再演を前に、「フィスト・オブ・ノーススター」の話がしたい

 こんにちは、雪乃です。いよいよミュージカル「フィスト・オブ・ノーススター 北斗の拳」の再演が再来月に迫って参りましたので、勝手に宣伝をします!皆観ようぜアタタミュ。というかこの作品は全人類観た方が良い。

 初演時に書いた感想はこちらから。↓

https://note.com/yukino_diary/n/n7742ccac1cd6

 ミュージカル「フィスト・オブ・ノーススター 北斗の拳」、公式略称はアタタミュ。タイトルの通り、少年漫画の金字塔「北斗の拳」を原作にしたミュージカル。「北斗の拳」がミュージカルになると知った時は大層驚きましたが、大好きなフランク・ワイルドホーン御大が楽曲提供されるということで、新曲聞きたさにチケットを取りました。

 で、実際に行ったらこれが本当に良くて。一応観る前にアニメだけは履修したのですが1回目で完全にハマって原作を全巻購入し、2回目を観た帰りにチケットを追加し、東京公演の千秋楽を観劇。公演中にチケットを追加したのはアタタミュが初めてです。ここまで作品そのものに惚れこんだのも初めて、というほどにハマりました。ちなみに「北斗の拳」そのものにもハマってサウザーが最推しになり、気づいたら「北斗の拳イチゴ味」の既刊を電子で全部買っていました。

 というわけで、今日はアタタミュを観て欲しい理由を語っていこうと思います。

観て欲しい理由①ミュージカルの「見たい」が詰まっている

 アタタミュは「北斗の拳」を原作としたミュージカル。「北斗の拳」の舞台化というよりは、あくまで「北斗の拳」をベースにした新作ミュージカルが制作された、という感覚。原作の分量が膨大ということもありカットされた点や改変された点もあるのですが、キャラクターの再現度や「北斗の拳」らしさは保ちながらも王道のグランドミュージカルに仕上がっています。

 そんなアタタミュ、とにかくこれぞミュージカルという要素であふれています。ダンスはソロダンスからデュエットダンス、群舞まで観ることが出来ます。ケンシロウの1幕ラストのソロダンスはケンシロウの苦悩や世紀末救世主としての目覚めを肉体の動きのみで繊細に写し取った圧巻の表現。ケンケンシロウが幻想の中でのみユリアと再会するデュエットダンスはロマンチックで切ない。そして群舞は、あるときは核戦争を、あるときは拳王軍の進軍を表現し、時代の大きなうねりを描写する。どの振り付けも、非常にミュージカルらしい、シアトルカルな使い方。
 また歌の面でも、I wantナンバー「心の叫び」から11 o'clockナンバー「無想転生」をきっちり備え、シンに連れ去られたユリアが歌う「死兆星の下で」では、離れたところにいるケンシロウとユリアの歌声が重なる。トキの回想という形で歌われる「兄弟の誓い」では過去と現在が交錯し、そしてユリアによる圧巻のソロナンバーまで、多彩かつ聞きたいところで聞かせてくれるナンバーばかり。ワイルドホーン音楽の濃さと「北斗の拳」そのものの物語の深みが融合した、人間の真の在り様を描く名曲の数々は必聴です。

観て欲しい理由②再現度と再構成のバランスが最高

 アタタミュは漫画原作のミュージカル。2.5次元ではないものの、初演時はキャラクターの再現度や作り込みに圧倒されました。特にバットとリンは、もう原作から抜け出てきたかのようなレベル。
 再現度の高さもすごいのですが、アタタミュはキャラクターの再構成や再解釈が本当に好きで。特にマミヤ。マミヤを原作とは異なる文脈で語りなおすことで彼女が抱える人としての痛みを描き、レイとの関係性も同じ痛みを持つ人間同士として描いていました。
 そして主人公ケンシロウ。原作の強さはそのままに、より一層1人の人間としての苦悩を掘り下げ、世紀末救世主としての目覚めをしっかりと描いています。救世主を1人の人間として描く、というのは「ジーザス・クライスト=スーパースター」を彷彿させます。
 ケンシロウが己の無力さを嘆く、という原作本編にはない描写をしているのですが、むしろそれを1幕ラストで描くことで1本の演劇としても物語が締まります。そして「誰かの哀しみを背負って戦うヒーロー」像が力強く提示された上で登場するナンバー「無想転生」は説得力抜群。「無想転生」は原作、アニメ、舞台と見ましたが、私は舞台版が最も好きです。
 ヒロインのユリアは、「死兆星の下で」で見せる姿は圧倒的慈母星。しかし「氷と炎」では新たな時代を拓く1人の人間として、そしてなおかつ、暴力の時代からは失われ、ケンシロウが取り戻そうとした「愛の象徴」として描かれています。

