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「仲間」という言葉が持つ意味

今年の目標の一つとして「自分を知る・知ってもらう」を掲げた。
人に言葉で伝えるのは苦手だし、コミュニケーションも多く取らない、人と深く関わらないから考えていることがわからないと言われる。

人からnote見たよ!と言われるからそうかnoteに書けば少しは私が伝わるのか、という流れで今年は少しづつ更新しようと思う。

ちなみに下書きは20本を超えている。なぜかというと書くだけ書いて誰かに見られるからこれじゃダメとか文字数が足りない、構成がまだまだこれじゃ出せないと下書きばかりが溜まっていく。

今年は下書き保存のボタンではなく公開設定のボタンの方が多く押せるといいな。


マイプロの「仲間」、 社会的養護の「おともだち」

私は高校生の時のマイプロで一緒に頑張っていた人、大会で涙しあった人、ぶつかって喧嘩して、今でも連絡がとっていない人、応援してくれていた大人。みんなを仲間だと思ってる。大好きで大切な仲間。

今でも連絡とっていない元相棒だって、私はどう接していいかわからないしどう謝ったらいいかもわからないしそもそも相手はそれを望んでもないと思うけれど私は元がついたとしても一緒に過去を打ち明け自分と戦い、未来を切り拓いた仲間だと思っている。

他人に紹介するとき、私はマイプロの仲間たちですと紹介をする。

一方で、社会的養護関連で出会った人は「知り合い」とか「おともだち」と表現する。

ニュアンスの違いでしかないけれど、この差には少し意味があると思った。


違和感と難しさ

私には意外と多くの社会的養護関連の「知り合い」がいる。
でも「おともだち」は少ない。

「知り合い」は活動をしている関係で多く出会う。でも活動の中で出会う人で「おともだち」と表現をすることは、ほぼない。

おともだちを作るためにはユースサロンに行ったり、当事者の人がやってる居場所に行ったり、居場所カフェ的なところに行ったりしなければならない。

1歩だけ勇気を振り絞って行ってみたら2,3年経った今でも仲良くしてくれる人たちと出会えた。

それと同時によくわからない違和感というかモヤっとすることもあった。
誰かが自分の過去を話すとみんな普通のことのように過去の体験を話していた。

それはきっと日常生活の中でこの空間意外でやるとドン引きされるだろうなと思う内容でもみんな笑ったり、受け入れたり何事もない日常ですよという空気感で時間が流れていく。

人生生きてきた中でかなり上位くらい衝撃だった。「こんな空間があるんだ」と。流れに身を任せていただけだけど、その空間に出会えたことがとても嬉しかった。

何回か顔を出しているうちに、自分の過去の<自慢大会>みたいになっているように感じて、「私は未来思考でいたいからここにいてはいけない。一緒に未来を切り開く仲間ではないんだ」と勝手に位置付け、おともだちと呼び波長の合う数少ない人と会うだけになった。

社会的養護の全国交流会

2/11,12で初めてリアル開催の社会的養護の交流会に参加した。

今までオンラインで2回参加したけれど当たり障りのない人間、活動をやっているちょっと皆さんとは違いますよ?的な雰囲気を出した「私」を演じていた。仲間ではないと思っていたし、むしろ敵もいるかもくらいで思ってた。でもただ繋がりが欲しくて参加してた。

当日、会場には50人くらいいたらしい。でも私は一緒に行ったおともだち以外は数人くらいしか知らない。一緒にいたおともだちはみんなに久しぶり!と声をかけられていた。改めて、この界隈に全然首を突っ込んでないんだなって思い知った。

人見知りで声もかけられないし初めはこれは地獄かもしれないきたことを間違えてしまったかもしれないと思ったけど、いい意味でなんか裏切られた気がする。


みんなとの違いと弱さ

私にはスイッチの切り替えボタンがある。明確にオンとオフを切り替えるもの。

自分がMCやファシリをするとき、私がリーダーの時、役割がある時そんな時はスイッチを真剣に入れる。

だからこの日はスイッチを完全に切って行った。
スイッチ切ってると本当に人見知りでテンションが乗ってくるまで時間がかかったりひどい時はすぐにその場を離れて1人になってしまう。

でも今回は違った。
そこにいた人たちから『受け入れる』という雰囲気がすごく出ていた。あ、なんか行けるかもしれないとすぐに楽しくなった。あんまりない経験すぎてびっくりした。能力とかなのかわからないけれど、ここにいる人たちはなんかすっごいとそう感じた。

今日は結構いい感じに出られるんだろうなと、そう思った。

この日のワークショップ?みたいなのは、自分でも社会でもいいからGLOWモデルを作ることだった。去年も同じをやっていたから本気で取り組んだ。私は5年くらい言い続けている廃校リノベーションをGoalに分析をして気づきを発表した。

