左耳のそれとそれにまつわる事象について
私は昔から物を落としてしまうことがよくある。
これは故意ではないのだが、どうにも忘れたりものをそうしてしまうことを止めることができない自分がいる。
それだけでも随分恐怖なのだが、大学生になり無性に着飾りたくなった自分にも時々恐怖だった。 (今まではそんなことなかったから)
でも、偶然立寄った店にドンピシャのイヤリングがあったりしたら私の中のボルテージはすごく上がる。
それで、いつの間にか手にしているのだ。
経験した数回のうち、最後にそうだったのは京都の韓国系の服屋で特別にイヤリングをオーダーメイドさせてもらった(私はパーツを選ばせていただいた)時である。
しかも、服を買ったらどれでも一つオーダーメイドのものを無料で貰えるという神回だった。
今までのイヤリングとは一味違い、普段使いではなさそうな高級な雰囲気漂うイヤリングだった。
私は特別な日にこれを身につけようと決めた。
でも、私はこれを巡ってあんなことが起きるなんて思いもしなかった。
♢
「刹那さん」
その日は幸先の良い日だった。久しぶりに学校に行った日で、ちょっと着る服に気合を入れた日だった。
だからかは分からないが、三回生の時授業が何個か一緒だった神谷くん(仮名)と偶然バスの前で会い、久しぶりに話すことができた。実は当時気になっている人だったので内心私は舞い上がっていた。
緊張しすぎで何をしゃべったかはあまり覚えていなかったがその後の教室へ向かう足取りが目に見えて浮足立っていたことは確かだった。
授業と授業の合間の空きコマに、提出物を出そうと私は学生センターに向かった。そこには休むスペースがあり、行くには丁度一石二鳥だと思った。
無事に出すものを出して私はトイレに向かった。
そして、ゼミで教授に褒められて今日はいい日だと思った。
ようやく一息つけたと思った瞬間、鏡の前で私は硬直した。
ない。
私の左耳にあるはずだったものが忽然となくなっていた。
私は直ぐに青くなり、来た道を引き返していた。
これを無くす訳には。 飾りが大きいから、きっと見つけられるはず。
そう言い聞かせて私は風の強く吹く構内に飛び出した。
♢
経済学部と見られる数人がエスカレーターの前で集まっていた。手にはスマホを持っている。何となくそれが気になって見るとその地面にはキラリと何かが光っていた。
「何コレ、めっちゃオシャレじゃん」
「落し物?かわいそ」
「instagramのstoryに上げよかな」
沈黙した。
紛うことなくそれは私のものだったのだけど、あわよくば落し物窓口に届いているかもしれないと思った私が大間違いだった。
多分、私が20でもなければ、大声を挙げながら怒鳴り込んでいただろう。
その出来事は私を文字通り落胆させた。
何故かこの耳飾りを作ってもらったことも、今日これをつけてきたことも、その人たちの行動で全てを否定されているような気がした。
というよりはそれ以前に、拾おうとする前にinstagramにあげようとか言っているのがありえなかった。
「どういうこと」、と私は人の去ったイヤリングの前で立ち尽くすしかなかった。
いろんな負の感情が私の中を渦巻いて、イヤリングが無事だったことにどうにも安堵する事ができずにいた。
♢
あの時のまま、そのイヤリングはお気に入りのままだけどつけることはあまりなくなった。
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