猫鳴き症候群
今日は娘の個性について。
娘は2,312gと小さめではあったが元気に産まれてきてくれた。
でも、娘の産声は、
私が知っているそれとは少し違っていた。
産まれた瞬間からオギャーオギャーと泣き続けるのだと思っていたが、実際はニャ〜と1回泣いただけだった。
あまりにか細い声と、外の世界に出てきたことに気付いていないかのようなぽけーっとした表情が心配になり、「赤ちゃん元気ですか?」と助産師に尋ねたことを覚えている。
そんな不安を覚える初対面ではあったが、
保育器に入ることもなく、
娘は他の子と同じようにベビー室に並んだ。
するとどうだろう。
ベビー室で並んでいるどの赤ちゃんよりも泣き声がかわいい。
なんなら今まで聞いたどの赤ちゃんよりも泣き声がかわいい。
まるで子猫の鳴き声のようなかわいい声ではないか。
最初こそ不安がよぎったもののそれは一瞬のことで、娘の声を聞くたびに「かわいい〜」が止まらなくなった。
退院後のある日、病院を受診したときのこと。「声高いですよね〜」
と突然医者から言われた。
何も知らなかった私は、「そうそう、うちの子声がとってもかわいいんですよ〜」と誇らしいような気持ちで適当な返事をした。
そのとき医者が疑っていたのが
5p欠失症候群、別名「猫鳴き症候群」だ。
これがきっかけの1つで検査をすることになり、娘の病気は判明した。
その名の通り、猫が鳴くような声で鳴くからと、この別名が付けられたらしい。
猫みたいなんて失礼だと、
この別名を嫌う人もいるらしいが、
私個人としてはかわいくていいじゃないと思ったりしている。
ただ、やはり娘の声は“普通”ではなかったのだ。“普通”にしては、かわいすぎたのだ。
娘が背負って産まれてきた病気の大きな特徴を、私は何も知らずに気に入っていたわけだ。
ごめん。
と、思ったときもあったが、
それでいいのだと今は思う。
娘のかわいい声は、
それが病気の特徴であろうとなかろうと、
彼女が持って産まれてきた個性の1つだ。
私はそれが大好き。
それでいいのだ。
「障害は個性」
というのはよく聞く言葉だが、
こういうことなのかもしれないと実感した経験だった。
障害によるものだと知ったからといって変わることもなければ、変える必要もないのだ。
声に限った話ではない。
成長が遅いのも個性だと思うことにしよう。
3歳8ヶ月にして8キロしかない娘。
病気と知って“普通”と比べるから焦るが、
娘だけに目を向ければ、
ゆっくりではあるが確実に成長しているのだ。
「障害」は、私たち親子に紛れもない事実として突きつけられてはいるし、個性と呼ぶにはあまりにも厳しすぎると感じる現実も多々あるが、
それをできるだけ忘れて、
できるだけ境界をなくして、
できるだけフラットで軽やかに向き合いたいものだ。
自分が「障害」に分類されることなど微塵も気にせず幸せそうに笑う娘本人が何よりも綺麗なお手本だと感じる日々だ。