中国発AIチップ設計会社Cambricon Technologies #AI銘柄の目論見書vol.2
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目論見書分析シリーズについて
本シリーズは、起業家向けに海外DeepTech/AIスタートアップの上場目論見書を日本語で簡単にまとめるものになります。事業仮説を立てる際のご参考になれば幸いです。
1~2週間に1回更新予定です。しばらくはアメリカ、中国交互にまとめていきたいと思います。
(*本記事の画像はCambriconの上場目論見書またはCambricon HPからの引用です。それ以外の場合は各画像の下にそれぞれ記載しています。crunchbaseのリンクはこちら)
Cambriconについて
Cambriconは、国立科学技術研究所である中国科学院(CAS)でプロジェクトとして生まれ、陈天石氏の下、2016年にスピンアウトしました。端末機器、クラウドサーバー、エッジコンピューティングデバイスなどに搭載される人工知能コアチップの研究開発、設計、販売を主な事業としています。
これまで、1億台以上のHUAWEI製スマートフォンやスマートデバイスへ搭載され、中国トップのサーバーベンダーInspurやレノボなどの製品にもCambriconのAIチップが採用されています。
Cambriconのビジネスモデルは、創業以来のファブレスモデルであり、スマートチップの設計・販売に注力しています。 (販売は直販モデルのみ)
プロセッサIPライセンス事業
(1) 当社のプロセッサIPを提供し、クライアントのチップの設計スキームや設計レイアウトへの組み込みをサポートし、固定料金を請求。
(2)クライアントのチップの販売数量に応じたレベニューシェア。
クラウド・スマート・チップおよびアクセラレイテッド・カード事業
伝統的なファブレスのチップ設計会社同様売り切りモデル。
インテリジェント・コンピューティング・クラスター・システム事業
ソフトウェアおよびハードウェア・システム一式を顧客向けにカスタマイズ、統合、提供する。SIerモデルに近い。
販売先はほぼ全てが中国国内となっています。(残りは台湾、深圳福田保税区等)
創業者
会長兼CEOである陈天石氏は中国科学院コンピューティング技術研究所の研究員(上級職)および博士課程の指導教官であり、10年以上にわたり人工知能やプロセッサチップなどの関連分野の基礎科学研究に従事してきました。商用スマートチップ「Cambrian」シリーズの創始者の一人であり、「中国科学院の科学技術功労賞」(2019年)、「北京の科学技術管理才能への優れた貢献」(2019年)、「The "上海メーデー労働メダル"(2019年)、"科学技術省の科学技術イノベーションと起業家人材"(2018年)、"CCTVの科学技術イノベーションパーソンオブザイヤー"(2017年 )、「上海青年五月四日勲章」(2017年)など、多くの賞を受賞しています。
プロダクト
端末、クラウド、エッジ、の各シナリオに対応したAIチップ製品を開発しています。
ターミナル・スマート・プロセッサIP
クラウド・スマート・チップ&アクセラレーター・カード
エッジ・スマート・チップ&アクセラレーター・カード
上記に加え、基本システムソフトウェアプラットフォームも提供しています。
ターミナル(Cambium 1A/1H/1MプロセッサIP)
Cambium 1M(第三世代)
スペックは以下の通り(周波数1GHz)
S-1を元に筆者作成
第一世代のCambium 1A、第二世代のCambium 1Hは、HUAWEIが2017年に発売したMate 10に搭載されました。(Kirin 970プロセッサーに組み込まれていました)
クラウド(思元 100/270/290チップ及びアクセラレーションカード)
思元290チップ MLU290-M5スマートアクセラレーションカード
(上場資料提出当時は270が最新型で、290は社内テスト中でした)
MLU290-M5スマートアクセラレータカードは、64個のMLUコア、1.23TB/sのメモリ帯域幅を持つオープンアクセラレーションモジュールOAMデザインを採用している。MLUv02拡張アーキテクチャを搭載したTSMCの7nm先端プロセス技術を使用し、最大460億トランジスタを集積したCambrian社初のトレーニングチップ「思元 290」を搭載している。 MLU-Link™インターチップ技術は、最大熱消費電力350Wで最大1024TOPSのAIコンピューティングパワーを提供する。
