磨き抜かれた日常のまばゆさ——朝ドラ「舞いあがれ!」が面白い

 NHKの朝ドラ「舞いあがれ!」を見ている。ものづくりの町・東大阪で育ったヒロインの舞が、パイロットになる夢に向かう物語だ。ヒロインやその家族、友人、大学の先輩たちが生き生きと描かれるストーリー、応援したくなるヒロイン・舞と、まさしく王道の朝ドラというべき物語が展開されている。

 我が家が朝ドラを見始めたきっかけは「カーネーション」。このあたりから両親が朝ドラを見始め、そして「梅ちゃん先生」の後半あたりから筆者も見るようになった。以後、すべての作品を完走できているわけではないのだが、思い入れのある作品も多い。個々の作品のみならず、朝ドラらしい様式美や舞台となった土地の文化・ことば、さらに史実ベースの作品であればモデルになった人の生涯を調べたりなど、朝ドラという文化そのものを楽しんでいる。
 「カムカムエヴリバディ」で雪衣が言っていたように、半年の間に人間のすべての感情が詰まっている物語が好きなのだ。

 現行の朝ドラ、「舞いあがれ!」の話に戻ろう。我が家では朝ドラを見るきっかけになった「カーネーション」から、一貫して朝ドラは録画して夜に見るのが習慣になっている。ゆえに朝ドラは、1日の終わりに見るコンテンツだ。
 「舞いあがれ!」は、もちろん朝見ても爽やかに1日を始められる作品であることは想像に難くないが、夜に見るのもまた沁みる。1日の締めくくりとして、日常のごくありふれた営みを慈しむように描かれた作品世界に癒される。後世に残るようなことを成し遂げているわけでもない、しかし確かにそこにある、普通のひとの普通の頑張りを褒めてくれるような作品だ。

 現在「舞いあがれ!」では、成長した主人公の舞が大学に入学し、人力飛行機サークルでパイロットになるべく奮闘する物語が描かれている。
 幼少期に訪れた母の故郷・五島でばらもん凧に魅せられた舞。空を飛ぶことの憧れは幼少期に作った模型飛行機に始まり、そして今は大学で航空工学を学ぶ傍ら、人力飛行機サークルに情熱を捧げることに結びついていく。

 公式サイトの作品解説などを読めば、舞はこれから職業としてのパイロットを目指すことが分かる。まだ作品としては序盤であり、これからもっと様々な展開が待ち受けていることだろう。しかし、この大学編の時点でもうすでに相当面白い。

 「舞いあがれ!」は、何か特別なことが起きているわけではない。引っ込み思案で繊細な性格の女の子が五島で出会った祖母や友人とふれあいながら変わっていき、空への夢を育みながら、優しいながらも芯の強い人間へと成長していく。五島で劇的なことが起こったというより、舞が自分の「やりたい」という気持ちと向き合う過程をじっくりと丁寧に描いた。

 主人公が成長するのに、劇薬のような事件は必ずしも必要がないのだと思わせるような幼少期編だった。3週目までと、やや長めに幼少期編を取ったことも大きいのだろう。しかしそれ以上に、丁寧で質の高いプロの仕事によって生み出される「舞いあがれ!」の世界そのものが、舞を大切に大切に育ててくれた。照明、劇伴、食べ物、キャスト。そして五島の美しい自然。五島編は、何一つ欠けてはならない、作品を構成する元素だったように思う。

