【小説】虫かごの中
小学二年生の時の、夏休みだったかな。友達と集まって、近所の雑木林で虫捕りしよう、みたいな話になったんだ。朝学校に集合して出発することになったんだ。
みんなそれぞれ、虫取り網とか、虫かごとか、そういうのを持ってきてた。その年の春に転校してきた、あいつもそうだった。あいつの虫かごは、よくあるプラスチック製の、紐がついてる黄緑のやつ。普通に売ってるような虫かごだ。
あいつは虫を見つけるのも捕まえるのも、いちばん上手かった。あいつが一緒にいると、面白いくらいに虫が見つかるんだ。だから虫捕りにはいつもあいつを誘った。日を追うごとに、どんどん大きい虫が見つかるようになった。どの虫かごにも、必ず虫が何匹かは入っているような状態になったんだ。もちろん、あいつの虫かごも。
あいつは虫を捕まえると、自分の虫かごに入れているのは確かだった。でも少し経ってから虫かごを見ると、なぜか中にいたはずの虫がいなくなってたんだ。
なんで逃したんだろうって思って、訊いたことがある。もったいないだろって。でもあいつは言ったんだ。逃がしたわけじゃないって。でもどう見ても虫はいない。虫はどこに言ったんだって訊いたら、答えたんだ。全部、この子が食べちゃった。あいつは確かにそう言ったんだ。今でも鮮明に覚えてるよ。
最初は「この子」が何なのか分からなかった。あいつは他に生き物を連れてる様子もなかったしな。不思議に思って、俺はあいつが虫をかごに入れてから虫がいなくなるまで、ずっと見ていようと思ったんだ。
あいつが捕まえた虫を虫かごに入れる。そこまでは普通だ。でもそのままじっと見ていると、おかしいことに気がついた。
虫かごの中で、どんどん、虫が消えてくんだよ。信じられなかった。思わず一緒に虫捕りしてた友達にも見てもらったんだ。そいつも確かに、その様子を見た。たぶん、今聞いても「見た」って言うと思う。
あいつに訊いた。虫が消えていくなんて、子どもでもおかしいと思ったからな。でもあいつは、なんでもないような顔をして言ったんだ。「この子が食べてるの」って。
この子って誰。そう質問したら、あいつは、自分の虫かごを指さした。虫が好物なんだって、まるでペットでも紹介するみたいな口調で言ったんだ。
あいつの虫かごを調べさせてもらった。でもどこからどう見ても、どこを触っても普通の虫かごですらなかった。ただ虫かごの中に指を入れようとしたら、あいつに止められたよ。食べられちゃうかもしれないからやめて、ってな。
虫がたくさん捕まえられるのはこの子のおかげだって、あいつは誇らしげな顔をして言ってた。その虫かごの腹が減ったときに虫がよく見つかるんだと。そう説明するそいつの笑顔が、なんだかとてつもなく不気味に感じた。怖かったよ。
俺はそれ以上聞けなかった。聞いたらダメな気がしたんだ。
それ以降、なんとなく皆怖くなって、虫捕りには行かなくなった。でもその後も、プールに行く道でみかけることはあったんだ。虫かごと虫捕り網を持ったあいつを。
そいつはその年の夏休み明けに転校したから、もうそいつと虫捕りに行くことはなかった。ただ次の年に虫捕りに行って驚いたよ。信じられないくらい捕れなかったんだ。虫が。全然見つからないし、見つかっても数が少ないし、大して大きくもない。あんなにも虫が捕れたのは、後にも先にも小学二年生の夏休みだけだった。
そのとき思った。あいつの話は本当で、本当に、あの虫かごが虫を呼び寄せてたのかもしれない。まあ、誰もあいつの連絡先を知らない以上は確かめようもない話だけどな。そう思うと、勿体無いことをしたかもなって思うんだ。少しだけ、な。