【小説】幻(かもしれなかった)、もしくは

 妖怪のミイラってあるじゃないですか。河童とか、鬼とか、人魚とか。あんなの作り物だろって、そう思ってはいるんですけど。
 だって人魚のミイラとか、見るからに、猿と魚とくっつけてみました、ってふうにしか見えないミイラだってあるし。宇宙人のミイラとか言われていたようなものも、調べてみたら人間だった、なんてこと、聞いたことがありますし。他のミイラだって、正体は案外大したことないんじゃないかなって、そう思ってるんです。
 だから、あのとき見た「あれ」だって、何かの動物か、あるいはそれを加工した何かのミイラでしょう。
 小学三年生のときの夏休みでした。私は母方の祖母の家に泊まっていたんです。祖母の家というのが、かなりの田舎で。山に囲まれた小さな村でした。
 祖母の家には、母屋の隣に、大きな蔵がありました。祖母には「危ないから行かないでね」と言われてたんですけど、そんなことを言われたら余計に行きたくなる。他にやることもなくて暇だったし、ある日、蔵に入ってみることにしたんです。
 蔵の扉は開いていました。中はほこりっぽくて、入った途端に咳き込むくらいでした。
 蔵の中は、古い箪笥や家具が置かれていました。でも特段面白そうなものは見当たらなくて、私は肩透かしを食らったような気分になりました。あれほど「行ってはいけない」と言われていたのだから、もっと、驚くようなものがあるのかと思ったのです。
 私はしばらく蔵の中を見て回っていました。そのとき、足元に、妙な感触を覚えたのです。
 足元を見てみると、そこにあったのは、正方形をした木の扉でした。手前側には錆びた金属の取っ手がついていました。開けてください、と言わんばかりに。
 きっとこれは地下室につながる扉だ。そう確信した私は、その扉を開けてみることにしました。蔵で見つけた謎の扉なんて、夏休みの冒険にぴったりじゃないですか。
 私が扉を開けると、そこにあったのは階段でした。中は暗かったけれど、私は降りてみることにしました。
 慎重に階段を降りていくと、視線の先に、何か明るいものが見えました。オレンジ色の光です。そこを目指して進んでいくと、そこには私の思った通り、地下室があったのです。地下室は、壁に沿うように置かれた蝋燭で照らされていました。
 地下室の全体像がわかってきて、まず真っ先に目に飛び込んできたのは、部屋の中央にあった、何かが乗せられた台のようなものでした。
 高さは、私のちょうど胸くらいの高さだったでしょうか。真っ赤な布がかけられた台座の上に、何かが乗せられていました。
 それは、うずくまったヒトのようにも見えましたし、同時に何かの動物のようにも見えました。大きさは、小型犬ほどでしょうか。全体的に黄土色をしていて、頭と思しき丸い部分に、髪の毛らしきものは見当たりませんでした。しかしそこには、角のような突起が二つありました。手足は折り畳まれていて、顔は伏せられているせいで表情はわかりませんでした。突起が一列に並んでいるのを見て、これは背骨かもしれないと思いました。
 私は、テレビで見たミイラを思い出しました。古代エジプトとか、そういう類のものです。しかしそれはあまりにも、生々しさのようなものが感じられませんでした。所々に骨が覗く、乾いた皮膚の質感は、もはや作り物じみて見えました。
 私はしばらく、そのミイラのような何かを見つめていましたが、急に恐ろしいことをしてしまった気がして、慌てて階段を駆け上がりました。そして扉を閉めて、蔵を出て、なんでもなかったような顔をして母家に帰りました。このことは、祖母には話すことができませんでした。
 私が帰る前の晩、その村で祭りがありました。その祭りは、私がイメージする夏祭りとはまったく違うものでした。神輿も出店もない。奇祭と言ったらいいのでしょうか。昔から、村の大人以外は見てはいけないと言われている、それがあの村の祭りです。
 私は村で知り合った子に誘われて、その祭りを、こっそり見にいくことになりました。あの地下室の異様な光景が目に焼き付いていたので気は進まなかったのですが、でも、どうしても気になってしまって。
 その村で行われる祭りは、村の外れの森の中で行われるようでした。その森には、入り口に真っ赤な鳥居があるだけ。神社らしき建物は、外からまったく見えません。私たちは大人に見つからないように、息を潜めて、森の中を進んで行きました。村は蝉がうるさいほどに鳴いていたのに、森の中では、そういう虫の鳴き声は聞こえませんでした。風が草を揺らす音すらなく、異様なまでに静かでした。
 やがて日が落ちて、祭りが始まりました。森の中に開けた場所があって、大人たちはそこで輪になっていました。そこには、私の祖母の姿もありました。
 そのとき、私は見たのです。大人たちの輪のその中心に、白い布で覆われた台座に乗せられた、あのミイラのようなものがあるのを。
 大人たちは手に何かを持っていました。日が落ちて、それに日が灯されました。蝋燭だったのです。
 そのまましばらく眺めていると、歌が聞こえてきました。いや、あれは歌だったのでしょうか。妙にメロディがついていたけれど、どちらかというと、呪文と言ったほうがいいのかもしれません。
 聞いたことのない言葉でした。聞いているうちに、景色がぼやけていきました。とてつもない眠気に襲われたことも覚えています。
 そのとき、村で知り合った子が、私の服の裾を引っ張りました。私はそのおかげで目が覚めたのです。
「なんかやばいよ、逃げよう」
その子は小さな声でそう言いました。私は我に帰り、「そうだね、逃げよう」と返しました。
 そうして私たちは、大人たちに見つからないようにしながら、森を抜けたのです。
 あのとき、大人たちに見つかっていたらどうなっていたんでしょうね。今となっては、もう分からないことなんですけど。
 次の年から、あの村には行かなくなりました。そのかわりに、私が行ったことのない、しかし母に言わせたら確かに「故郷だ」という、ある地方都市に帰省するようになったんです。あの村のことを聞いても、母は知らないと言いました。
 その街には、確かに祖母が住んでいました。そんな流れで何度も帰省を繰り返すうちに、いつしかあの村の記憶は薄れていきました。
 え、その村に行ってみないのか、だって? 確かに行こうとはしました。大人になってから調べたんですよ。でも、行けるわけがありません。あの村があった場所を調べたら、そこは私が生まれるよりもずっと前に、ダムになっていたんですから。