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プラスチック・アンブレラ

「なぁ、結華。」

キーボードをかたかたと打ちながら、事務所のソファで溶けている眼鏡の少女、【三峰 結華】へと声をかける。

「な~に~ぴ~たん~」

結華はおおよそアイドルとは思えない声を上げる。その声があまりにも情けなくて思わず笑ってしまう。

「ふはっ!なんだその声、はははは!笑かすな!!」

「えっ!なにそんな笑うこと!?そんなに変だった!!?」

結華はソファからガバッと身体を起こし、髪をささっと手で梳いて、あーあーと声の調子を整えた。
そのままむすっとした表情を向けてくる

「それで?プロデューサーさんはぁ?この無様な三峰めに何の用があって声をかけたのですか?」

「ははっ、無様って、オフの結華~って感じで可愛かったぞ。」

「は、はぁ!?そんな答え求めてないんですけど…」

ごにょごにょと口ごもる。

「まぁ、本題はだな、実は次の撮影の合間に行っておきたいところがあってな。レッスンの日を一回空けておくから、一緒に下見に行かないか?」

「へぇ~、どこに行くの?」

「ここの美術館なんだが…」

ぺらりとチケットを二枚取り出すと、結華はそのまま奪い取るかのように身を乗り出した。

「Pたん!これって!」

それは美術館には珍しいアイドルの歴史を特集した特設展示だった。

「ああ、美術館側から283プロにオファーがあってな。開催記念イベントでアンティーカをアサインしようと思ってる。」

「Pたん!三峰、これ気になってたんだよね~!最近のアイドルだけじゃなくて、アイドルの起源とはなにか!みたいな展示もあるらしくて本格的?というか。」

美術館には珍しいアイドルの歴史を特集した特設展示だ。
過去から未来まで、アイドルの軌跡を描いたもの、という触れ込みらしい。

「ははっ、喜んでもらえてうれしいよ。それで日程なんだが、次の撮影の合間のレッスン日変更でいいか?」

「何言ってるの?貴重なレッスン日を潰せないでしょ。三峰、今度のお休みは空いてるんだけど…」

さすがにそれは…と言いかけたところで、今にも泣きだしそうな結華の顔を見る。

「わかった、結華。じゃあ次のオフの日に行こう。」

言いなおす。

「…」

「…え?」

結華は一瞬、虚を突かれたような顔して、

「…さっすが~!Pたん話がわっかる~!」

ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねだした。

「…一応、はづきさんに言って休日出勤の申請は出しておくからな。」

「えー!Pたんぶす~い!せっかくのオフなんだから仕事じゃなくて、楽しもうよ!」

「まったく、あんまりはしゃぎすぎるなよ?」

「Pたんこそお休みなのにスーツとかで来ないでよ~?あ、そうだ、いっそのこと三峰がコーデしちゃう?」

「ははっ、それもいいかもな。」

なんて、軽口を叩きあう。
そんな関係だとしても、俺たちはどこまでいっても結華はアイドルで、俺はプロデューサーだ。
きっと結華はこれからたくさん間違えるのだろう。
だからこそ、俺が動じてはいけないのだと胸に刻む。
うつろう彼女の心が離れていかないように。

―動点Pとの距離を求めよー



「なぁ、結華。」

キーボードの音だけがかたかたと響く事務所で不意に声をかけられた。

「な~に~ぴ~たん~」

私はソファに寝そべりながら気の抜けた返事をする。
自分でも無防備だな、と思う。
なんて考えていたらPたん…【プロデューサー】は急に声を上げて笑い出した。

「ふはっ!なんだその声、はははは!笑かすな!!」

「えっ!なにそんな笑うこと!?そんなに変だった!!?」

私はソファから思わず身体を起こし、乱れた髪をささっと手で梳く。
そんなに変な声だったかなぁ…恥ずかしいなぁ…なんて思いながら、あーあーと声の調子を整えた。
まったく…乙女心がわかってないんじゃない?なんて

