【短編小説】漫才師の十箇条

あらすじ

「コンビのルール決めよう、漫才日本一になるために」
漫才日本一を目指すコンビが挫折を味わい、揉めながらも自分達の10のルールを決めていく青春コメディ!
舞台は北海道札幌狸小路。

数分で読み終わると思います!
ぜひぜひぜひスキ、コメント、拡散などよろしくお願いします!



はじめに

カクヨムという小説投稿サイトの「3周年記念選手権」というイベント、今までも第2回、第3回と参加してきましたが、今回第5回に参加するために短編小説を書きました!
自分としては3度目になりますね。
第5回のお題は「ルール」
締切はお題発表の48時間後。
文字数制限4000字ということですが僕の作品は3998字だそうです……(笑)
またセリフが多く地の文が少ないコメディです! 読みやすいと思います!


漫才師の十箇条

 これで第十五回目となる漫才の全国大会、その一次予選。ここは北海道地区の会場――

「世の中にはルールって色々ありますよね。でもちょっと厳しすぎだと思うんです」
「例えば?」
「例えばね。電車の中では、電話をしない」
「あー。迷惑になるっていうけど、電話じゃなくても大声で話している人もいるしな」
「銭湯には、刺青がある人は入れない」
「あー。ちょっと怖い印象あるけど、最近はおしゃれでタトゥー入れる人もいるしな。それから?」
「それから……電車の中では、服を着る」
「いや当たり前! ……てか『電車の中では』って言ってるけどどこでも服は着なきゃダメよ」
「あとね、これだけは許せないのが……銭湯では、服を脱ぐ」
「いやだから当たり前! ……てか『これだけは許せない』って、お前はじゃあ服を着たまま風呂に入りたいの?」

 ステージをあとにする時、拍手を背に浴びる感覚が心地よかった。ふと相方を見ると彼も同じ感覚を味わったのか、嬉しそうに笑っていた。二人とも手応えあり、だ。
 俺達は舞台袖にも関わらずハイタッチし、そのまま固く手を握り合った。
「愛してるよ」
「きしょくわるっ! なした急に」
 舞台上での勢いを引きずっていた俺は彼の手を振り払うが、彼は気にせず「ドヤ顔」でこう言った。
「一年前に伝えなかった分だ」





 これで第十四回目となる漫才の全国大会、その一次予選。ここは北海道地区の会場――

 ステージをあとにする時、会場中が拍手をしているはずなのに、どうにも社交辞令にしか感じられず背中がひやりとした。ふと相方を見ると、彼も同じ感覚を味わったのか眉間にしわを寄せていた。二人とも手応えなし、か。
 俺達は舞台袖にも関わらず立ち止まって向き合った。
「マサシ、気合い入ってないから本番で間が変わるんだ」
「漫才はナマモノだろ……じゃあ言うけどな、ミチオ、大事なところでセリフ噛んだだろ。昨日もバイトが急に入ったとか言ってちゃんと休まないから疲れが出たんだよ」
「あ? もとはといえばお前が今日お偉いさんにちゃんと挨拶しないから、その時点で俺は気が散って……ん?」
 もやしみたいな背格好のスタッフが困った顔で「楽屋で待機してください……」と呟いた。
「ルール決めよう」
 楽屋に戻った後、俺はマサシに向き直り言った。
「二次予選に向けて。いや、そのずっと先に向けて。このままやってたんじゃ到底優勝なんてできない。コンビのルールが必要だ」
「……このタイミングで? あとにしようよ」
「ルールその一」
 マサシはネクタイを緩め視線を反らしたが俺はぐっと身を乗り出して言葉を続けた。
「礼儀正しく。ルールその二、時間厳守。ルールその三、向上心を持つ。ルールその四」
「ちょ、ちょっと! いくつあるのそれ?」
「一回一回の練習と一つ一つの仕事を真剣に行う」
「うわ、長くなった」
 他の出場者達の視線が集まっているが気にしない。
「ルールその五、できる限り毎日練習し、練習できない日も毎日連絡を取り合う」
「……『毎日連絡してね』ってお前は俺の彼女か。俺の前の前の彼女か」
 俺はあくまでも真顔でマサシの目を見つめた。
「守れよ」
「……いいけどさ、勝手に決めるなよ。俺の意見は聞かないのかよ」
 マサシはわかりやすく口を尖らせた。
「じゃあお前も、ルール考えろ。お前も五つ。俺が五つ考えたから」
「えー……でも大事なことは全部ミチオが言っちゃったからなぁ」
「なんか、俺に対して不満とかあるだろ」
「あるな」
「即答だな」
「最近愛してるって言ってくれない」
「……一度も言ったことねえよ! お前こそ俺の彼女かよ! 俺の前の前の、前の、彼女かよ!」
「……ミチオ今まで一度も彼女いたことないじゃん」
「うるさい!」
 ごぼうみたいな背格好のスタッフが困った顔で「結果発表の準備ができましたけど……」と出場者を呼んだ。

