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2018年に Figma に入社していたらどのくらい儲かっていたか?

テック業界では Adobe(ティッカーシンボル: ADBE)による Figma 買収が話題になっています。$20 billion USD という巨大な買収額はもちろんのこと、Figma の投資家がどのくらい儲かっただとか、改悪を恐れたユーザーが類似オープンソースプロジェクト Penbot へ乗り換えて、たった一日で 5,600% の成長を記録し $8 million USD の資金調達を発表したりと、世の中を騒がせています。では視点を少し変えて、今回の買収でストップオプションを保有する従業員はどのくらい儲かったのでしょうか。

一般に、急成長を目指すスタートアップは従業員向けにストックオプションを給与の一部として付与しています。今回は、次のような設定の従業員がどのくらいのキャピタルゲインを手にすることができたかを見積もってみます。

  • サンフランシスコ在住

  • 業務経験5年のシニアソフトウェアエンジニア

  • 2018年3月1日に Figma に入社し、現在も雇用関係を継続

  • 入社後すぐに全オプションを期限前行使(early exercise)

Figma は2011年にサンフランシスコで創業された会社で、Linkedin を見ると現在も SF 在住の従業員が多いです。そこで、サンフランシスコにおける経験5年のシニアソフトウェアエンジニアの平均的な給与を見積もります。雇用主は、Salary benchmarking service(給与ベンチマークサービス)という、特定の地域や職種別の給与データを保有する調査会社から「サンフランシスコでこのレベルの人を採用するにはどのくらい必要?」という情報を得て、自分達の台所事情も加味した上で従業員の給与を決定します。この業界の古典的な会社は "salary benchmarking" とググればたくさん出てきますし、Pave(YC2020年夏期)のようなスタートアップも存在します。また、非公開企業の財務情報は CB InsightsPitchBookTracxn のようなサービスが調査結果をまとめています。給与ベンチマークサービスから得た給与情報と、非公開企業データサービスから得た Figma の財務情報をまとめると、次のようになります。

  • Figma は2018年2月のシリーズBで $115M の時価総額(ポストバリュー)で $25M を調達

  • シリーズBで約502万株を新規発行(当時の割合にして 21.74%)

  • 時価総額 $100M-200M で上述レベルの従業員に対する平均ストックオプションは 0.203%

  • 入社時に 0.2%、あるいは 46,000 株のストックオプションを付与されたと想定

  • その後、買収されるまでに株式の3分割、5分割をそれぞれ実施

  • 2018年3月入社なので、オプションは全て権利確定済み(fully vested)

  • 実際には昇給や昇進等によって追加のオプションや RSU を付与されている可能性があるものの、今回は計算を簡単にするため無しという前提で計算

  • 従って、買収時の持株数は 690,000 株と想定

次に、 Figma  の一株当たりの買収額を調べます。SEC(Securities and Exchange Commission, 米国証券取引委員会)に提出された Adobe と Figma の Agreement and Plan of Merger を読むと次のように書かれています。

Solely for purposes of clause (B) of the preceding sentence, the value of each share of Company Capital Stock shall be deemed to be equal to $40.1711.

出典: SEC

つまり、一株当たりの価値が $40.1711 相当であるという前提の元、買収の話が進められていくということが分かると思います。より具体的には、現金と株式交換がほぼ半々の割合で行われるトランザクションなので、必ずしもこの数値と一致するとは限りません。しかし、本記事は監査をしているわけでもなく、スタートアップの買収が従業員の資産形成にどのくらい影響を与えるか、ということさえ理解できれば十分なので、$40.1711 という値は近似値として使用しても問題ないでしょう。

これらを全てまとめると、2018年に Figma に入社していたら現在の価値にして日本円にして40億円近く($27,718,059 アメリカドル)のストックオプションを手にすることができたということになります。

実際には、2018年に入社した従業員すべてが何十億円もの資産を手にしたわけではないでしょう。まず、ストックオプションは最低でも一年以上は勤めないと行使することができませんので早期退職した社員はストックオプションを保持していません。仮に行使可能となり、行使したくても行使するための現金が無い、という人は意外とたくさんいるものです。さらに、何年も働いて手元の現金もあるにも関わらず、ストックオプションに関する知識が乏しいために行使することすら考えず、今になって後悔している人も一定数いるでしょう。

日本国内のスタートアップで働いていてこの規模の買収に関わることができる確率は、残念なことにほぼゼロと言っていいでしょう。では、日本にいながら Figma のようなスタートアップで働くにはどうしたらいいのでしょうか。また、ストックオプションを行使する価値があるスタートアップだと判断するにはどうしたらいいでしょうか。こちらの話題については別記事として書いていこうと思います。

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