Inspurやレノボなどのサーバーメーカーの製品にも採用されており、2019年に開催された第6回世界インターネット会議でリーディング・テクノロジー・アワードを受賞しています。
エッジ(思元 220チップ及びアクセラレーションカード)
思元220チップ M.2エッジAIアクセラレーションカード
Cambium MLUv02アーキテクチャを採用し、超小型でありながら、8.25Wの消費電力で8TOPSの理論ピーク性能を発揮する。
エッジコンピューティングでは、端末機器の計算能力不足の欠点を補完しつつ、クラウドにおけるデータセキュリティ、プライバシー保護、レイテンシーを緩和します。データ分析やモデリング、ビジョン、音声、自然言語処理など、幅広いAIアプリケーションをサポートします。
ソフトウェアプラットフォーム(Cambricon Neuware)
Cambricon Neuware®️は、Cambrianが同社のクラウドおよびターミナルスマートプロセッサ製品専用に構築したソフトウェア開発プラットフォームです。様々な深層学習/機械学習のプログラミングライブラリをはじめ、プログラミング言語、コンパイラ、プログラムのデバッグ/チューニングツール、ドライバツール、ビデオコーデックツールなどが含まれています。詳細はこちらに記載されています。
ソフトウェアアーキテクチャは以下の通り
データセンター向けユニット(玄思 1000 スマートアクセラレータ)
上場目論見書には記載が無いものの、現在AIデータセンター向けユニットとして現在玄思 1000 スマートアクセラレータを販売しているようです。
成長の経過と今後の事業戦略
創業初期:HUAWEIへのチップIP売上に依存
Cambriconは創業期にHUAWEIとの間に大型契約締結していました。その結果、2017年と2018年は売上高1位の顧客であるHUAWEI(华为海思)に対する売上高の割合が非常に高くなっています。(単位:万元)
現在:クラウド、ソフトウェアへの製品ラインナップの拡大
2019年には、クラウド型スマートチップおよびアクセラレーションカード、スマートコンピューティングクラスター事業(ソフトウェア等)を開始し、サーバーベンダー、クラウドサービスベンダー、企業、地方自治体などの新規顧客に対応しました。
S-1を元に筆者作成
また、同じく2019年、HUAWEIに対するCambriconのライセンス売上が大幅に減少しました。背景にはHUAWEIが米国による制裁の影響を回避するために、独自の半導体部門であるHiSiliconへの投資を大幅に増加させたことが挙げられます。
その結果最大顧客であったHuaweiへの売上比率が減少し、顧客の分散化が図られ、単一の顧客に対する売上高の割合が総売上高の50%を超えるような状況は無くなくなりました。(単位:万元)
今後:研究開発への大規模投資とデリバリーの強化
研究開発への大規模投資
今後3年間で28億元(約450億円)を研究開発に投資することを予定しています。上場時に約4000万元(約5.6億円)の調達を行い、研究開発資金の一部として活用予定です。スマートマニュファクチャリング、Fintech、Edtechなどの新興分野を積極的に開拓し、新興顧客のニーズに対応したチップ製品の研究開発にリソースを積極的に投入することとしています。
S-1を元に筆者作成
デリバリーの強化
Cambriconのチップ製品の顧客は主に上海、深圳および北京周辺地域に集中しています。それらの地域でのマーケティングチャネルの強化をベースに、将来的にはマーケティングチャネルのカバー範囲をさらに拡大し、他の地域のクライアントへのより迅速で効果的な技術サポートを提供する予定としています。
市場環境
市場規模
AIチップの世界市場規模 2018 - 2025年(単位:億米ドル)
AIチップの中国市場規模 2019 - 2024年(単位:億元)
IDCの調査によると、、2025年には中国が世界のデータ量の27.8%を占めるようになると予想されています。