 年末に決勝戦がテレビ放送されるこの大会だが、一次予選は夏には終わる。
 地下にあるホールから狸小路五丁目へ這い出る。昼間はまだ日差しも厳しいが、お盆を過ぎれば北海道は秋へ秋へと早足で向かっていくため、夜はそこまで暑苦しくはない。すっかり日は暮れたようだが、札幌の中心に位置し観光地としても有名なこの商店街では、アーケードの明かりが煌々と輝く中を大勢の人々が行き交っていた。
「待てよ」
 うしろからマサシの声が追ってくる。俺は振り向かず足早に歩き出す。
「みんなに礼儀正しく挨拶するんだろ。お前が決めたルールだ」
 信号が赤へと変わってしまったため、仕方なく立ち止まる。
「……あんなに頑張ってきたのに一次予選で落ちたんだぞ。ルールがどうとかの問題じゃねえよ」
 目の前を通り過ぎる車をぼっと見ながら呟く。するといきなり後頭部に衝撃が走った。
「ナンデヤネン」
 マサシがふざけてツッコミを入れてきたのだと想像し、俺は腹立たしくなって怒鳴りながら振り向いた。
「なんで関西弁やねん!」
「ルールその六」
 マサシは意外にも唇を噛んで真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「話し合うこと」
「……なんだよ」
 俺はマサシのまっすぐな目に耐えきれずうなだれた。
「ミチオ、お前最近一人で抱え込み過ぎ。めっちゃバイトもして、ネタも一人で書いて、めんどくさい手続きとか全部やってくれて。ルールだってなんだって一人で決めて……ちゃんと話し合おう」
 ふと周囲から好奇の視線がこちらに注がれていることに気付く。今回のステージのために新調したお揃いの青いスーツ。衣装のまま飛び出してきたが、路上ではさすがに目立つ。
「……ここじゃちょっと邪魔になる」
 そう言って俺達は狸小路の中の、すでにシャッターを降ろした店の前に移動した。
「……バイトは、仕方ないだろ。色々金がかかる。衣装だって買わなきゃいけなかったし」
「しなきゃいけないことなんかないって。ステージでは服を着るなんて決まりない、裸でネタやろう」
「いやそれはダメだろ……面白い裸芸人の方々はいるけど、裸で漫才は違うだろ」
 癖でツッコミを入れてしまう自分が憎い。俺は話を元に戻そうと次の言葉を探す。
「……他にも、ぼろアパートに住んでるから、銭湯にも行かなきゃいけないし、コインランドリーにも行かなきゃいけないし……」
「それなら銭湯に服着て入って服ごと洗ったら一石二鳥だ」
「いやダメだって。びっしょびしょになっちゃうって、どうすんの?」
 通行人がこちらをちらりと一瞥する。どうやら笑いを堪えているようだ。
「コインランドリー行って乾燥する!」
 マサシが声を張って言い切るとその通行人は吹き出した。
 マサシがニヤッと笑う。俺もなんだか気が抜けてしまった。
「……マサシ。お前は面白いよ」
「おう」
「才能に惚れ込んで俺がお前をこの世界に誘ったんだ。お前を路頭に迷わせる訳にはいかない。余計な負担をかけたくない。お金のことも、ネタのことも、仕事のことも……」
 青臭い言葉を吐き出すとマサシは呆気にとられて口を開けていた。
「そんなこと考えてたのか?」
「……悪いかよ」
