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「◯◯するな」という指示は精神的に追い込まれる

最近、監督に怒られる回数が増えてきた気がする。なんていうか褒められなくなったというか。ボールを絶対に奪われるな、失うなと何度も言われて、自分でもわかってるのに言われるから余計に空回りして熱くなってイライラして…。もうやめてしまいたいような精神状態だった⤵︎

2007年9月28日

2007年9月28日のノートに、こう書かれていました。

基本的に2007年に書かれていることは、怒られないためにがモチベーションになっていて、どうやったら褒められるか、怒られないか。

これを読んで、指導者、マネージャーの立場にいる皆さんはどう思いましたか?

13年前のことなので今とは全く違う状況であり環境ですが、こんな気持ちで毎日サッカーをやっていました。

その中で、自分なりに楽しさを見つけようとしたり、上手くなろうと一生懸命になったり、自己肯定をしたり、でも、とにかく周りの評価のために必死でした。

ボールを失わないように、奪われないようにという意識でプレーすればどうなるかというのは今でこそわかりますが、当時19歳だった私は自分がプレーしている目的もはっきりわからず、他人の評価の上だけで生きていたような感じだったと思います。

身体のキレが出ない、心と身体がなかなか一致しない、そんな状態で毎日トレーニングし、試合に出たり出なかったり、結果も思うようにでないその中でも失敗を恐れずチャレンジをするんだ!っていう強い気持ちの19歳の私の熱い想いがノートから伝わってきました。


今日も怒られた。監督は人が変わってしまったのか怒ることしかしなくなったような気がする。気のせいかな。今日言われたのは、プレーに余裕がない。だから雑になる。もっと周りを見ろ。失うな、という感じのこと。自分でも変えようと努力してる。プレーに余裕がないのは気持ちに余裕がないから。

怒られることに対する慣れっていうのは怖いもので、幼い頃から怒られることが当たり前たるだった家庭環境でもあったので、他人の評価を常に気にして生きる生き方というのはその時から構築されていったのかなと、自分では分析しています。

当時の私は、こんなことも言っていました。

気持ちに余裕をもとうとすると、プレーがしっかりできなくなるから身体が硬くなってしまう気がする。

気持ちに余裕を持とうとするのは手段ではなくてあくまでも結果。だからこういった現象が起きていたんだなぁと今はわかります。当時はわかりませんし、そんなことを教えてくれる人もいませんでした。

技術に対する自信がなければ気持ちに余裕は生まれませんし、自信のないことをするわけですから、当然身体は硬直してしまいます。

◯◯するな、というネガティヴなことを言われたら当然失敗を恐れますし、身体は硬直します。そんな状況でリラックスしろっていうのは難易度高めです。特に若い時ならなおさら。

ただ、今でも練習中怒鳴られたりすることはあります。でも、あの時とは受け止め方を変えています。それが自分を苦しめない方法の一つ。


否定的なことをいったり、怒鳴ったりする指導者が少しでも減ったらいいな。

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永里 優季
みんなが協力しあって生きていける社会へ。愛と共感力で、豊かな世界を創っていきたい。サッカーが私にもたらしてくれた恩恵を、今度は世界に還元していきたいです。