「それで?プロデューサーさんはぁ?この無様な三峰めに何の用があって声をかけたのですか?」

厭味ったらしく言ってやる三峰なのでした。

「ははっ、無様って、オフの結華~って感じで可愛かったぞ。」

そらきた。このプロデューサーはいつもああ言えばこう言う。

「は、はぁ!?そんな答え求めてないんですけど…?」

私のほしい答えをくれる。いつだって
私はなんだか恥ずかしくなって、思わずごにょごにょと口ごもってしまう。
なんてことを考えている、そんな私の気持ちなんてお構いなしにプロデューサーは封筒からチケットを二枚取り出した。

「まぁ、本題はだな、実は次の撮影の合間に行っておきたいところがあってな。レッスンの日を一回空けておくから、一緒に下見に行かないか?」

「へぇ~、どこに行くの?」

少しだけ浮かれていた自分に気が付き、思わず心の三峰にビンタをする。

「ここの美術館なんだが…」

差し出されたチケットをよく見ると、それは、私hがSNSで告知されてからずっと気になっていたイベントだった。

「Pたん!これって!」

「ああ、美術館側から283プロにオファーがあってな。開催記念イベントでアンティーカをアサインしようと思ってる。」

美術館には珍しいアイドルの歴史を特集した特設展示。過去から未来まで、アイドルの軌跡を描いたもの。

「Pたん!三峰、これ気になってたんだよね~!最近のアイドルだけじゃなくて、アイドルの起源とはなにか!みたいな展示もあるらしくて本格的?というか。」

それにアンティーカとして出演までできるとなると、まるで一つの歴史にアンティーカが刻み込まれるような気がして、思わず顔が綻んでしまう。
少し前までの私ならそんな恐れ多いことに気後れしてしまっていたかもしれない。
けれど、アンティーカとなら何も怖いことじゃないんだとそう思えた。

「ははっ、喜んでもらえてうれしいよ。それで日程なんだが、次の撮影の合間のレッスン日変更でいいか?仕事の一環としてスケジュール調整してお」

…は__?

「何言ってるの?貴重なレッスン日を潰せないでしょ。」

仕事の一環、という言葉に思わず反応してしまう。
プロデューサーは間違っていない。そう、仕事の一環、それはその通りなのだが、それでも私の胸はちくりと痛んだ。
プロデューサーが気を遣ってくれているのはわかる。
だけど…

(三峰、今度のお休みは空いてるんだけど…)

アイドルとプロデューサーとしてではなく、私は、三峰結華は…

「いや、結華…一応、業務の一環だからオフの日っていうのは…」

なーんて、びっくりした?三峰ジョークなのでした。

「わかった、結華。」

そう、それでいい。私はアイドルであなたはプロデュー

「じゃあ次のオフの日に行こう。」

「…え?」

思わず声が漏れる。
予想外の答え。いつもと違う距離。私の心に引いた線に彼の心が触れる。
ダメ、と頭を振り、笑顔を作る。私は、いつもの三峰結華を作る。

「さっすが~!プロデューサー話がわっかる~!」

嬉しい。ふわふわする。だめ、踏み込まないで。私は、いつもの三峰結華の仮面をかぶる。

「…一応、はづきさんに言って休日出勤の申請は出しておくからな。」

「えー!Pたんぶす~い!せっかくのオフなんだから仕事じゃなくて、楽しもうよ!」

これが私とプロデューサーの距離感。ふざけあって、軽口を叩きあって、本気で踏み込まないライン。のはず。

「まったく、あんまりはしゃぎすぎるなよ?」

「Pたんこそお休みなのにスーツとかで来ないでよ~?あ、そうだ、いっそのこと三峰がコーデしちゃう?」

「ははっ、それもいいかもな。」


なんて、歯の浮くような会話をする。本気じゃないから、できること。
私はアイドルで、あなたはプロデューサー。
そうある限りきっと、三峰結華は間違えない。
だって私とあなたの距離は一定だから。
飛び回るあなたの心から、決して目を離さないように。私というラインに踏み込まれないように。


―動点Pとの距離を求めよー










「…なんか、結華じゃないみたいだな。」

「え―」

きっと何気ない一言のはず。
けれど、私の心臓は思いの外跳ねた。

「こうしてるといつもと違って見えるよ。」

「―……!」

その時確かに……怖いと思った。
―私が、私に見えないのなら
あなたの隣にいる私は今、どんなふうに見えているんだろう……?
こんなこと、気付かなければよかったのに


not≠equal【これが間違いなのだとしたら】


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