テセウスのかわいい私2
コンプレックスって、ナルシシズム化しやすい。自分に興味を持ち続けるってすごく苦痛。一挙一動に、違和感が付き纏う。息してる時、ブサイクかも。ご飯食べてる時、気持ち悪いかも。会話してる時、醜いかも。誰かわからないしてるの"かも"に指摘されて、呼吸をするのが苦しくなる。それでも誰よりもわたしがわたしに興味がある、誰かのインスタの投稿よりも今日の盛れてるわたしの写真にしか興味が無い。よく「自分大好きだね。」なんて言われると拍子抜けした顔をしてしまう。欠けてるところを補い続けたらこうなっちゃっただけなのに。複雑化した劣等感に当てた癖がこの年齢になっても消えない。そんなのものの副産物がナルシストなんて言われてしまう。
2023年8月 大事なわたしの夏を犠牲に整形した。今までの生ぬるいプロテーゼ入れるとかじゃなくて顔面の骨をガッツリ切った。生きてきた最大のコンプレックスを処理してやった。ずっとこれだけは治さないと死ねないと思うほどに、思い続けてきた。Xデー前日は眠ることが出来なくて、麻酔から目覚めた苦痛を想像しては冷や汗。そんなに怖い思いをしながらも私の足は軽やかに弾みながらクリニックへと向かう。手術室のベットに横たわると体が鉛みたいに強張り、「怖い」と声を出せないほどに緊張していた。リラックスを忘れた右手は側にいた看護師さんの袖をこれ以上ない圧力で握り、笑気麻酔を当てられた瞬間に床に落ちた。生まれた時、奇形児レベルの出っ歯で嫌な思いをたくさんしてきた。口を閉じようとする時、ご飯を食べる時、話をする時、全ての口の動きに思念が付きまとう。ただ突出してるだけなのにジンジン疼いて怪我してるみたいに意識させられる。だからこれだけは殺さないといけないと思い続けていた。
麻酔、スキップから目が覚める。第一感超激痛。起きて何回も何回も何回も死にたいって思った。息できない前がうまく見えない痛みで寝られない。不安不安不安不安、パンパンの顔を見ながら完成系が上手くイメージできない。DT6ヶ月目、第二感不明。かわいくなったのか本当によくわからない。「やってよかった?」というクエッションに胸を張って「はい。」とは言えない。それでも終わったらから言えることがたくさんたくさーんある。
ひとつは、意外と思ってたより自由だったのかもってこと。呪いみたいなものだった、強迫的な観念に支配されてた。高校生の頃を思い出した。移動教室も一緒に行くような友達が髪型を変えて登校した。みんな、彼女をかわいいってチヤホヤして騒ぎ立てた。そういえばあの子クラスで一番可愛いんだった、忘れてた。私は素直に「かわいい」っていえなかった。その場の全ての光景がゲロ吐きそうなくらい違和感。素直に言えばいいのに、劣等感と自尊心が捏ねられて喉奥で詰まってしまう。その不安定さの正体を突き詰めたところで、彼女と並べられたかわいくない私の顔の価値へと帰還してしまう。
ふたつには、それでもまだ見た目に執着するってこと。なんて幼稚、でも可愛くないと心が湧かないんだもん。Twitterのタイムラインをみて可愛い子を見つけるたびにモチベーションと焦燥感がダンスする。私が過ごしてるこの1秒1秒にもっと世界が可愛くなってしまう。はやくしなきゃ、がんばらなきゃ、追いつかなきゃ、フォローして擬似的な自慰を繰り返す。自分がカービィだったら取り込んでモノにしちゃうのに、そんな感じでいいねを押しまくる。可愛くなった自分の姿妄想して大興奮。数日すると、最新のアルゴリズムを強く憎む。おすすめに出てくる顔整いみて鬱。整形しても無駄、毎回毎回基準が上がって満足しない。ありきたりな話、この繰り返し、私の毎日。
20XX年 整形済みのかわいいを売りにしてるインフルエンサーの〇〇ちゃんが亡くなった。「よかった。」とアンサーできない私にとって整形は魔法じゃないけど、明日もっと自分を愛せるかもしれないという救いではある。そんな心境の中聞いた彼女の凶報で絶望した。散々、女の子を可愛くして恋して勉強して仕事して悲しんで病んできたのに、メスの投入を繰り返してきたあの顔も、最後にはただの死体になるだけなんだ。私たちが守ってきた正義とか、結局天国か地獄か閻魔様が決めるんだと思うとしょうもない。なーんだ、この世界ってつまんないじゃん。