その魔法は、解けないままで

 11月21日。カバディの全日本選手権の観戦を終えて、1人会場を後にする。一抹の名残惜しさはあったものの寂しさはなくて、晴れやかな気持ちだった。

 舞台を観ることが好きだ。でもカーテンコールが来るたびに、たまらなく辛くなる。もうすぐ、魔法が解けてしまうから。もうすぐ物語の世界は私の目の前から姿を消して、私はまた現実に戻らなくてはならないから。
 幕が下りて胸に残る温かい感動と、そして虚しさ。寂しい。あの世界へ帰りたい。しかしどんなにそれを望んでも、物語の世界は幕が下りてしまえばそれまでだ。私は現実に、日常に戻らなければならない。それがつらくて、観劇の次の日、私は決まって落ち込んでいた。観ている間は楽しいけれど、観終わった後が、つらくて仕方なかった。

 そんな中で、初めて経験した生のスポーツ観戦。まさかカバディで初のスポーツ観戦を経験することになるとは思っていなかったけれど、その経緯は一旦ここでは割愛。私は何よりも驚いたのは、観戦を終えた後、魔法が解けなかったこと。あの熱い世界を熱いまま、家まで持ち帰ることが出来たこと。その気持ちは次の日までもちゃんと続いていて、寂しいどころかむしろ幸せな気持ちで1日を過ごすことが出来た。私の心を満たしたのは試合が終わってしまった寂しさではなくて、確かな熱を帯びた満足感だった。

 よく考えてみたら、それは当たり前のことだった。お芝居の世界は物語で虚構、現実世界とは明確な境界がある。対してスポーツはどこまでも現実なのだ。至極当然のことを言っているが、生観戦を経験するまで私はこのことに思い至らなかった。解けない魔法を、幕が下りた後もずっと心に灯をともしてくれるものを求めていた私に、もしかしたら、スポーツ観戦はとても向いていたのかもしれない。そのことに、初めて気が付くことが出来た。

 もちろん私は、舞台が好きだ。芝居が好きだ。物語を、現実にはあり得ないものを生身の人間が演じ、生き、そして死ぬ。遠い過去も、遠い未来も、架空の世界も、どんな虚構でも確かに目の前で息づかせてくれる。そんな舞台の上が大好きだ。その気持ちは一生変わらない。

 でも、好きだからこそ、夢から醒めてしまったときがつらかった。虚構と現実を比べてばかりで、現実の嫌なところばかりが目について。虚構の世界ほど理想的には生きられなくて、観終わった後はどこか前を向けなかった。

 そして、スポーツ。私は生観戦に関しては、まだまだカバディしか知らない身だ。まだまだ知識も浅い。解像度だってまだ低い。それでも、私はあの熱を知った。現実を、「今」「ここ」を熱くまっすぐに生きる世界を知った。現実は現実だ。逃れることはできない。でも同時に、目の前に広がる燃える世界が現実であることを理解して、どうしようもなく嬉しくなった。あの熱い世界を生きるひとが私と同じ世界にいることが、たまらなく幸せだと思った。スポーツは現実だからこそ、現実を生きる私に、現実を生きるしかない私に、火を灯してくれる。

 大会に向かう前、実生活のことで悩んでいた。上司との面談で将来に向けた話をされても何も言えなくて、ただ苦笑いされた自分が嫌だった。このままではいけない気がして、でも具体的にキャリアなんてまだまだ考えられなくて。

 それでも大会を観戦したら、心の靄が晴れた気がした。11月22日、今まで私の中を占拠していない悩みはもうあまり感じなくなっていた。ただ試合のように、目の前にあることに向き合っていけば良いんだと、気が付くことが出来た。「今」「ここ」で、すべきことを、やりたいことをやる。人生初のスポーツ観戦は、そんなことを教えてくれた。

 この魔法は、きっとこれからも私を強くしてくれる。