ある猫の話
わたしは、生まれた時からひとりだった。
けれど、悲しくはなかった。
だって、ずっとひとりだったから。
生きていくには、ひとりの方が都合がいい。
守るべきものもいない。
自分の身さえ守って、
生きていける分のごはんにさえありつければ
それで明日を生きていけるからだ。
何年生きたのかも分からない。
たまに人間はわたしにごはんをくれたし、
それなりに楽には
生きていけていたかもしれない。
気まぐれに散歩をしていたとき、窓から
悲しそうな顔をした女の子が見えた。
彼女はベッドに寝たきりで、何回か訪れても、
いつも同じ場所で外を見ていた。
彼女に近づいたのは、興味本位だ。
いつも同じ景色を眺めていて、
退屈じゃないのか。
だけど少女は、退屈などはしていなかった。
自分で世界を作って、
その中で旅をしているのだ。
たくさんの外を見てきたわたしでも知らない、
彼女が作り出したたくさんの世界。
彼女が作った世界は、
どれも優しい世界だった。
縄張り争いも、ごはんの取り合いもない、
誰もが幸せに生きられる楽しい世界。
そんな世界で生きていけたなら、どれだけ
素敵なことだろう。
毎日彼女に会いに行く中、彼女は日に日に
弱っていった。
病気になった猫も、こうやって死んでいった。
彼女の命は、おそらく長くないだろう。
彼女は、わたしにこう言った。
「わたしが猫だったら、あなたと
お話できるのに」
叶うことならば、彼女の願いを
叶えてあげたい。
そして、彼女と一緒に外の世界を歩くのだ。
外を知らない彼女に、わたしが知っている
世界を教えてあげたい。
彼女は泣きながら、
「あなたと一緒にいられなくなるのは、嫌だ」
と言った。
わたしも、もっと君と一緒にいたい。
君が作った世界を、もっとわたしに
教えてほしい。
少女の目から溢れる涙を、零れないように
舐めとる。
けれど彼女は、たくさんの涙を流しながら、
深い眠りについた。
きっと、もう彼女が目を覚ますことは
無いだろう。
彼女の願いを、叶えてあげたい。
わたしの全てをかけて、神様に祈った。
「わたしの命を全部彼女にあげて。
彼女の夢を叶えてあげたい。」
すると神様は、わたしが祈ったのとは
違う形で、願いを叶えてくれた。
「あなたが、彼女の夢を叶えてあげるのです。
あなたと彼女を、同じ場所で
転生させてあげましょう。」
神様がそう言うと、彼女の魂がわたしの中に
入ってきた。
そして、世界が光に包まれ、わたしは思わず
目を閉じた。