Take Me Far Away
「どっか行きたい」
「は?どっかってどこだよ?」
「誰もいなくて、新鮮で、すんごく綺麗なとこ」
「また夕の、俺を置いてけぼり妄想はじまった」
はは、真悟の奴、呆れてるし。その顔がもう何て言うか、変でおかしい。
わたしの笑い声に、真悟はからかわれたって思ったみたい。ぷくーっと頬を膨らませた。
「こら、可愛い顔してるんじゃない。キスしちゃうぞ」
でも、本当にどっか行きたい。
誰もいない綺麗な海とか。誰もいなさそうな季節だからこそ、行きたいってのはあるじゃん?
侘びと寂を感じたいっていう欲求もさ。年取っちゃったのかな、わたしも。
「ねぇ、冗談抜きにさ。どっか連れてってよ」
真悟の顎をくすぐりながら、甘えてみた。
彼はうーんと唸ってから、ニヤリと笑う。
「任せとけ、夕の行きたい場所に連れてってやるよ」
「ホントに?わたしの注文は難しいぞ」
そんな出来もしないことを言っちゃって、すぐに人をその気にさせるのも、真悟のいいんだか悪いんだかよくわかんないとこだよね。
夢みたいなこと言ってさ、二人で大笑いするだけの時間。
そんな時間が、いつまでも続けばいいって、真悟も思ってるに違いないんだ。
信じていい?
だから、わたしを独りにしないでよ。
一人でどっか行っちゃった真悟。
駆けつけた時にはもう遅くって、凄く綺麗な顔してた。
何て言うのかな、今まで見たことがないくらい整っていたのを覚えてる。綺麗にお化粧されて、人形みたいな顔。
悲しさよりも、不思議と呆れを覚えた。
「またカッコつけてアクセル踏みっぱにしたんでしょ。ホント、バカだよね」
冷たくなった手を握りながら、わたしは笑うしかなかった。
前髪をかき上げてあげながら、静かに口付ける。
「ホントバカだよ。わたしを置いてっちゃうんだから。ホント、バカ」
ほっぺたが温かい感触。あ、わたしいつの間にか泣いてるんだね。
わたしの涙が、真悟の閉じた目に落ちて、彼が泣いてるようなそんな錯覚を覚える。
静かな霊安室の空気はとても冷たくて、身体に悪い。それでも、真悟を独りにするのは忍びなくて、わたしはずっと傍にいたいの。
ギター触ってた手のひらも、今は本当に冷たくて、実感を覚えてしまうのがたまらなく怖かった。
だってさ、本当に綺麗なんだ。
今にも目を開けていつもみたいに大笑いして大ぼら吹きそうな感じがするんだよ。
付き添ってくれた貴子は、気を使ってくれたのか、外に行っちゃって、今はわたしと真悟の二人だけ。
「一人でどっか行ってんなよ。わたしも連れてってよ」
わたしはこういうのに強いって思ってたけど、全然だね。
風の匂いがする。
風に混じって、カモミールの匂いが鼻をくすぐって、わたしは何だか笑ってしまいそうで。
カモミールのハーブティーを飲んで、わたしは遠くを眺めた。
どこまで行っても続くブルーのライン。時折ルージュを引いたみたいに赤くたなびく境界線。
何て言えばいいかわからないほど、綺麗。それに、誰もいない。海の小波の音も心地いい。
今、どこにいるのかな。
自分でも全然わからないや。
だからさ、結局はやっぱりあいつのことは忘れられないと思うんだ。
真悟は「俺以外の奴と幸せになるなんて許せない」とかって思うような奴じゃないしさ。
だからさ、結局は自分の問題。
一言あいつに文句言ってやらないと気が済まないっていうか。
貴子はロマンチストだから綺麗な話とかって思うのかも知れないけど。
本当に綺麗な話なんて、どこにもないと思うんだよ。
生きてる人みんなが綺麗で、みんな幸せになって欲しい。
だけど、わたしは無理。
わたしの幸せなんて、もうどこにもないと思うから。
そりゃまぁ、向こうに行ってから後悔するのかも知れないんだけどね。
ドラマとか映画みたいに他の人と幸せになって、やりたいこと見つけてとか、そんな単純な問題じゃないんだよ。
自分の心の問題だし?
一人だけどっか遠いとこ行くのって反則じゃん。そんなの、ずるいって思うの。
だからさ、真悟に一言言ってやるんだ
「どっか遠くに来ちゃったね」って。
後のこと考えられるほど、わたしは賢くないからね。
何処に行ったって、大笑いできればそれでいいかな。
ただそれだけのことだって思うのは、いけないこと?
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