【小説】夜の川

 中学三年生の頃、高校受験のために、学習塾に通っていたんですよ。ちょうどその日は夏休みの中盤に差し掛かったあたりで、私は夏期講習を受けていました。
 その日は、帰るのが遅くなってしまったんです。夏だけど、塾を出たら辺りはもう真っ暗になっていて。だから、親に迎えにきてもらうことにしたんです。
 私が通っていた塾は川沿いにありました。塾の前にある川はけっこう大きくて、大規模な護岸工事が終わった直後で、外側は綺麗なんです。でも水はすごく濁っていて、魚とか、生き物が住んでいそうには見えない川でした。
 その川は、昼間に見たら、ただなんでもない川なんです。でも夜に見たら、水が真っ黒に見えて、少し怖かったのを覚えています。もちろん川沿いに建つ家の明かりとか、それこそ塾の明かりとか、街灯とははあって完全な真っ暗にはならないんですけど。それでも、ずっと見ていると、川の中に吸い込まれていくような気さえしました。
 私は親に、迎えにきてもらうよう連絡をしました。塾の前には、他にも迎えにきた同級生の親の車がたくさん来ていました。私は邪魔にならないように、塾から少し離れて、川の近くで親が来るのを待っていました。
 そのときです。なんとなく川を見ていると、川の水が、盛り上がったんですよ。波打つ、とかいうレベルではなかったです。よく覚えています。
 そして、私は、見てしまいました。川の中から出てきた、大きな山のような何かを。
 海坊主っているじゃないですか。妖怪の。昔本で見た、あの海坊主を思い出しました。黒くて、本当にあんな感じだったんです。
 でもここは川だし、海坊主ってそもそも架空の生き物じゃないですか。いるわけがないんですよ。でもそのとき、確かに見たんです。
 あのときは夜だったとはいえ夏だったし、蒸し暑い日でした。でも、その海坊主のような何かを見た瞬間、体が芯からすうっと冷えていく感覚を覚えました。
 携帯電話で写真を撮らなかったことを今でも後悔しています。でも当時はただただ怖くて、そういう発想も、頭から抜け落ちてしまっていたんですよね。
 しかも、それを見ていたのは私だけではありませんでした。同級生も同じものを目撃したらしくて、塾の前が騒がしくなって、何かおかしいと思ったらしい先生が外に出てきたくらい。でも先生が出てきた頃にはもうその海坊主みたいなものは消えていたんです。
 そんなことをしているうちに親が迎えにきて、私は車に飛び込むように乗り込みました。そして自分が見たものを話したんですけど、そんなものいるわけない、見間違いじゃないかって言われて。
 次の日同じように塾に行って友達にその話をしたら、友達も確かに見たと言っていました。今でも当時の友達と会うと、その話をすることがあります。
 結局、あれはなんだったんでしょう。ネットで検索したりもしたけど、分からないままなんです。
 そうそう、本体の写真はないけど、この写真だけは残ってるんですよ。あの海坊主みたいなものが現れた川の橋で撮った写真。なんか、黒い液体の水溜りができてるでしょう。まあ、この写真があったからってあれの正体が分かるわけでもないし、だからどうだって話なんですけどね。