「いや……今までちゃんと話を聞かなかった俺が悪い。これからは俺にもできることがあったら手伝わせてくれ。ネタもさ……色々口を出したいことがあったんだ」
「……そうなのか?」
「全部作るのは俺には無理だし、ミチオのネタは面白いよ……俺もミチオの世界観に惚れたからお前の誘いに乗ったんだ。でもさ、理屈っぽいミチオと、おバカな俺、別々のものが合わさるから面白いんだ。漫才は、二人でやるもんだろ」
 マサシは「ドヤ顔」でそう言ったあと、頭を掻いてはにかんだ。
「……ミチオはもっと自分のことも大事にしてくれ」
「……でもさ、俺……なんか自信なくなっちゃったわ……もういい歳なんだからこの機会にお笑いはやめて……」
「ルールその七ぁぁあ!」
 突然マサシの絶叫がアーケードにこだまする。女子高生も酔っ払いもカップルも老夫婦も観光客も、皆が一斉に俺達の方を見た。
「諦めないこと」
 鼻息を荒げながら堂々と青臭いことを言う彼に、俺は見惚れた。彼の不敵な笑みを見ていると、少しずつ力が湧いてくるのを感じた。
「ルールその八ぃぃい! ルールを気にしすぎない!」
「そんなルールありかよ!」
 無意識のうちに言葉が口をついて出る。
「ルールその九!」
 突如大声で言い合いを始めた青いスーツの男二人を不審に思ったのか、少しずつギャラリーが俺達を囲み始める。
「命を大事に!」
「ドラクエか」
 俺は彼の頭をすこんと叩く。
 最初は遠巻きにぽかんと見ていた人々が、徐々にくすくすと笑い始める。
「ガンガンいこうぜ!」
「ドラクエか」
 再び彼の頭を叩く。
 予選を見に来ていた観客も丁度会場から出てきて俺達に気付いたようだ。
「……うっ」
 彼は急に、頭ではなく、腹部を押さえて苦しみだす。
「……なした?」
「……呪文を使うな!」
「使ってねえよ」
 更に彼の頭を叩く。
 そこで不意に彼が俺の頭を叩き、
「命令させろ!」
「だからドラクエかって」
 すかさず俺が彼の頭を叩き返す。
 どっと笑い声が起きた。たくさんの笑顔を見て、先程ステージ上では勝つことに必死で観客の顔など見ていなかったことに気が付いた。
「ルールその十は……罰則だな。俺もお前も今日はルール違反だったから早速二人で一緒に罰を受けよう」
「罰則?」
「罰を犯した者は……相方に『愛してるよ』って伝えること」
「きしょくわるっ! 嫌だよそんなん」
「嫌だから罰になるんだろ。これなら仲悪くならないだろうし。それではご一緒に。せーのっ」
「愛してるよ! ……え?」
 無言で俺を見つめていたマサシが、満足そうに指をさして笑った。こいつの心からの笑顔も、久し振りに見たように思えた。
「いい加減にしろ!」

「……やっぱり漫才は最高だな」
 人だかりがなくなったあと、俺はマサシの方を向いて言った。
「……じゃ、早速次に向けてネタ作るか?」
 マサシも俺の方を見て微笑んだ。
「二人でな」
 俺が「ドヤ顔」で言うと、彼はこう言った。
「じゃあお言葉に甘えて俺から提案……お題は『ルール』でどうだ?」



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幸野つみ
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