NETFLIXの「視線」に思うこと

五分で持っていかれる


監督も俳優陣もまったく知らなくて、会費の元を取るためちょっとだけでも・・・と思って再生して、最初の5分で「あっ、これヤバいな。ちゃんと見なきゃ」と腰を据えました。
サイコ・サスペンスとしても面白いと思いますが、ストーリーだけならよくある映画。なので、ネタバレ必至のあらすじとかは他のサイトを見てもらうとして、この映画の魅力を映像の点から。


映像の魅力を深掘り

スタイリッシュで神経質なほど構図が整えられているため、キューブリックの映画を見ているような緊張感がずっと漂います。きれい好きと潔癖症が紙一重であるように、ほんとうの狂気もそれっぽい見た目をしていないもの。
俳優陣のファッションやインテリアも相まって、チリひとつ落ちていない部屋にいるような落ち着かなさを感じたまま、物語が進んでいきます。

夜と昼とでルックにメリハリをつけつつ、完璧に調和していて、カラリストの仕事の見事さにも感動します。昼のほうが冷徹でむしろ夜のほうが温かみがあるくらいなのだけれど、それが次第に混濁していく。でも破綻しません。
ホラー映画にありがちなSEや急なカメラの動きを用いることなく、じわじわ観客を次のフィールドに誘っていくところは見事。

ルーマニア語みたいですが、アメリカ人の主人公は言葉でコミュニケーションをとることができず(仕事で忙しい夫とも心の距離が離れ)、不安と孤独を感じていきます。ルーマニアがアメリカからどれくらい遠い(英語が通用するか、響きが似ているか)はわからないけれど、不安なことだけはしっかり伝わってくる。そして追い込まれていくことに共感できる。
このあたりは連続殺人犯を追いながら白夜に悩まされて精神的に衰弱していく刑事を描いたアル・パチーノの「インソムニア」を思い出しました。
ここに映画の題名にもなっている視線が加わっていく。
これを、まずは浅い被写界深度で背景から主人公を分離することで孤立を表現。心理を描写するシーンでは広角レンズを使って主人公との距離を詰めて、観客に感情を共有することを求めます。ときどきインサートされる望遠レンズで見えない相手の存在を示唆します。
このコントロールもすごい。

監督と撮影監督のどちらか(あるいは両方)がデヴィッド・フィンチャーを崇拝していると思うけれど、他にも70年代から90年代くらいまでの映画を見まくってると思います。映画を見まくってない撮影監督なんて知らないけど、その中でもオタクっぽい。
で、特に好きなものを分析的に見ているのでは。
サイコ・サスペンスとしてヒッチコックの影響を感じるという記事を見ましたが、どちらかといえばフィンチャーを経由してのキューブリックと、「エレファント」あたりのガス・ヴァン・サントに近いムードを感じました。恐怖を煽るのではなく、不安と狂気の境界線が滲んでいくところを描きたい。

禁煙していた主人公がタバコを買おうとする場面があって、フィンチャーの「ドラゴン・タトゥーの女」を思い出しました。あの映画の冒頭で、ストレスを受けた主人公(ダニエル・クレイグ)が禁煙していたのにタバコを買ってしまう場面があります。一瞬といっていいくらい短く、説明的なセリフも一切ありません。
DVDの特典でフィンチャー本人が「このシーンでは主人公の苛立ちを表現していて、どうたらこうたら」と話していて、わかってくれなくてもいいさ、でもそういう積み重ねが後になって効いてくるんだぜってところは巨匠ならでは。

で、この「ドラゴン・タトゥーの女」はヒリヒリする寒さがもたらす映像が必要だったらしく、スウェーデンでロケをしています。フィンチャーだったらCGで作ることもセットで撮ることもできたはずだけれど、意外とそういう「ロケでしか撮れないリアリティ」を信じているようです。
この「視線」もすごくロケーションが効いていて見事だと思いました。ファッション写真の撮影をするような感覚でロケハンしているんじゃないかな。この辺りの雰囲気がいいよねって感じじゃなく、ここに立ってあっち側に向けて撮ったら最高だぜ、とピンポイントで決めるような。


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