ミュージカル「ノートルダムの鐘」観劇感想
こんにちは、雪乃です。劇団四季の「ノートルダムの鐘」、観劇してきました。
日本初演時から行きたいなあと思いつつ機会を逃し続け、気がつけば初演から7年が経過した2023年。やっと観に行けました。長かった。
「ノートルダムの鐘」は、まず映画版がすごく好きな作品で。日本語版の吹き替えキャストを劇団四季の俳優陣が務めていることもあって、ずっとサントラを聴き続けていました。(映画は映画で、石丸さんや保坂さんや村さんが出演されているという超絶怒涛の豪華キャストだからすごい。)
そして肝心の感想なんですが、もうめちゃくちゃ良かったです。やっぱり「ノートルダムの鐘」も四季も好きだ〜〜〜〜〜!!!!と心の底から思える作品でした。
親の声より聞いたアラン・メンケンによるお馴染みのメロディはそのままに、舞台化にあたって追加されたナンバーがストーリーにより深みを与え、さらに映画のエンディングテーマだった「サムデイ」が「いつか」として劇中歌に組み込まれている本作。人間の影を深く掘り進めていくように描きつつ、静謐で普遍的な祈りを込めたミュージカルです。
「ノートルダムの鐘」で良かったのが、なんといっても演出。マンパワー主体で物語を動かしていく、非常に演劇らしい演出でした。
55Stepsで「僕の願い」「トプシー・ターヴィー」「ゴッド・ヘルプ」の3曲を芝居仕立てでやったのを観た頃から舞台と相性が良さそうだな、と思っていましたが、ここまで舞台演劇らしい舞台演劇になるとは。
本作の演出の大きな特徴は、ある種のメタフィクションのような形をとっていることです。カジモド役のキャストは観客の目の前で、曲がった背骨を表現するための衣装を身につけ、顔を汚し、観客の目の前でカジモドになる。そして物語が終わると、キャストはカジモドとしてではなく、客観的にカジモドのその後を語る。「カジモドを演じている役者を演じる」ようにも見える二重の虚構は、舞台だからこそハマった演出だと思います。
他にも、ことアンサンブルが演じる役に関しては、説明的、ナレーション的な台詞が多いことも含め、「自分が生きている世界が物語の中であること」を自覚しているようにすら見せる演出が多かったように感じました。
またカジモド役は、アニメだとその容貌が具体的に描写されていましたが、舞台版におけるカジモドは特殊メイク等が一切なく、ただ顔を少し黒く汚すのみ。カジモドの容貌に関する描写を、カジモド役の俳優の演技、彼を取り巻く人間を演じる俳優の演技、そして何よりも観客の想像力に委ねる方法をとっています。
自分の目に映るカジモドの容貌そのものは、特殊メイクをなんら施していない以上、自分と変わらない。しかし作中世界ではカジモドは「醜い人間」として扱われる。カジモドがどんな容貌をしているのかは、(アニメのイメージやビジュアルが先行するとはいえ)自分で考えるしかない。自分の頭で考え、描かれていない部分を読むことによって、観客自身が「人間と怪物、どこに違いがあるのか」という、本作の主題を主体的に体験することになる。観客を巻き込む、かなり読ませる演出ではありましたが、能動的に物語に参加している感じがして面白かったです。
演出や音楽に加え、やはり素晴らしかったのがキャスト陣です。本日のキャストはこちら。
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カジモド役の山下泰明さんは今回初めて拝見する方。声楽出身の方らしく、とにかくロングトーンが圧巻。カジモド役は、台詞の声がかすれた声で、一方歌声はカジモドの心の叫びであることもあって、カジモドの抱える身体的な事情に干渉されない、伸びやかな声を使う役。そのどちらにも圧倒的な芝居力が迸っており、とにかくカジモドそのもの!で素晴らしかったです。
エスメラルダ役の松山育恵さんは、高校生の頃に観たコーラスラインでディアナを演じていた方です。「愛した日々に悔いはない」や「ナッシング」がとにかく素晴らしくて記憶に残っていました。劇場の天井にまっすぐ届く歌声はまさしくこの作品に込められた祈りそのものを象徴しているようでした。「タンバリンのリズム」や「酒場の歌」のようなダンスナンバーもエネルギッシュで大好きです。
フロロー役の野中万寿男さんは、「夢から醒めた夢」のヤクザ役で拝見していた方。登場してから退場するまでずっと身勝手なフロローを生き切る姿はもう職人技。フロローのヴィラン性の最たるものは他人の心を縛ろうとしたことなのだろうな、と思わせてくれるフロローでした。
フィーバスは加藤迪さん。「パリのアメリカ人」のアンリ役は誠実で柔らかな歌声やお芝居がすごく好きで印象に残っていた方です。
これぞディズニーの王子様!ともいうべき声がやっぱり好きです。エスメラルダと出会ってフィーバス自身が変わっていく過程は限られたシーンの中でも濃密、そして繊細に表現されていました。
クロパン役は吉賀陶馬ワイスさん。アイーダのメレブ役や「ジーザス・クライスト=スーパースター」のアンナス役が好きです。今回も抜群の安定感。クロパンの食えない一面の中に潜む人間らしさや、彼もまた当時の社会規範の中にあってはアウトサイダーなのだということを描き出してくれるクロパンでした。
そして「ノートルダムの鐘」だからこそあるポジション、それがクワイアです。劇中のコーラスを担い、音楽面で深みをもたらす役どころです。
しかしそんなクワイアも、道化の祭りでカジモドの顔を見たシーンだけは、カジモドの容貌にひどく驚き、あるいは恐怖する顔をします。
今まで大聖堂の中で生きてきたために、不特定多数の人間の悪意に触れることなく育ってきたカジモド。しかし彼は道化の祭りの日に外に出て初めて、自分を見る他人の目がどのようなものであるかを認識します。
それまで劇中の登場人物としてはカウントされていなかったクワイアが一瞬にして物語に組み込まれカジモドを認識し、恐れるような目を向ける。「それまで存在すら知らなかった人々が、明らかに自分を恐れている」という、カジモドが置かれた状況を観客にも体験させるような演出に痺れました。
大きな運命のうねりと、その中で生きる人間の限りない生命力を力強く語る「ノートルダムの鐘」。とにかく没入感が凄まじく、観ている間はずっと作品の世界に自分の人生をまるごと預けているような感覚を覚えていました。
そしてカジモドが観客の目の前でカジモドを演じ終えることで、最後は私が舞台上に預けていた人生を返してくれる、そんな終わり方をする作品です。だからこそ、アニメとは違う原作寄りのエンディングながら暗くなり過ぎず、爽やかな心持ちで劇場を後にすることができました。
「演劇観たな〜」という気分にさせてくれる「ノートルダムの鐘」。全体的な色彩や照明もすごく良かったので、次は2階席で観たいですね。
なお私は「ジーザス・クライスト=スーパースター」のチケット争奪戦に敗北したためしばらく四季を観る予定は入っていないのですが、来年開幕する新作「ゴースト&レディ」は行けたらいいな、と思ってます。
本日もお付き合いいただきありがとうございました。