新製品のリリースサイクル
AIチップはまだ新しい市場であり、CPU市場のような安定した製品のイテレーションサイクルが形成されていません。しかし、チップ設計の研究開発・製造・販売のサイクルを考慮すると、今後十分な競争が行われた場合には以下のようなスパンでのリリースが想定されています。
端末型チップ:1年程度
クラウド型スマートチップ:2年程度
エッジ型スマートチップ:2~3年程度
競合
現在、AIチップの分野では、Nvidiaが絶対的な優位性を保っており、Intel、Huawei、AMD、ARMなどの企業も強い競争力を有しています。
現在、大きなシェアを獲得しているプレイヤー
ターミナル・インテリジェンス・プロセッサIP:ARM、CEVA、Cadence等
クラウド・インテリジェント・コンピューティング:主にNVIDIA
エッジ・インテリジェント・コンピューティング:主にNVIDIA
インテリジェント・コンピューティング・システム市場:主にNvidia GPUベースのシステム
ICチップ設計業界は人材、技術、資本集約型ビジネスであると考えられています。そのため、確固たる競争優位性は存在しないのではないかと考えられます。
もっとも、近年「国家IC産業発展促進綱要」「Made in China 2025」「国家情報化発展戦略綱要」などの政策が発表され、中国国内においてIC産業に対して注目が高まっています。中国政府の支援(例えば政府系ファンドからの多額の投融資)等があるとすれば、中国のAIチップ設計会社としてユニークな強みになると考えられます。
以下S-1記載の競争優位性と、競争上の懸念点を引用します。
競争優位性
(1) 最先端のコアテクノロジー
CambriconはAIチップ製品やプラットフォーム型の基本システムソフトウェアの研究開発及び製品化のためのコアテクノロジーを保有しています。 2020年2月29日現在、Cambriconは国内外の特許65件(うち国内特許50件、海外特許15件)PCT特許出願120件を保有しています。
(2)優秀な技術チーム
当社の会長兼ゼネラル・マネージャーである氏の存在に加え、技術開発、サプライチェーン、製品販売の各分野で成熟したチームを組成しています。中核となる研究開発スタッフのほとんどは、有名大学や研究機関を卒業しており、従業員の79.25%(680名)が研究開発要員であり、そのうち63.64%が修士号以上の学位を有しています。
(3) 基本システムソフトウェアプラットフォーム
Cambriconは、統一された基本システムソフトウェアプラットフォームの開発に成功しました。これにより、クラウド、エッジ、端末の間の開発の壁が完全に取り払われ、面倒な移転作業なしに、同じAIアプリケーションを同社のすべてのクラウド、エッジ、端末製品上で簡単かつ効率的に実行できるようになりました。
(4) 顧客資源の優位性
最先端の研究開発能力、信頼性の高い製品、優れた顧客サービスにより、当社は国内外で良好なブランド認知と質の高い顧客資源を蓄積してきました。 現在、当社の製品は、有名なチップ設計会社、サーバーメーカー、等に広く採用されており、インターネット、クラウドコンピューティング、エネルギー、教育、金融、通信、運輸、医療などの業界のAI化を促進しています。
(5) ブランド
CB Insights社の「2018 Global Top 100 AI Companies」(2017年12月)、米国の権威ある半導体専門誌として知られる「EE Times」の「Top 60 Global Companies to Watch」( 2018年11月、)雑誌「フォーブス」中国版による「2019年フォーブス・シリコン60」への選出、HUAWEIのフラグシップスマホへの搭載などを通じて獲得した、高いブランド力を有しています。
競争上の懸念点
(1)財務体質とR&D投資余力
人工知能チップ市場は競争が激しく、製品性能の革新が極めて速くなっています。 お客様のニーズに応じてタイムリーに方向性を調整し、製品の反復的な更新と長期的な開発を実現するためには、製品開発への継続的な投資と次世代技術の開発が必要です。2020年度のNVIDIAの研究開発費は28億2900万ドル、 HUAWEIの2019年の研究開発費は約24億3900万ドルとされています。 Cambriconは発展の初期段階にあり、同業のチップリーダーと比較すると、財務力と研究開発投資余力にはまだ大きなギャップがあります。
