アメリカ21州で施行されているサラリーヒストリーバン(雇用者が求職者の年収を聞いてはいけない規制)とはなにか?
2017年1月、ニューヨーク州の政府関係機関が採用活動を行う際に、求職者に過去の給与情報を聞いてはいけないという法律(Labor Law Section 194-a)がアメリカで初めて施行されました。それに追随するように同年10月、今度はニューヨーク市が、市内の全雇用主を対象とした同様の法律を施行。さらに2020年1月には、州法の改正によって対象がニューヨーク州内の全雇用主に拡大されました。この流れはアメリカの各州にも波及していき、2022年1月、コロラド州が同様の法律を施行した21番目の州となりました。2022年10月現在、過去の給与情報を聞くことを違法化(サラリーヒストリーバン,Salary History Ban)した州は次の21州に上ります。
アラバマ州
カリフォルニア州
コロラド州
コネティカット州
デラウェア州
ハワイ州
イリノイ州
メイン州
メリーランド州
マサチューセッツ州
ミズーリ州(6人以上を雇用する法人)
ネバダ州
ニュージャージー州
ニューヨーク州
ネバダ州
オハイオ州(シンシナティ市とトレド市、15人以上を雇用する法人)
オレゴン州
プエルトリコ
ロードアイランド州
バーモント州
ワシントン州
その他、州政府機関のみを対象とした州もありますが、この Note での読者がアメリカ州政府機関で働くことを希望している可能性は低いため除外しています。アメリカ全州のサラリーヒストリーバンは、HR DIVE でまとめられています。
なぜ給与情報を聞いてはいけなくなったのか
サラリーヒストリーバンの目的は、人種や性別による給与差を排除することです。近年、アメリカ全体では人種や性別によって存在している不条理を排除しようとする活動や、平等を訴える運動が非常に活気付いています。特に象徴的な事件としては、2020年5月に警察官の不適切な拘束方法によってジョージ・フロイドさんが殺害された事件があります。日本でも多く報道されていたことと思いますが、この事件後にはアメリカ国内だけでなく、世界中で黒人の人権を訴える抗議運動(Black Lives Matter)が起こりました。
そして、多様性のある人々を平等に、という流れは企業の採用活動にも影響を与えています。アメリカ労働省(United States Department of Labor)によると、全く同じ仕事をしても女性は男性の 83.4% の給与しか受け取れないという研究結果が公表されています。この給与差は年々縮小傾向にあるものの、依然として女性というだけで給料が低くなってしまうというのが現状です。
今日の給与交渉では、まずはリクルーターが応募者の希望給与レンジを伺った後にオファーを作り、それをきっかけとして交渉がスタートします。しかし、女性応募者がこの時点で差別的に低い給与であったとすると、新しい仕事のオファーでも同様のレンジからスタートすることになってしまい、結局性別による給与差が埋まらないという悪循環に陥ってしまいます。そこで、交渉のスターターとして過去の給与情報を得る、ということを禁止したわけです。また、仮に応募者が自発的に過去の給与情報を共有したとしても、雇用主はその情報をオファー作成時に使ってはいけない、という条項も存在します。
少数弱者が粗悪な条件を受け入れなければならなかったり、理不尽な対応をされたりというのは、残念ながら警察官の対応や採用だけではありません。アメリカのオンラインローン審査サービスである LendingTree によると、アメリカ人がローンの借り換えを申し込んだ場合、全体では 17.07% の確率でローン審査が通らないというデータがありますが、黒人に絞ってそのデータを見ると 30.22% の確率でローンを拒否されるというデータがあります。さらに、家の中に黒人の友人と撮った写真を飾ってあった時に家の査定を依頼した場合と、その写真を全て白人の写真に置き換え、黒人である事実を隠した上で再度査定を依頼した場合では、全く同じ家であるのに後者の方がなんと $40,000(日本円にして約588万円)も高い査定が弾き出されたという実験結果もあります。このように、アメリカ国内では少数弱者の経済的格差が非常に身近なものとなっています。
応募者として心がけておくこと
アメリカにある企業と雇用関係にある場合、日本人として、移民として、私たちは無条件に少数弱者という枠に入ってしまいます。つまり、アメリカに移住して仕事をするのであれば、あなたが上記のような不条理を押し付けられる可能性は十分にあるのです。あなた自身を守るためにも、ポイントを押さえておく必要があります。
オファー交渉の音声は全て録音する
雇用主がどの州に属しているかに関わらず、自分から希望する給与レンジを伝えてはいけない
雇用主が該当する州に HQ を置いている場合は、サラリーヒストリーバンが法律として施工されている度を伝える