そこで気がついたのはみんなは<個人>の課題が現状、ゴールに向き合っていた。私1人だけ、主語が社会だった。

慌てて、私は個人の問題から考えられないのでと前置きをしていつものピッチのように話した。話しながらずっとじわじわ思っていたけれど、やっぱり私は、

今、自分の過去に、自分だけの未来に向き合うことを恐れている。

心臓がバクバクし出してた。
それからスイッチがオフの時に、みんなに「すごいね」と言われちゃうと「あ、すごい私じゃないと今のこの会話は成立しないんだ」、とか「すごい私でいなければ」と自分で自分を縛り付けてしまう。負のループだ。

人と関わっているときに疲れたからと感情を感じるスイッチを切るわけにもいかない。ワークも楽しいからやりたい。でも自分で、自分が傷つかないように感情を脳の動きを止めようとしている。そもそもメンタル的に万全な状態ではない。もう内心パニックだった。

そこで話しかけてくれたスタッフさんに「疲れた」と言った。
それにびっくりした。おともだちや同年代でない人にこんな素直に言えるんだ、みたいな。


「すごくなくてもいい」

今までこういう形のイベントはもう無理と思ったら勝手に飛び出して、声をかけてくれたスタッフさんにも「ひとりにして!」と突き放しまた会場に戻っては何事もなかったかのように続けていた。

初めて素で助けを求められた。
誰にも否定されなかったし、その意志さえも尊重してくれた。

メンタルが落ちていたり、うまく調子がいかない時に私は特定の音や光などが苦手になる。音や光が凶器のように襲ってくる。だから、ワークをやりたくてもどうしても会場にいることができない。

それでも、本会場とは別会場でオンラインで参加できるようにしてくれたり、別会場に人が多い時は外に連れ出してくれたり、何らかの形で居てもいいし参加もできる状態を作ってくれたから最初から最後まで現地にいることができたし、ワークに参加して発表をオンラインでコミュニケーションを取りながらやるみたいなことができた。

完璧な私じゃなくても、全部上手くやる私じゃなくてもいいんだというのを言葉で言われても全く腑に落ちないし、「あなたはできるからそんなこと言うんでしょ?」みたいな反抗期的思考でいた。

口には出していた「自分らしく」とか「自分のペースで」とか受け入れられる場を作って〜とかいろいろ言っていたけれど本当にそういう環境とか人とか空間が必要だし、探せばあるし、作れるんだと思った。

仲間が持つ意味と力強さ

2日目の最後、いろんな分科会が自分たちの取り巻く環境や未来について話合い発表をしていた。それを聞いて、「未来思考な人が多くないから仲間ではない」と言う考えは逆で、みんな本当に自分のことに向き合っていて努力しているから、私がみんなといたら自分のことに向き合わなきゃいけいない、それができてない自分を受け入れたくないんだ。だから「仲間」と受け入れられなかった。

でも今回本当にイメージが変わった。
この交流会に参加していた人たちと仲間になれたら、私は一歩進めるかもしれない。

noteだから言語化しなければいけないんだろうけれど、「仲間」という言葉は私にとって本当に大切な言葉で、力強くてお守りのような言葉なんだと思う。

だからあんまり気軽には使わないし、自分の中では用途や条件を定めてしまっていると思う。でもそんな仲間が増えたら、私が見る世界はどんなふうに変わるんだろう。


運命と戦うことで「今」を奏でる

ここにいるよ 君が存在証明だ
僕は運命と戦うことで 『今』を奏でる
https://www.uta-net.com/song/250046/

これは私が大好きで小さい頃から応援していて、幾つもの困難を乗り越えた、所属している事務所内でも史上最多の困難を乗り越えたと言われているアイドルが歌っている歌詞。

運命と戦ってきたからこそ、奏でられる今があって、私しか作れない今がある。それでいいかと思った。

人間はすぐに人と比べたがる生き物で、私の周りには5,6個下でも、同い年でもおじさんでも本当にかっこよくてすごい人がいっぱいいるから、いつもなんで私はできないんだろうとか、この人たちはこんなにやっているのに、実績を残しているのにと悔しくなる。

レースをしているつもりはない。
勝ち負けでないこともわかってる。でもみんながいう「普通」のことができていないことが悔しい。

終始別会場で出来なかったら誰かに助けて貰えばいいみたいな会話が聞こえてきて、弱肉強食で生きてきた私にはまだまだ多分理解できていないし腑には落ちていないんだろうけれども、こういう仲間たちやおともだち、大人たちがいるならそれでいいんだと思っていこうと思う。




仲間もおともだちもちょこっとだけ、きっと片手で数えられるくらいだろうけれど増えて、メンタル的に落ちていたけど少し前を向いて生きていけそうな気がした、そんな週末の交流会だった。

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