 大学に入った舞は人力飛行機のパイロットとして奮闘していくことになるが、もともと彼女は飛行機の作り手だった。パイロットを務めるはずだった先輩・由良冬子がテスト飛行で足を骨折したため、先輩と作った飛行機を何としてでも飛ばしたい一心で、舞は迷いながらもパイロットに志願する。長い時間トレーニングをしていた由良と違い素人だった舞だが、減量とトレーニングを重ね、作り手たちは並行して舞の体格に合った設計に飛行機を直していく。
 舞がパイロットになるに際しても一筋縄ではいかず、サークルを去る部員や、残った部員でも口論になるようなシーンも描かれた。しかしそれらは「先輩たちの最後の夏」という期限付きの夢を追う彼らの群像劇の中にあってはむしろスポーツ漫画のような熱さを持って描かれていた印象だ。
 由良と舞の師弟関係もまた美しい。一見すれば厳しい先輩である由良だが、皆の期待を背負って飛ぶパイロットというポジションと向き合い、そしてだからこそ、誰よりも飛行機を深く愛する舞に自分のポジションを託す。
 先輩が後輩に大事な局面を託すというシーンはスポーツ漫画でも見た事がある。王道だ。しかし王道を丁寧に作り、なおかつそこに「パイロット」という人力飛行機を題材としているからこその要素を絡めるからこそ、この展開は熱く、輝いて見える。
 舞がパイロットに志願したいという意志を由良に打ち明けたシーンでも、由良は舞を頭ごなしに否定するのではなく、期待を背負って飛ばねばならない重責に言及しながらも舞に向き合う姿はまさしく師匠であった。

 「舞いあがれ!」は、自然と涙が出てくるような場面が多い。五島で舞が飛ばしたばらもん凧が友人たちの助けを得ながら、タイトルのごとく空高く舞い上がったシーンは胸が熱くなるとともに涙が滲んだ。舞が作った模型飛行機が飛んだシーンも、思わず泣いてしまった。主人公が自作の模型飛行機を家族の前で飛ばす、という、文字に書き出せば何気なくも見えるようなシーン。しかしそこには、舞の空への憧れに輪郭が与えられ始めたことや、苦境に立たされた舞の父の町工場が持ち直したことなど、複数の文脈のもとに成り立つシーンだった。
 そして大学編に突入してから泣いたのが、サークルの先輩である空さんの台詞だ。無口だった彼が人力飛行機を前に、飛行機が空を飛ぶその美しさを舞に語るシーンの台詞。彼の出身地のことばで語られた台詞は、血の通った生きた言葉であると同時に、とても美しかった。

 すべてが舞にとっての「日常」で構成された「舞いあがれ!」。その日常の、磨き抜かれたまばゆさに、ただ目が離せなくなる。15分間、画面に引き込まれてしまう。

 近年の、こと大阪制作の朝ドラに共通している要素だと思っているのが、「誰かの職業を愛おしむ」ということ。それぞれの作品世界で生きる人々のはたらく姿を、活気に満ちた描写で描き出す。ヒロインが一生の生業とする職業だけではなく、たとえば「スカーレット」では絵付け、「おちょやん」では芝居茶屋のお茶子、「カムカムエヴリバディ」ではクリーニング店など、どの職業も、大変さや楽しさ、そして何より「その仕事にしかないもの」がきちんと描かれている。「スカーレット」では喜美子が下宿屋の女中業で担った家事をこの視点を持って描いていたことも印象深い。
 「舞いあがれ!」でもまた、舞の父である浩太が営む町工場でも「ものづくり」という職業への愛おしさが貫かれていた。会社のキャッチコピー作りに凝っていた浩太が最終的に会社のホームページに載せたのは、「小さなねじの、大きな夢」というシンプルな言葉。そういったことも含め、何かを生み出すことへの尊敬が詰まっている。

 蒔いた種を短期スパンで発芽させ実を結ぶまでの過程を描きつつ、長期的な展開も見据えて幼少期編から種を蒔いておく。半年間あるからこそ花開く積み重ねを着実にこなしていく「舞いあがれ!」は、まさしく朝ドラでしかできない物語だろう。幼少期編で蒔かれた種――船を操縦する舞の祖母・祥子の頼もしい後ろ姿は、人力飛行機のパイロットとして成長していく舞を経て、いつかきっと、旅客機のパイロットになった舞と重なるはずだ。
 幼少期編から一貫していると感じるのが、「空は皆で飛ぶもの」ということ。ばらもん凧を友人と一緒に上げたことに始まり、古本屋で本を探し、父や父の工場で働く人のアシストを受けながら完成させた模型飛行機を飛ばす。人力飛行機は言わずもがなだ。舞が成長するごとに、一緒に空を飛ぶ人たちが増えていく。これから先、舞がどんな人と出会い、どんな人と一緒に空を飛ぶのか。今後も目が離せない。