バレンタイン小話。
中身の前に、まずは読者を殺してしまう作品になってしまったことを謝罪させていただきます。
また、時期の都合上完全なif話となっております。
日和×竜牙での進行ですのでそちらもご注意を。
・弥生生きてるよ
・小鳥遊家騒動後
・寧ろ皆いるよ
の状態でスタートします。
お楽しみにー。
バレンタイン(IF)
それは2月13日、弥生の誕生日が過ぎてすぐのことだった。
「日和ってさぁー、バレンタインのチョコとか贈らないの?」
机に立て肘を付いて、弥生は問う。
残念ながらバレンタインもチョコを渡すという文化も頭にない日和は首を傾げた。
「バレンタイン…?……って、あの、血の……」
「歴史から離れよ?普通に好きな人にチョコを送る文化の話だよ」
「……」
弥生は即座に日和にツッコむ。
日和の眉間には皺が寄り、口が少し不服さを訴えている。
その様子からバレンタインが本当に興味がない行事であることを物語っていた。
「もー、男の子は常にドキドキだし女のコなら絶対盛り上がり必至のイベントなのにぃ。今でも遅くないから準備しよ??」
「えっ……んー……でも、何をどうするのか知らないよ?」
「バレンタインは好きな人にお菓子をプレゼントする日!ほらほら、日和が気になるお菓子とか売ってるかも!?いこいこ!」
日和の眉間は皺が寄ったままだ。
不服は消えたが納得していないのだろう。
興味のないことには消極的な日和らしい、と弥生は小さく笑った。
「基本は手作りだけど、お店だってすっごく美味しいの沢山準備してるんだから♪ほら、今日は予定ないんでしょ?いこーよ!」
「わ…分かったよ…!」
確かに予定はない。
そんな話を日和は今朝したばかりだった。
拒否する理由もない日和は了承するしかなかった。
***
「よし、日和行くよー!」
放課後になり、日和は早速弥生に拉致られた。
向かう先は勿論商店街。
しかしその中でも――オフィス街に近い百貨店に連れられた。
ここは昔からずっとある老舗だが、入るのは初めてだ。
「ここのね、バレンタインフェアが明日の昼までだったの!でも明日って学校だから行けるの今日までだったんだよねぇー」
「でも、元々ここに来る予定だったんでしょ?」
「へへ、バレたかー」
にこにこと楽しそうに笑顔を向ける弥生に日和はついツッコミを入れてしまう。
だけど目の前に広がるのは数多の種類のチョココーナーだ。
お菓子の数もさることながら、当然人も多く混雑している。
のんびり見回るような余裕はなさそうだ。
「ほんっと沢山あるから見てこー!」
「う、うん…」
販売されてるチョコは量も形も様々だ。
動物の姿をしたものから葉っぱの形、中には惑星柄もある。
美味しそう……ではあるが、どちらかというとどのようにして作っているかが日和は気になってしまう。
お茶やオレンジを使ったものや、中に酒が入ったもの、最近お菓子を少し作った日和には気になるものばかりだ。
だから興味は自然とズレていく。
販売コーナーから少しずつ逸れて、日和はふらふらと製菓コーナーへと向かう。
「ふふーん、日和はなにか選んだかな…!?……あれ?」
自分の好みでチョコを選んでいた弥生は首を傾げた。
だって思ったところに日和はいないのだから。
弥生は日和を探して彷徨い……その姿を見つけた。
「あっ…!ふふ、日和ったら流石だなぁ」
日和は真剣に製菓コーナーを見ている。
物を贈り合うだけでも満足する予定だった弥生の心は躍った。
その後二人は戦利品を持ち帰り家に帰る。
日和は置野家の調理場を借りて購入物を広げた。
「あら日和様、お菓子作りですか?」
「明日はバレンタインですものねぇ。誰に贈られるんです?」
当然のことながら置野家の使用人達は活力がある。
日和の様子を見てはにこにこと笑顔を向けられた。
「えっと……」
日和は少しだけ悩んでいた。
トリュフのページを開き手で丸めながら、誰に贈ろうかと。
そもそもバレンタインとは何故人にお菓子を贈るのだろうか?
「……だめですよね、ちゃんと一生懸命作らないと……」
バレンタイン当日、下駄箱のロッカーを開けるとお菓子箱で埋まっていた。
「……わぁ…」
流石にそうなるとは予想できず、貰った箱は波音や夕貴、美南と媛芽で分けて食べた。
弥生からは昨日店で買ったであろうお菓子を貰い、昨日作ったお菓子をあげた。
「日和からの手作り……!めっちゃ嬉しいんだけど…!!」と嬉しそうで良かった。
昼食時には波音や正也、玲にも贈り、日和は家に帰る。
部屋に戻れば……――1つだけ箱が残っていた。
食べてくれるかは分からない。
だけど色々考えていたら、特別になってしまったものだ。
「――日和、入るぞ」
部屋のノックが鳴って日和は振り返る。
今から正也と巡回であるだろうに、竜牙が来てくれていた。
「竜牙…今、大丈夫なんですか?」
「多少遅れても問題ないだろう。だが、昼間の日和の様子が気になった。落ち着きがないように見えたが……どうした?」
そんなにそわそわしていただろうか。
もしかしたら無意識に出ていたのかもしれない。
なんだか見透かされた気がして、日和は少し恥ずかしくなりながらも答える。
「竜牙は何でもお見通し…ですね。実は、昨日お菓子をまた作ったんです。よかったら…食べてくれませんか?」
机に置かれた箱を手に取り、日和は竜牙に差し出す。
竜牙は味覚が弱い為にあまり食べ物を口にしない。
以前のクッキーは食べてくれたが喜んでくれるだろうか…妙に心臓の響きが目立つ。
「……日和は菓子作りが好きだな。頂こう」
竜牙は手を伸ばして箱を受け取る。
包装のリボンを丁寧に外して箱を開けると、トリュフを掴んで口に入れた。
きゅっ、と竜牙の眉間に皺が寄る。
「……日和、何を想ってこれを作った?」
じっと向けられる視線が怖い。
そう、再びである。
あまり気にしないように作ったつもりが、この最後に作ったものだけ込められてしまった。
「そ、その……皆には普通の気持ちで作れたんですが、竜牙も食べてくれるかなと作っていたら…」
「盛り込んだんだな?」
返す言葉もない。
観念するように小さく頷く日和に、竜牙はふっと笑うと頭を撫でた。
「竜牙、あの……」
「ん?」
「その……好きです。竜牙は、私の特別ですから…」
「……日和、ありがとう」
頭に乗った手は耳に被った頬に移動し、突然その距離は近付く。
唇が触れ合って、控えめに微笑む竜牙に顔が熱くなって、倒れそうなくらいの目まいを感じた。
「菓子は、美味い…と思う。相変わらず味に対して何も言ってやれないが、気持ちは嬉しい」
「あ、のっ…」
「じゃあ、行ってくる」
「はい…!あの……気をつけて」
「ああ」
竜牙は再び日和の頭を撫でて部屋を出ていく。
これが幸せだろうか。
熱はずっと引かなくて、心は何かに埋め尽くされて。
初めて人に気持ちを込めた物を贈ることを知った。
こんなの何の比にもならない。
この気持ちがずっと続けばいい、そんなことを思った。