(2) ソフトウェアのエコシステムの完成度
優れたAIチップ製品は、健全なソフトウェアエコシステムによって支えられる必要があります。 NVIDIAのGPUチップ製品は、CUDAソフトウェアプラットフォームとそれに関連するエコシステムの完成度の高さにより、インテリジェントコンピューティング市場を支配しています。 Cambriconは、独自の基本システムソフトウェアプラットフォーム「Cambricon Neuware」を開発していますが、完成度はNVIDIAに比べ低いと言わざるを得ません。
(3)販売網
設立してから比較的日が浅く、販売網が十分に拡大しておらず、販売チームもまだまだ改善が必要です。 一方、Nvidia社などは成熟した完全な販売網を持っており、製品の販売規模、顧客の製品に対する認識、市場の認識などの点でCambriconより優れていると考えられます。
(4) ハイエンド人材の採用
会社は安定した研究開発人材と管理システムを確保しており、現段階でのビジネスの発展を支えることは可能です。 しかし、事業規模や製品ラインの継続的な拡大に伴い、究開発やマーケティング、販売などの分野でハイエンドの人材がさらに必要となり、経歴と豊富な業界経験を持つ専門家チームをさらに採用する必要があります。
その他、Google TPUと比較した記述もありました。
CambriconのスマートチップとGoogle TPUとの比較
CambrianスマートチップとGoogle TPUは、いずれも汎用スマートチップの代表的な製品であり、技術的には 両者の技術原理と技術特性の比較は以下の通り。
技術的な原理としては、Google TPU、Google TPUともに、人工知能の演算特性やアクセス特性を分析・抽象化した、汎用のスマートチップとして設計されている。その命令セット、演算子アーキテクチャ、ストレージレベルは、スマートアルゴリズムに適したものとなっているため、スマートアプリケーションにおいて、従来のCPUやGPUの性能を上回るものとなっている。 技術的な特徴としては、どちらも専用のオンチップSRAMを搭載しており、このオンチップSRAMは、従来のCPUのCacheとは異なり、ソフトウェアやプログラマーから見えるようになっている。
Google TPUのコアは、古典的なパルサーアレイ技術で、畳み込み演算では効率が良いが、比較的低周波の部分演算(完全連結演算、活性化演算など)では効率が悪い。 後者については、Google TPUは補助的に追加のハードウェアユニットを導入する。 一方、Cambricon・チップ・アーキテクチャーでは、アルゴリズムの基本的な演算を、高次元テンソル演算、ベクトル演算、算術論理演算に直接的に区別し、それぞれ高次元テンソル演算コンポーネント、ベクトル演算コンポーネント、従来の算術論理演算コンポーネントによってプロセッサ内で処理される。高次元テンソル演算コンポーネントは、畳み込み演算や完全連結演算を効率的にサポートし、ベクトル演算コンポーネントは、アクティベーションなどの演算をサポートする。 従来の算術論理コンポーネントでは、ブランチ&ジャンプなどに対応する。
財務と株価等
簡易的なPL
規模感が掴めるよう円換算しています(1元=16円)
S-1を元に筆者作成
株価推移
Speedaより筆者作成
上場時株主(3%以上保有のみ)
S-1を元に筆者作成
中科算源は、創業者が研究員を務める中国科学院コンピューティング技術研究所の資産運用会社であり、研究所のプロジェクトに現金出資の形で投資を行います。研究所のインキュベーション事業の一環になっているものと考えられます。
この他、アリババイノベーションインベストメント(阿里创投)が1.94%保有しています。
過去資金調達
crunchbaseより筆者作成
2021年7月20日上海証券取引所上場
2021年5月7日現在106.7元/株 時価総額42,695百万元(約7,237億円)
参考記事
以上Cambricon Technologiesでした。
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