プロフィールと始めた理由
はじめまして、なりと申します。
24年5月に約10年過ごした東京を離れ、妻と1歳の子供を引き連れ滋賀の実家にUターンし、新たな生活・キャリアを築く節目を迎えています。
これを機に感じたこと、思ったことを発信していければと考え、noteを始めることにしました。
簡単にプロフィールや今後の方向性をまとめておきますので、是非ご覧になっていただけると幸いです。
プロフィール
滋賀県生まれの30代。
同志社大学卒業後は某飲料メーカーに入社し、営業として一都三県の食品卸や量販店を担当しました。2年弱在籍した後、某人材会社に営業として転職しました。法人担当として中小・ベンチャーから大企業まで約200社の採用を支援させていただきました。途中から年収800万以上の転職希望者のサポートも同時に行うことになり、数100名の方をご支援させていただきました。在籍としては約5年間で私のキャリア上最長記録です。
そして現在といっても6末退職予定ですが、某コンサルティングファームに在籍しております。主に新規プロダクト開発プロジェクトの業務側PMOとして
働いていました。ちなみにここには1年間しか在籍していないのでコンサルを名乗るのも恥ずかしいレベルです。
30代前半にして4社目、エージェントからも次の会社で腰据えないと結構厳しいよと言われる、割とジョブホッパー気質な人間です。逆に毛色の違う会社を渡り歩いてきたから見える違いや転職のコツなどは知っているかなと。
noteを始めた理由
前々から書いてみたいと思い、アカウントは持っていたものの2年間放置してしまっている状態でした。このタイミングで本格的に始めようと決心したのは主に以下の理由です。
Uターンという選択をしたことで見えたキャリア・人生の方向性を言葉に残しておきたいと考えたこと。
アウトプットを意識せずインプットを続けたことで、インプット過多になり消化不良を起こしてしまっている状態に危機感を感じたこと。
それぞれ簡単に説明させてください。
まず1つ目の
について。
23年4月に現職に転職した当時は、3−5年程度在籍しマネージャーになった後、30後半に差し掛かるタイミングで事業会社に戻るというキャリアをイメージしていました。1年でシニアコンサルタントに昇進できたこともあり、順当に目標に近づけている感覚を持っていました。
にも関わらずこのタイミングでUターンを決めたのは、父の死がきっかけでした。
亡くなる数週間前に「実家を頼んだ」と言われ、東京に出てきて一度も考えたことがなかった滋賀へのUターンが現実味を帯びました。
イメージしていたキャリアを180度近く転換させる必要が出た時、何を感じ、どう意思決定してきたのかを言語化しておくことは自分にとっても、また類似した悩みを持つ人にとっても意味のあることではないかと感じたことが理由の1つ目です。
次に2つ目の
ついて。
1つ目の理由にも少し関わりますが、何か大きな意思決定が必要な自分のキャパシティーを超えるような悩みにぶつかった時、私は何を解決したいのかがあやふやなまま、ぼんやりと心にある不安・悩みを解決してくれそうなインプットに逃げてしまう癖があります。
例えば、大量に本を買い込んだり、ネット検索で出てきた記事を読み込んだりがわかりやすい行動例でしょうか。
その瞬間は「あっ、おんなじ悩みを抱えている人がいるんだ」「感じてることは間違ってないんだ」と安心感を得ることができます。が、当然のことながらその著者は私と同じ境遇にはいないのであくまで気休めに過ぎず、「自分はどんな悩みを解決したいのか」「そのインプットは悩みを解決するものなのか」まで考えて初めて、自分自身の悩みが解決されます。そうしなければ、自分で自分の傷を舐めるための情報を探しただけになってしまいます。
※ただまずは自分を慰めないとなかなか前に進むスタートラインに立てないので、気休めはものすごく大事だと思っています。
つまり、自身の身の回りで起こる様々なことの内、何かしら心に引っかかる事象と出会った際に、
表現は様々ですがテーマなり論点なり、大きな問いを自分の中で立てる
そして、それらを明らかにするインプットを行う
最後に現時点での自分なりのアウトプットを行う
の3ステップを経ず、に2.のインプットに逃げ続けると、自分で自分の傷を舐め続ける成長のない人間になってしまうのではないかということに危惧を覚えたことが2つ目の理由です。
発信の方向性
書きながらになっていきそうですが、
Uターンして生活する中で見えてきたことや、キャリア選択における考え方や参考になった書籍の紹介、時事ネタから感じたことなどを発信していければと考えています。
アウトプットの難しさをひしひしと感じており、三日坊主にならないよう意識して取り組んでいきたいなと思っています。