中国のAI OSユニコーン CloudWalk Technology #AI銘柄の目論見書 vol.5
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目論見書分析シリーズについて
本シリーズは、起業家向けに海外DeepTech/AIスタートアップの上場目論見書を日本語で簡単にまとめるものになります。事業仮説を立てる際のご参考になれば幸いです。毎月更新できるよう頑張りたいと思います。
(*本記事の画像は基本的にCloudWalk上場目論見書またはCloudWalk HPからの引用です。日本語表記の図表は筆者が翻訳、一部再構成しています。crunchbaseのリンクはこちら)
CloudWalkについて
中国科学院重慶研究院で顔認証技術を研究していた最大規模の研究チームがスピンアウトして2015年に設立されました。最新の評価額は250億元(4250億円)、上場時に37.50億元(約637億円)の調達を予定しています。
創業者:周曦
中国科学院で学士号と修士号を取得。イリノイ大学(UIUC)で電子工学とコンピューティングの博士号を取得。IBM TJワトソン研究センター、マイクロソフト・レドモンド研究所に所属した経験があります。
事業概要
PaaS事業(轻舟)
AIに最適化されたOSを開発し、ミドルウェアと合わせてプラットフォームを構築。PaaSモデル。(競合はAWS, GCP, Azure(Visual Studio)など)
CWOS事業
自社開発OS及びプラットフォームをベースにアプリケーションをクライアント毎に開発、提供。工数・進捗ベースの売上。
AIソリューション事業
業界別のAIソリューションを提供。ビジネスプロセス全体の変革を目的とし、ハードウェア/ソフトウェア全体でソリューションパッケージを提供。売上形態はプロジェクトによる。現在は金融、行政、交通、ビジネスの4パッケージを提供。(詳細はAppendixに記載)
OSを開発する意図
ハード/ソフトを制御し、様々な形式のデータを一元管理してAIを活用する上で、アルゴリズムの改良のみでは到達できないレベルでの性能向上、競争優位に繋がります。また、クライアント毎に各種OSに対応する形でAIソリューションを開発する必要がなくなる点もメリットになります。
プラットフォーム型のビジネスへの転換を目指しているようです。
コアプロダクト
Human-Machine Collaboration Operating System(通称CWOS)
CWOSアーキテクチャ
クラウド・エッジ・エンド環境において、デバイス、AIアプリケーション、演算リソースを統合的に管理し、外部情報のセンシング、ストレージ管理、計算、理解、意思決定を可能にするOSです。複雑なビジネスプロセスにおいてAIをシームレスに活用できるUX/UIが特徴です。開発者がAIアプリケーションを設計・開発するための包括的なサポートも提供し、AIアプリ開発・運用の敷居を効率的に下げます。複数のAIソリューションを一括管理し、多次元の情報を統合的に分析するニーズの高まりに伴い、AIOSの重要性は増しています。
参考:AWSのワークフロー作成サービス
業界のアプリケーションシナリオに深く入り込み、マルチモーダルなビジネスデータを収集し、基盤となるAIビジネスプロセスエンジンと推論システムを通じて、ビジネスプロセスの実行効率を向上させます。同時に、様々なビジネスプロセスデータの蓄積に伴いOSは継続的にアップデートされ、徐々に創造的に問題を解決する能力を持つようになります。(過去のデータと人の意思決定を学び、強いAIに近づきます。)
コア技術
<マルチモーダルなデータの感知>
テキスト、画像、音声など様々なデータ型からの情報を取得・統合
<多様なデータ形式知識推論>
収集したデータをベースに、マルチモーダルAIが様々なビジネスドメインの様々なシナリオにおける、最適解を推論
<人間とAIの共創>
人間とAIが相互に補完し、相乗効果を生むために最適化されたGUI含むシステム設計
<データセキュリティシェアリング>
データに関する各種権利保護に適合した形でのデータ取扱を可能にする
クライアント
主なクライアントは政府、公安、銀行、空港、ITベンダー、SIerなどの大企業です。入札や交渉を通じて関連プロジェクトを獲得する直販方式を採用しています。
政府機関や大企業は、AIソリューションの企画やその後のプラットフォームシステムの運用・保守など、全体的にカスタマイズされた開発を求められます。SIerのお客様は、特定のプロジェクト統合のニーズやエンドユーザーの要求に応じて、関連製品を提供し、完全な形で納品することを求められるため、直販モデルの方がお客様のニーズを満たし、お客様との継続的かつ安定的な協力関係を確保できます。一方、クライアントの集中はリスク要因の一つとなっています。
取引額上位5社からの売上比率
2017 59.77%
2018 62.26%
2019 51.83%
2020/1~6 31.23%
直近の大型契約は、2020年9月と10月に落札した中国の税関総署と中山医院南沙分院のスマート化プロジェクトです。特に後者の契約金額は3.12億元(約53億円)であり、中国のAI企業が公開入札で落札した契約としてはこれまで最高額となっています。