雇用主がサラリーヒストリーバンの対象であるにも関わらず過去の給与情報を要求してきた場合、Rocket Lawyer のようなサービスを使って弁護士に協力を依頼する
私自身の体験としては、過去に給与レンジを聞かれたことはありませんでした。しかし、私の周囲では実際に給与レンジを聞かれたという話も聞きますので、私の体験だけが全てと考えていいわけではありません。私の給与レンジが要求されなかったのは、その会社が給与格差問題をより重く受けとめていたからなのか、私が男性であったからなのか、あるいは、Netflix のように給与交渉を最初からしないポリシーであったのかは定かではありません。したがって、「周囲の友人が大丈夫だったから」と決めつけてかかるのは良くありません。
規制に基づいて雇用された後も、社内の給与格差(Pay Equality)について定期的に経営陣へ質問することで、経営陣がどのくらい給与格差問題を真剣に捉えているかを知ることができます。Google は社内の給与格差について定期的に情報を公開しています。また、私が過去に働いていた Pivotal では、毎年第三者機関による監査を経て、全社員にその結果が報告されていました。
いずれにせよ、こういった法律によって求職者は守られている、という事実を心の片隅に置いておくと、自己防衛につながります。
雇用主として心がけておくこと
まず、日本ではアメリカで違法とされている求人が散見されるため、それを踏まえた上で、さらに人種や性別による給与格差を考えなければなりません。パッと思いつくだけでも、
応募者に年齢制限を設ける
履歴書の顔写真を要求する
ことは違法、あるいは違法スレスレに当たります。日本でいう新卒採用に近い募集を行っただけで「違法性がある」として訴えられてしまった実例もあるくらいです。つまり、普通に日本で採用を行っていた感覚で採用を始めようとすると、スーパーエンジニアはおろか、違法求人となってしまう恐れさえあります。
このような問題を回避するには、まずアメリカで採用経験のある人材を確保するのが一番の近道でしょう。それに加えて、オファー交渉をする際は、
パンデミックによってリモートが一般化したため、全州共有で給与情報を聞くのをやめる
Pave のようなサービスを使って給与レンジを理解した上で、こちらから先に給与を提示する
Basecamp や GitLab のように、最初から実際の給与や給与コンポーネントを公開する
等の対策が必要となります。また、いくら採用時に気をつけていたからといっても、いくつかのプロモーションのうちに給与格差が広がっていってしまう可能性もあります。したがって、定期的に社内で給与格差が広がっていないかを調査してもらう必要があります。過去に私が在籍した会社では、第三者機関に監査を依頼することが公平性を保つ上で重要だと考えられていました。この分野で、スタートアップやアメリカ進出を考える企業が気軽に使えるサービスはまだ存在しないようですが(ある意味チャンスですね)、Equal pay audit と検索すれば、こういったサービスを提供する古典的な会社はたくさんあるようです。従業員からしたら、もし経営陣に質問してもうやむやな回答しか返ってこないのであれば、「自分はもしかしたら不当に安い給与で雇われているのかも」と疑心暗鬼になってしまう可能性もあるので、高い透明性を意識したコミュニケーションを行っておくことが重要です。
違反した場合の罰則
施行されている21州を全て調査することは困難であるため、メジャーマーケットでの罰則を掲載します。
サンフランシスコ市:$100 から $500 (1万4700円から7万3500円)の罰金(出典:UPDATE: San Francisco’s Salary History Ban Signed Into Law)
ニューヨーク市:故意でない違反で最大 $125,000 (約1837万円)の罰金、故意で悪意があると認められた場合は $250,000(約3765万円)の罰金(出典:NYC's Salary History Law: What You Need to Know)
ニュージャージー州:初回の違反は $1,000 (約15万円)の罰金、以降二回目 $5,000(約74万円)、三回目 $10,000(約147万円)の罰金(出典:New Jersey Joins the Salary History "Ban" Wagon)
サンフランシスコ市の罰則は正直少し低すぎる印象があります。全ての週でニューヨーク市くらいのきつい罰則があってもいいと思います。いずれにせよ、このような法律の存在を知っておくことは、雇用主、求職者双方で重要であるでしょう。
アメリカのテック企業からオファーをもらうということは、日本人にとって未知なことが多いのはもちろんですが、時にはアメリカ人、場合によっては採用担当者すら知らない規制が存在します。今回のサラリーヒストリーに関する規制はその典型と言えるでしょう。この Note では、
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