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1話 愛おしい、優しい、そんな時間


 春も、夕方になると気温は下がる。
 そんなお昼の暑さがいなくなった頃、しずくときらりは病院の目の前にある広い公園に散歩に来ていた。
 きらりの車椅子を押しながら、しずくは穏やかな心地に満たされる。
 まだ少しばかり残っている暖かさを引き連れてくる風と、鳥や葉っぱの鳴く声。きらりの車椅子が道路を進む音と、わずかばかりのしずくの足音。病院の前にあるだけあって、ここの道は凹凸があんまりなく、穏やかな音が溢れている。
 そうやって、生きる音に囲まれて、二人は二人の生きる音を奏でて進む。
きらり:「しずくは昨日、あれから、どこか出かけた?」
しずく:「…ううん。行ってない」
きらり:「そっか。でも、ダメよ。ずっと家の中にいちゃ」
しずく:「うん。そうだね」
 いつも通りの会話。何度目かのそんなやりとり。
しずく:「ねえ、きらり」
きらり:「ん?何?」
しずく:「あ、いや…」


 しずくは何かを言いかけて言い淀む。少し目を伏せて歩きもゆっくりになる。
 そんな時、決まってきらりはそれに気が付く。
きらり:「そういえばさ」
 そうして、決まってきらりは話を変える。
しずく:「ん?」
 そんなことに、しずくはいつまでたっても気がつかないままで。
きらり:「最近も、ななくんたちは音楽やってるの?」
しずく:「うん。やってるみたいだよ」
きらり:「そう。この広場ではやらないのかな?久しぶりに見てみたいな」
しずく:「そうだね、聞いてみるよ」
きらり:「よろしく」
 それでもこんなにも自然に、しずくの行動予定が決まる。
 何気なく起こるこうした出来事が、しずくときらりそのものみたいで。
きらり:「ねえ。少し噴水見ていこうよ」
 この公園の真ん中には大きな噴水があって、病室からも見えるそれをきらりはそれを気に入っている。
しずく:「うん。でも、あんまり遅くなったらダメじゃない?」
 この後、きらりは診察の予定が入っていた。
きらり:「少しくらい、大丈夫よ」
しずく:「わかった。そうしよっか」


 噴水の近くに移動してきた。
 水飛沫のかからないところにはいるけれど、噴水の近くはやっぱり少し肌寒い。
しずく:「寒くない?」
きらり:「うん。平気」
 噴水の音は案外大きくて、木の葉の掠れる音や風の音を少し小さくする。
きらり:「なんだかこの噴水は、しずくの匂いがするな」
しずく:「そう?」
きらり:「うん。ここに最初に来たときは、そんな風には思わなかったのにな」
 その言葉にしずくは感情を揺らす。
 でも…。
 しばらく、二人は噴水の音を聞く。
きらり:「ねえ、しずく。明日も、晴れるかなぁ?」
しずく:「どう、だろうね」
きらり:「晴れると、いいな。何、しよっか」
しずく:「考えておく、ね」
きらり:「..うん。そろそろ戻ろっか。私、検査の時間だ」
しずく:「あ、うん。行こう」



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