マーケット環境
OSの重要性
中国のAI産業は、①AIチップ、②AIOS(プラットフォーム)③AIoTの3分野に分けられます。近年、技術開発は国際貿易摩擦や規制などの影響により、AIチップ(核)とOS(魂)の重要性が中国国内で増しています。
toC分野では、Windows、Android、iOSの3つのOSでほぼすべての市場が独占されていますが、AI業界におけるOSはまだ業界標準が形成されていません。AI業界のOSは、主にB向けであり、ニーズはそれぞれ大きく異なるため、市場を独占することは難しいと考えられます。AI OSは今後5~10年で複数のOSがシェアを争い、次第に統合されていく可能性が高いと考えられます。
AIの進化過程
AI産業の発展の歴史と今後の発展の軌跡は、大きく3つのステージに分けられます。
第1段階:コンピュータビジョンや音声認識に代表される単一のAI技術の発展により、特定の場面でのAIの初期的な実装が行われます。
第2段階:単一のAI技術では次第に複雑なニーズへの迅速な対応が困難になり、包括的なAIソリューションによるビジネスチェーン全体のエンパワーメントがなされます。
第3段階:AIのデジタル世界と現実世界が深く融合し、オンラインとオフラインのあらゆる種類のデータが接続され、すべてのビジネスプロセスにAIが組み込まれるようになります。そこではAIを使いこなすためのビジネスワークフローが再設計され、ユーザーエクスペリエンスが革命的に向上します。
中国の人工知能産業は現在、第2段階へ移行しつつあり、焦点は徐々に単体技術の研究開発から多様なシナリオを想定したアプリケーションの水平展開とビジネスチェーンの垂直統合に移っています。
競争力の源泉
AIチップとAIOS(プラットフォーム)は、AIの基礎産業に属します。 単一のタスクをこなすAIからマルチモーダルAIへと発展し、さらにはAIによる知覚-認知-判断のクローズドループがビジネスチェーン全体及ぶようになりました。その結果、研究開発の難易度は高まりました。 競争は主に技術力に基づいて行われ、業界のプレイヤーは強い交渉力と高付加価値製品を持っています。
AIoT製品はAIの産業化をハード面で支えるものであり、主にその生産工程やコスト管理によって利益が得られます。 この分野は、各種センシングデバイスメーカーが中心となっており、全体の市場規模は大きいですが、業界の競争も激しくなっています。
成長戦略
これまで
コンピュータビジョンや音声認識に代表される単体のAI技術をブレークスルーとし、それらを組み込んだCWOSやアプリケーション、適応性の高いAIoTデバイスを継続的に開発・最適化してきました。その結果、各業界に最適化されたパッケージとしてのAIソリューションを形成しました。スマートガバナンスやスマートファイナンスの業界シナリオからスタートし、徐々にスマートトラベルやスマートビジネスなどの幅広いアプリケーションシナリオへと拡大していきました。その後はPaaSエコシステム構築を重点目標としています。
今後の3つの柱
1、OSの効率性の向上、UX/UIの最適化に引き続き投資を行います。
2、各業界におけるAIソリューションのスタンダードになることを目指し、CWOSをベースに、AIoTデバイス、各業界のビジネスナレッジを統合し、業界の主要プレイヤーのビジネスプロセス全体を最適化するソリューションを提供します。
3、エコシステムのリーダーになることを目指します。CWOSをベースとしたPaaSを広く解放し、ソフトウェア開発者、ハードウェア開発者、チャネルサプライヤーなどのパートナーと協力し、広範な顧客グループをカバー、業界におけるリーディング・ポジションを固めます。
財務
売上
COVID19により、売り上げが減少しています。AIソリューションの導入プロセスでは、製品を調整するためにプロジェクトチームが現地に必要になるためです。
CWOS事業
完了したプロジェクト数:2017年145件→2019年374件
100万元以上のプロジェクト数:2017年3件→2019年31件
AIソリューション事業
完了したプロジェクト数:2017年128件→2019年1,740件
100万元以上のプロジェクト数:2017年8件→2019年には83件
1000万元以上のプロジェクト数:2017年1件→2019年14件
粗利率
ソリューションの標準化により、案件あたりのコストが低下しています。2020年に発表した最新のハード・ソフトが一体化したAIソリューションのコストも大幅に下がりつつあります。
調達資金使途
上場時の調達では主に以下の分野で使用されます。
CWOSのアップグレードプロジェクト(8億1,300万人民元)
轻舟エコシステム構築プロジェクト(8億3,100万人民元)
AI統合ソリューションプロジェクト(14億1,200万人民元)
運転資金の補充(6億9,300万人民元)
株主構成
創業者の周曦氏の保有比率は23.2%。上場時には議決権制限株式と普通株を同時に発行し、上場後は周曦氏が64.6%の議決権を保有します。
AIOSは政府が重点的に支援を表明している領域であり、株主の約半数が政府系ファンドとなっています。CLOUDWALKSの主な顧客は各省・市の警察、国有銀行などであり、現在海外資本は入っていません。