観て欲しい理由③照明とプロダクションマッピングがすごい

 アタタミュはプロジェクションマッピングを演出に取り入れた作品。しかしだからといって舞台が映像的、平面的になることはなく、むしろ演劇然とした演出に仕上がっています。
 私が一番好きなのは、幕開きの瞬間に映し出される星空。劇場の空間全体を「フィスト・オブ・ノーススター」に染め上げ、観客を物語に引き込んでくれます。歴代の伝承者による重厚なコーラスとも相まって、北斗神拳2000年の歴史を感じられるはず。
 プロジェクションマッピング以外にもすごいのが照明。死の灰は真っ白な照明、ラオウの闘気は真っ赤な照明で表現されます。
 漫画的な表現を描写するための照明もすごかったんですが、最も記憶に残っているのが「心の翼」のリプライズ。このシーンで上から差す光があまりにも美しくて。空までは舞台上では描かれていないのに、そこには完全に「空」がありました。

観て欲しい理由④群衆

 アタタミュは群衆が大活躍するミュージカル。「ジーザス・クライスト=スーパースター」で群衆にハマった私からすると、本当に好みど真ん中の作品。
 核戦争が起きたときの群衆による群舞はその世界がたどった運命そのものをも表現し、「暴力バンザイ」では群衆による奪い合いを描くことで、物語がぐっとリアリティを帯びる。「最後の真実」ではリンを筆頭に、暴力に立ち向かう群衆の強さを描く。生きるエネルギーに満ちた能動的な群衆を描くことで、彼らから世界の命運を託されるケンシロウの救世主像により奥行きが生まれていました。
 そして何よりも好きなのが、アタタミュでは「無想転生」に群衆を登場させたという点。正確に言うと「哀しみの魂たち」という役名なのですが、この演出が本当に好きで好きで。世紀末世界で散っていった名前の明かされないすべての人の命を、哀しみを「無想転生」に込める事で、「フィスト・オブ・ノーススター」は普遍的な「愛と哀しみ」の物語に仕上がっていたと思います。

 あとこれは余談なのですが、「無想転生」について。群衆が「無想転生」入りする理由について考えていたことがあるのですが、「イチゴ味」を読んでいたら図らずもなんか腑に落ちたんですよね。アタタミュは原作の本編のみを原作としているので他のスピンオフの要素は入らないのですが、ここでは少し「イチゴ味」から引用してみたいと思います。

 「イチゴ味」で自分が無想転生入りしていないことを疑問に思うユダにリハクが言ったのが、無想転生入りするための2つの条件。それが

「ひとつめは闘いの血をケンシロウ様の体に刻み付けられたかどうかです」
(中略)
「そしてもうひとつはその闘いや生き様の哀しみをケンシロウ様の心に刻み付けられたかどうかです」「つまりはその散り際の極意!!」
【北斗の拳 イチゴ味6巻】

 まさかギャグ系スピンオフである「イチゴ味」で無想転生の解像度が上がるとは思ってもみなかったのですが、この2点を考えると、群衆が自らも戦う存在として、そして劇中でケンシロウが彼らの散り際を目にしていることを考えると、アタタミュで群衆が無想転生入りしているのも納得。この話、イチゴ味を読んだときからいつかやりたいと思っていたので今やりました。

観て欲しい理由⑤そもそも「北斗の拳」が面白い

 そもそも、これに尽きます。まず「北斗の拳」が面白い。私はミュージカル化が決まってからアニメを見始めたのですが、まずシンの苛烈な哀しみで涙し、「北斗の拳」そのものにハマりました。その後サウザーのエピソードを観て夜の1時くらいに大号泣、サウザー推しに。さらに第1部ラスト、ラオウの「見事だ 弟よ!!」のあのセリフで、心の底から「ああ、ここまで見て良かった」と思いました。
 少年漫画らしい熱いバトルや世界の命運をめぐる戦いが、ケンシロウとラオウの最終決戦における「見事だ 弟よ!!」と「兄さん」のあのやり取りで、兄弟の愛に収束していく。物語そのものの、愛と哀しみを描き切る「強靭さ」が何より好きになりました。
 そしてその強靭な物語を、演劇の、そしてミュージカルの持てる力すべてを使って表現した「フィスト・オブ・ノーススター」。ぜひたくさんの方に観て欲しいです。

おわりに 

 久しぶりにちゃんとアタタミュの記事を書きましたが、書いていてもっと再演の開幕が楽しみになりました。あと初演時に感想を書き残しておいて良かったです。記憶の定着率が全然違うので、過去の自分に感謝。

 アタタミュは、ダンスに歌にアクション、群衆と、とにかくミュージカルにおける「見たい」が詰まった作品。私の中では、ある種の「到達点」のような作品です。今まで好きになった作品の、好きになった要素が全部入っている、そんな作品。
 そしてアタタミュの好きなところは、現実と地続きであること、原作だと年代が「199X年」だったのに対し、アタタミュでは「20XX年」になっています。暴力に満ちた時代を、架空のものではなく、いつか起こり得るものとして描いている。初演時と情勢が変わり、演劇の世界と現実の世界が重なってしまう時代からこそ、再演されるべき作品であると思います。

 再演も初演ほどの回数ではありませんが観に行く予定なので、また感想を書きたいですね。初演とはキャストも一部変わるので楽しみです。

 本日もお付き合いいただきありがとうございました。