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花見小話・紫苑

葉が出てきたけど、桜の花が咲き乱れていた。
散った花びらは絨毯となってびっしりと地面を覆う。
女の子ならば「わぁ」なんて嬉しそうな声を上げるのだろうか。
……いや、母親が花が好きだったから、そんなイメージがあるのかしれない。

巡回ついでに神宮寺家近くを歩いていると、公園の中に人影を見つけた。
桜に囲まれた少女はその光景から可愛らしく見えて、だけど物思いに耽るその表情は何を考えているのか分からない。
だから、ほんの興味。
僕はその背に声をかけた。

「ひーよりちゃん」
「わっ……兄さん…!びっくりしました」

日和は驚いたようにこちらを振り向く。
どうやら僕が近くに来たことには気付いていなかったみたいだ。

「こんな所に一人でどうしたの?もしかしてお花見してた?」
「いえ…その……そう、なのでしょうか?分かりません」

興味を織り交ぜた質問は何故か曖昧な返事をされた。
日和は地面に落ちた花を拾って眺めるとぽそりと溢すように言葉を吐く。

「……私、桜の花がこんなに綺麗なんだって、初めて知りました。ただ歩いていたらこの公園が目に入って、中に入ってこんなにも沢山の桜が咲いて、地面もピンクに染まって、初めて綺麗で素敵な景色だなって思ったんです。私、術士の皆さんに会うまでは何にも興味を持ちませんでした。人も、物も、景色も、何もかも全部興味を持てなかったんです。
もしかしたら……興味を持つ余裕すらなかったのかもしれませんが……」

呟くその表情は憂いていた。
日和も家族を失っている人間だ。その悲しみが簡単に癒えることは無いだろう。
僕だってその一人だ。
その言葉には受け止めることしか出来ず、僕は「そっか」と淡白な返事しかできなかった。
そんな中で日和は「それに」と更に言葉を続ける。

「この公園、私をここまで育ててくれたおじいちゃんが亡くなった場所なんです」
「……!」
「あの時、おじいちゃんは突然私の前から消えて…私は明るい夜の中に閉じ込められました。その後波音に会って、おじいちゃんを探して貰って、やっと見つかったのがこの公園……顔しか見られなかったけど、でも、私は…そんなおじいちゃんが見つかって、安堵しました」
「え……?」
「小さい頃にお父さんが亡くなったのを経験しているからでしょうか。
でも居なくなったおじいちゃんが、もしかしたらもう二度と会えないんじゃないかって…そんな悲しさとか恐怖とか…そっちの方が怖かったです」

体に呪いを付けている僕に、きっとのその感情はまだ理解できないのだろう。
その言葉は全てを受け入れた上での結論として出した物だろう、ということだけは理解できた。
ああ、駄目だな。
この子はきっと、僕よりももっと大人で前を向いている……眩しい存在だ。

「……そっか。日和ちゃんは、強いね」
「そんなことないです。……私、今ちょっとだけ後悔してます」
「後悔?」
「この綺麗な景色を、おじいちゃんともっと共有してあげられたらなって……。私のこと、全部済んでからこんなことを思うなんて…と、ちょっと感傷に浸ってました」

妹はにこりと微笑む。
だけどそれは自嘲だってことは、よく分かった。
ああ、気持ちの処理は上手なのに、不器用だな。

「そうだね。でも……今の皆でなら、共有できるでしょ?」
「え?」
「波音ちゃんや夏樹君だって居るでしょ。なんならずっと家に引き籠ってる師隼や麗那さんだって居る。一緒にいる皆とは、共有してあげないの?
やるなら今の内。"後悔先に立たず"って言うでしょ?」
「やるなら……確かにそうですね」

再び微笑む日和の表情は、さっきと打って変わって明るくなった。
まるでそんな発想はありませんでしたとでも言うように。
いや、もしかしたら本心なのかもしれない。
先日人との距離感や付き合いの感覚が麻痺してると理解したばかりだ。

「今まで出来なかったことは、これからやってけばいいんだよ。時間は沢山あるよね?それとも……ああ、竜牙とこの桜を見たかった?それなら僕が竜牙として振舞ってあげようか?」
「にっ、兄さんは竜牙じゃありません…!」

ふざけて言えば日和はぼっ、と顔を桜よりも赤く染める。
ちょっと前に起こしたおふざけはまだ効いてくれるらしい。

「綺麗な花だな、日和にはとても似合う。いっそこの時間も替わりに共有してやろうか?」
「声を低くしてかっこよく言わないでくださいっ!」
「あ、もしかして似てた?」

日和は図星だったようで顔を両手で覆う。
やっぱりそういう面白い反応があると、ついついやってしまう。
意地悪しないって約束したのにな。
「むぅ」とむくれる妹の反応が悪戯を働いてしまう心に餌をやってる事に、どうか気付いてほしい。
多分無理だな。純粋過ぎて。
ついでにもうちょっと練習しておこうかな。そろそろ式紙も手に入る頃だから。

「ごめんごめん。でもこの桜、葉っぱが少しずつ見えてるから早めにね。あっという間に散っちゃうよ?」
「あぅ……そうですね。波音や夏樹君を呼んで、お花見してみようと思います」

少し落ち着けたらしい日和は小さく頷いて笑う。
そこに最初の少し寂し気な背中は見えなかった。
……良かった。


それから数日後。日和は波音や夏樹と本当に花見をしたらしい。
らしいっていうのは……そこに"甘い食べ物"が一緒にあったらしいから僕は参加しなかった。
いつかもない未来、僕は妹達とそういうことをするのだろうか。
いや……僕は母さんと過ごす、この毎日で十分だ。

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