出典:IPO on Track: State-Backed CloudWalk Wants to Be AI's Microsoft
過去ラウンド
Crunchbase等より筆者作成
海外での事業展開や米国商務省の「Entity List」への掲載に関するリスク
当社は、米国に100%出資の海外子会社Cloud from Americaを有しており、この海外子会社を通じて、人工知能分野の専門研究所との間で人工知能に関する理論的研究や学術交流を行うことを目的としています。 この目論見書の日付時点では、この子会社はまだ実際の事業を開始していません。
米中貿易摩擦を背景に、米国商務省は2020年5月以降、CloudWalkを含む多数の中国企業・機関を「エンティティリスト」に含めることを発表しました。 この措置は、当社の現在の事業活動に直接的な重大な悪影響を及ぼすものではありませんが、当社の今後の海外事業展開やAIの理論研究・学術交流に一定の悪影響を及ぼすことになります。
Appendix(ソリューション事例)
スマート・ファイナンス
6つの国有銀行を含む400以上の金融機関をカバーしており、「ユーザー体験」「効率性の向上」「シナリオの統合」に焦点を当てています。
<デジタル本人確認ソリューション>
顧客の顔、声、指紋、指静脈、声紋、虹彩などの各種バイオメトリクス情報を収集・分析し、システムのログイン認証、重要業務の認証、セルフサービスのログイン認証、VIPユーザーの識別などに幅広く利用。
<ビジネスOCRソリューション>
標準OCR認識モデルと、金融業務用OCRアルゴリズムモデルを提供。アノテーション、トレーニング、モデルリリースまで、WEBページ上で視覚的に作成することができる。
<アセット・アロケーション・ソリューション>
エンドユーザーのリスク許容度等に基づき、AIアルゴリズムと金融理論モデルを組み合わせて、エンドユーザーに合わせた資産配分の提案を自動で生成し、リアルタイムでポートフォリオの管理とリバランスを行う。
<リスク・コントロール・ソリューション>
信用スコアリング・システムにより顧客の行動データを元にリスクを定量化しアセット・プライシングを行います。バイオメトリクス技術を用いて顧客のデータを取得・分析し、業務履歴データを補完することで、リスクコントロール管理の適時性を高めます。
スマート・ガバナンス
全国30の省レベルの行政区に提供しています。
<病院管理ソリューション>
患者のエクスペリエンス改善や医療・看護スタッフの管理など、病院の運営を改善する多様なサービス(オンライン予約、入退室管理、個人ID認証、ビジネスプロセス承認の管理機能など)を提供。
<スマートシティソリューション>
AIセンシング技術を用いて、人や車両、などの情報をリアルタイムに感知し、重要な人や車両を発見します。ナレッジマッピング技術等を活用し、検知から認知、意思決定までの一連の活動を支援し、公安当局による異常事象の検知から処理までの効率を向上させることができます。
スマート・トラベル
北京首都国際空港、大興国際空港、上海浦東空港、上海虹橋空港、広州白雲空港、重慶江北空港、成都双流空港、深圳宝安空港など、中国のトップ10空港のうち9空港を含む数百の空港をカバーしています。
<民間航空トラベルソリューション>
各種AIスマートカメラ、スマートディスプレイ端末、チェックインゲート、カメラ、ARグラスなどのフロントエンドデバイスを接続し、顔認証、ReID、ARなどのAI技術を駆使して、顔認証チェックインサービス、保安検査場の行列のヒート分析、セルフ保安検査、手荷物パッキングサービス、VIPラウンジサービス、人物検索サービス、セルフボーディングサービスなど、チェックインから搭乗までの全プロセスをカバーするソリューションを提供しています。
<民間航空オペレーションソリューション>
実際の運行状況、地上管制、飛行力学、天候などのデータを統合し、航空機や警備車両の最適なスケジューリングを実現します。航空機スペースの割り当て、ARによるランプの可視化、オペレーションモニタリング、フライトモニタリングなどの機能を実現しています。
スマート・ビジネス
自動車のショールームやショッピングモール、ブランドショップなど、多くの応用シーンで展開されており、世界中の何億人もの乗客に提供されています。
<自動車ディーラーソリューション>
顧客が入店した瞬間からの来店プロセスをすべて記録し、ショップのオンラインとオフラインのデータを連携させ、顧客のカーライフに関するデータの包括的な分析を提供します。顧客動線の統計情報などから車の購入意欲を分析し、個々のお客様に合わせて車種を絞る機能を提供します。また、パーソナライズされた自動生成広告で、正確なマーケティングをサポートします。
<スマートビジネスチェーンソリューション>
店舗に設置されたスマートカメラに接続し、顧客動線の統計分析、顧客プロファイリングのほか、キャッシャーの状況検知、棚の在庫切れ検知とリマインドなどを可能にします。店舗端末への投資を最小限に抑えた形での小売店の日常業務のデジタル化を実現できるため大規模な投資展開に適しています。
参考資料
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