うよ。
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国際宇宙ステーションの国際ルール「国際宇宙基地協力協定」
りょう:「宇宙条約」以外に、国際宇宙ステーションについては「国際宇宙基地協力協定」っていう国際ルールもあるんだ。
ゆう:国際宇宙ステーションってなんだっけ?
りょう:国際宇宙ステーションは、複数の国がそれぞれ打ち上げて建設したモジュールを合体させた宇宙基地。全体でサッカー場ぐらいの大きさがある。日本が担当しているのは実験モジュール「きぼう」と補給モジュール「こうのとり」だね。
ゆう:国際宇宙ステーションだと、特許はどうなるの?
りょう:国際宇宙ステーションのモジュールもさっき話したように「宇宙物体」として登録される。日本の場合、実験モジュール「きぼう」と補給モジュール「こうのとり」が登録されてる。
ゆう:じゃあ、さっきの人口衛星のときと同じ?
りょう:国際宇宙ステーションの場合には、もう少し具体的な取決めがなされてる。
ゆう:具体的って?
りょう:国際宇宙ステーションのモジュールを登録した国(参加国)は、登録したモジュールについて管轄・管理する権利を持つだけじゃなくて、さらに、そのモジュールで行われた活動はその「参加国」の領域内で行われたってみなさる。
第5条 登録、管轄及び管理の権限
1 各参加主体は、登録条約第2条の規定に従い、付属書に掲げる飛行要素であって自己が提供するものを宇宙物体として登録する。欧州参加主体は、当該参加主体の名において、かつ、当該参加主体のために行動するESAに対し、登録の責任を委任している。
2 各参加主体は、宇宙条約第8条及び登録条約第2条の規定に従って、第1項の規定により自己が登録する要素及び自国民である宇宙基地上の人員に対し、管轄権及び管理の権限を保持する。当該管轄権及び管理の権限の行使は、この協定、了解覚書及び実施取決めの関連規定(これらの文書に定める関連の手続上の仕組みを含む。)に従う。
第21条 知的所有権
・・・
2 本条の規定に従うことを条件として、知的所有権に係る法律の適用上、宇宙基地の飛行要素上において行われる活動は、当該要素の登録を行った参加国の領域においてのみ行われたものとみなす・・・
ゆう:どういうこと?
りょう:日本の実験モジュール「きぼう」で生まれた発明は、日本の領土で行われたとみなされるし、「きぼう」では日本の特許権の効力が及ぶ可能性があるってこと。これも解釈によるけどね。
ゆう:アメリカの場合は?
りょう:さっき話したみたいに、アメリカの特許法では宇宙空間での特許の扱いを明確に定めてるから、アメリカの実験モジュール「デスティニー」で生まれた発明は、アメリカの領土で行われたとみなされるし、「デスティニー」では米国の特許権の効力が及ぶね。
宇宙ビジネスで特許が及ぶ場面
ゆう:結局、宇宙でも特許が及ぶかどうかは、国によって違うんだね。
りょう:そうそう、だから、宇宙ビジネスの特許を検討するときには、どこの国の特許権を取得するかに加え、どこの国で衛星等を打ち上げるのかも重要な検討要素になってくる。
ゆう:やっぱ、アメリカが進んでるのかな。
りょう:宇宙での特許の先進国はアメリカだから、アメリカで打ち上げを行う場合にはアメリカでの特許調査や特許取得が重要になってくる。
ゆう:逆に、日本で人工衛星を打ち上げるときには、特許を気にしなくていいの?
りょう:いや、さっき話したみたいにグレーなとこはあるし、宇宙で使われなくても、地上で発明が使われるときには特許権の効力が及ぶよ。
ゆう:地上で使うって?
りょう:人工衛星やロケットの特許権は、それらを地上の工場で製造したり、販売したりすることに及ぶことがあるし、人工衛星等と通信する方法の特許権は、地上局での人工衛星との通信に及ぶこともある。
ゆう:地上では、人工衛星でもロケットでも、特別扱いは無いってことね。
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宇宙空間での今後の課題
りょう:最近、宇宙ビジネスが話題だけど、宇宙での特許の扱いについて特許法の整備はまだまだってこと。
ゆう:はっきりしないことも多いってことね。
りょう:そうそう、日本でも人工衛星等の「宇宙物体」の宇宙での特許の扱いについて明確になっていくことに期待だね。宇宙ベンチャー企業が安心して技術開発に取り組める環境のために。
ゆう:今回の提携がきっかけの一つになるといいね。
今回のまとめ
原則、宇宙空間や天体自体では、どの国の特許権の効力も及ばない。
ただし、宇宙空間に打ち上げられた「宇宙物体」(人工衛星、ロケット、国際宇宙ステーションのモジュール等)では、その「宇宙物体」を登録した国(登録国、参加国)の特許法の効力が及ぶ場合がある。
「宇宙物体」を登録した国の特許法の効力がその「宇宙物体」に及ぶか否かは、その国の特許法の整備度合に関係する。アメリカは宇宙での特許の先進国。
宇宙ビジネスの特許を検討するときには、どこの国の特許権を取得するかに加え、どこの国で衛星等を打ち上げるのかも重要な検討要素。
地上では、人工衛星やロケットであっても、特許法上、特別扱いされない。
人工衛星やロケットであっても、地上の工場で製造したり、販売したりする行為については、通常通り、特許権の効力が及ぶことがある。人工衛星等と通信する方法の特許権は、地上局での人工衛星との通信に及ぶこともある。
今後、日本を含む各国で、人工衛星等の「宇宙物体」の宇宙での特許の扱いが明確化されることが期待される。
宇宙ビジネスの急速な発展に伴い、適切な知財戦略と法整備がこれから必要になっていくでしょう。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
弁理士 中村幸雄
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