【論文レビュー】投球時のボールリリース位置とUCL再建術への影響

今回のレビューする論文ですが2019年とかなり新しい文献です。Twitterで少し話題となっていたのでお見かけした方も多いかも知れません。

この論文で明確になったことは、「トミージョン手術をした投手は手術直前にリリースポイントが外側に広がっていた」ということです。では早速、論文の詳細を紐解いていきましょう。

この研究はMLBで計測されているPITCHf/xなどのトラッキングデータを用いてUCL再建術(いわゆるトミージョン手術)を行った投手群とコントロール群と呼ばれる身長や体重、利き手や投球数、先発・リリーフなどの条件を合わせた怪我をしなかった投手の過去三年間を遡って、両群でどういった変化が起きていたかを比較したものになります(こういった研究はケースコントロール研究と呼ばれます)。

対象となったのは2010年2月2日から2017年7月7日までにUCL再建術を行った166名のうち、初めて再建術を行い、手術前3年に100球以上投球していたMLB投手71名に絞られました(対象コントロール群は70名と数字が完全に合っていませんでしたが、このあたりは研究デザインのミスがあったのかなと解釈しています)。

球速に関しては全体の平均球速・Fastball平均球速ともに手術群とコントロール群で3年前の時点で有意差がないように合わせていましたが、コントロール群で3年後には有意に低下していました。これは逆に言うと、手術群は3年間球速を維持していた為、手術に至ったとも解釈できます。長い期間球速を維持して投げ続けることがトミージョン手術に導くとも言えるかもしれません。

画像1

さて、この論文の最も注目すべき図になるのが上のFigure2.になります。濃いグレーの丸は手術群、薄いグレーの丸がコントロール群。YearⅠ,Ⅱ,Ⅲが手術3年前から1,2,3年目の平均ボールリリース位置となります(つまりⅢが手術直前年)。ちなみに左投手のデータはちゃんと反転して反映しています。見事に手術群とコントロール群が真逆の結果になっていますね。特に手術群のYearⅢ(手術直前年)は大きく外下方にずれているのが見て取れると思います。つまり、手術群はトミージョン手術直前にリリースポイントが大きく外下方に移動していたと言えます。

また、この論文ではトミージョン手術の予測をこれらの数値より行っており、バイナリロジステック回帰モデルという計算式によりリリースポイントの水平位置のみが手術の予測因子として挙げられ、リリースポイントが10㎝外に広がるごとに4.9%ずつトミージョン手術に繋がる確率が上昇すると結論付けています。(このあたりは統計学専門の方にきちんと解説いただいた方がよいかもしれません。不勉強で申し訳ない…)

ここからは、この論文を読んでの私個人の感想になります。リリースポイントが外に広がるほどUCL断裂しやすくなるというのは、バイオメカニクス的に考えても納得できるところです。リリースポイントが大きく外に広がる投げ方は球速は上がりますが、同時に肘の外反ストレスも上げる諸刃の剣となります。球速が3年間維持されていたのもこの事と関係する可能性があります(普通に考えると年齢が進むにつれ球速も落ちる場合が多いからです)。速球はピッチングの華であり、球速にこだわる気持ちはとても理解できますが、長い期間怪我をせず活躍することを考えると無理に球速を追い求めず、体に過度な負荷をかけないコントロールや緩急などを使った駆け引きが大事になるかもしれません。

最後に日米球界で長年活躍し、先日引退した偉大な大学の大先輩である上原浩治さんの示唆に富んだツイートで締めたいと思います。


記事が参考になって投げ銭してもよいという方がおられましたら、ここをポチっと押していただけたら幸いです。 もれなく貧乏大学院生が喜びます。