憧れの人を卒業する時の寂寥感
中学の時にとても好きだった英語の先生がいる。アラフォーの私が中学入学した頃に新卒で教師になったくらいの歳だったから、おそらく今はもう50歳くらいだろうか。ここでは仮に彼を山田としよう。
山田を好きになったのは、中学1年の頃。前述したがテストで100点を取った私についてクラスのみんなに「頑張ってるからだぞ」と言ってくれたからだ。承認欲求に飢えまくっていた私はその一言でイチコロになった。寝ても覚めても山田のことばかり考え、英語以外は一切勉強せずひたすら英語ばかり勉強していた。
だが所詮そこはまだまだケツの青い小娘。男を見る目なんぞ肥えちゃいない。山田は別にどうってことない普通の見た目だし、どちらかというと斜に構えて仕事して陰で愚痴を言っているような皮肉屋の冴えないやつだった。うっすらこいつイマイチじゃね?と思うようになってきたのは中学3年くらいの頃。同じ時期に山田が結婚したということもあり、山田への想いは線香のようにすうっと消えた。その後私は他の先生を好きになったり美容師に恋をしたりとそれは節操がなく、高校に入って彼氏が出来ると廊下を歩く山田なんか目にも入らなかった(中高一貫校)。唯一高校を卒業する時にそういえばと山田と写真を撮ったが、そんなことは撮った次の瞬間から忘却の彼方に追いやられ、私は自由な大学生活をエンジョイした。働き始めてからは山田どころか学生時代のことすら思い出さなかった。
そんな山田だが、思いがけず再会をすることになった。海外赴任前、学生時代のノリの良い友人と山田の話になり、「元気かな~会いたいな~」とぽろっと言ったら次の日には母校に連絡して「雨音海外行くから飲もう!」と誘ってくれた。いやノリ良すぎ。普通学校まで連絡する?鬼の行動力にびびったが、友人の親切心を無碍にしたくなかったし山田に会いたかったのも事実なので3人で会うことにした。卒業してから実に15年ぶり位だ。
久しぶりに会った山田は枯れ木も山の賑わいという言葉が全くもって嘘だと思える位ぶさまにハゲ散らかしていた。いやいやハゲは不可抗力だよな、頭部ではなく彼の内部に目を向けようと、大人同士の会話を期待した。月日が経ち、成長した教え子と同じ立場でしんみりと酒を飲む恩師。教え子の成長を喜び、時に恩師として静かにさらなる道しるべをする。おお良い構図じゃないか。だが期待とは正反対に山田の会話の多くは職場のしょうもない愚痴で溢れていた。簡単にまとめると山田は後輩に昇進を越され、職場内で腐って出世も出来ず、嫁には逃げられしかもその嫁が自分の後輩と再婚した(これには同情する)。こんな学校いつでも出て行ってやると言う割には転職活動もしない。今はお前らと同じくらいの年齢の女と遊んでいるとぬかす。こいつマジかよ・・・。
大人同士の会話はどこに行った。こっちが山田のレベルに落として話を聞いてあげているスタイルになった。あまりのレベルの低さに軽くショックを受けるが、山田がいないと英語は得意にならなかったわけで、英語が得意でないと海外赴任も目指さなかったわけで、海外に出られるのは山田のおかげであるという想いはあり、そこはしっかりと伝えようと思った。先生のおかげで英語が好きになって、先生のおかげで今私はここにいる。本当にありがとうございました。先生は私の恩師です。先生に教えてもらった英語を駆使して海外で頑張ります。愚痴ばかりの山田だったが、このときばかりは空を仰いで涙を浮かべていた。ありがとう、ありがとう、お前がこんなに立派になってくれて嬉しいよということを何度も言って、私が渡した海外で使う予定の名刺を大事そうに手のひらに包んでいた。友人は拍手をしてくれていた。そうそうこれこれ、こういうやつ。この日のハイライトだ。
おそらく山田は卒業生からそんなこと言われたことなかったのだろう。日々腐って仕事を流れ作業でこなして日銭を稼いだところで還元する家族はいない。自分より一回りほど若い女と遊んでいるという点だけにしか他人に誇れることがない。そもそもそれは誇れる点ではない。そんな時に新卒で面倒を見た教え子からそんな感謝の言葉かけられたら感無量、教師冥利に尽きるよな。私はそれを見越して上記の言葉を発した。今のお前、こういう言葉欲しいんだろ?だ。承認欲求に飢えていた私に優しい言葉をくれた山田への十年越しの御礼は、承認欲求に飢えている山田への優しい言葉だった。もちろん本心であったが、そこには彼への感謝や思いやりとともに若干の見下しがあった。もう彼には私たちに教えることなど何も残っていまい。それに気付いた時、悲しくもあり成長した自分を誇りにも想い、もう彼に会うことは二度とないだろうなと悟り寂しい気持ちになった。さようなら先生、さようなら先生に恋をしていた幼い私。そんな神妙な思いでいたが、山田がトイレに立った瞬間友人が「あいつどうしょうもないねー!うちら山田超えちゃったね!!」とカラっと言い放ち、たった1行で酒席2時間の総括をした。それな。
そして解散した後。帰る方向が同じだった山田とさらにもう一軒行って2人で飲み、翌朝5時起きで部活の遠征試合に行かなければいけない山田を酒でつぶして3時頃に共にタクシーに乗ったその時。「いい女になったな」と山田が肩に手を回して言い寄ってきた。お前・・!!この瞬間全ての幕が落ち、私は1万円を山田に叩きつけて「帰って寝ろ!!」と言って家路を急いだ。これが恋に恋した山田への最後の言葉となった。山田が部活の試合に行けたのかどうかは知るよしもない。今となってはそれも含めて良い思い出である。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?