100日企画 #かなんちゃんとあそぼ 全文公開(未公開シーンあり)
「一生忘れない一日にしたい!目一杯はしゃいでいたい!」
【まえがき】
この100日企画は、中井みことがついったさん(現在:X)で何気な〜く始めた140文字小説オムニバスで、舞台は勿論ラブライブ!サンシャイン!!の舞台・静岡県沼津市内浦。
私自身、高海千歌ちゃんと松浦果南ちゃん、そして渡辺曜ちゃんの幼なじみトリオ「ようちかなん」が大好きで、今回は小さい頃から3人が遊んでいたノリがどんどんAqoursの他のメンバーに波及し、最後は千歌と果南の本当の関係性について掘り下げていく、という構成です。
12月16日、最終回を投稿したのを機に「全文公開して小説にしてみよう」という構想に至り、当時投稿していた内容に「未公開シーン」や「補足」を加え(加筆した回は☆を付す)、本日は「#かなんちゃんとあそぼ 完全版」をお送りします。
【1】
土曜日、朝起きたら朝ご飯も食べずに、向こう岸をじっと見つめる。待ち遠しくあの子を待つ姿は、小さい頃から変わらない。ポニーテールが揺れる。すると……
🍊「かなんちゃーん!!」
楽しい楽しい土曜日の始まり。
【2】
船の排気の匂いが近づいてくる。船が淡島に接岸するや否や、飛び出してくる少女の影。
🍊「果南ちゃん来たよ!」
🐬「んもぅ、朝から元気だなあ千歌は」
これから何して遊ぶ?折角の快晴なら、海に行くっきゃない。2人の服の下は既に水着。
【3】
🍊「今日はどの辺?」
🐬「裏まで行っちゃうか」
表は水族館や鞠莉ん家のホテルで人がいっぱいだけど、このカラフルなトンネルを抜けると私たちだけの遊び場。海軍桟橋近くの岩場は、昔っから千歌と曜とでよく遊んだ思い出の場所。
【4】☆
🐬「準備万端!」
🍊「早!もう果南ちゃん服脱いだの?!」
ここの浅瀬はウェットスーツ1枚あれば日が暮れるまで遊べる、果南ちゃんの秘密の遊び場。
少し潜れば綺麗なサンゴや魚がいっぱい。こんな海が近くにあるなんてチカ、内浦生まれで本当に良かったな。
🐬「ほら!ボーッとしてないて千歌もウェットスーツ着る!」
🍊「痛い痛い!んもう、果南ちゃんは強引だなあ!」
🐬「このウェットスーツ新しいから着にくいよ。ほら、千歌の今まで着てたやつ、お尻のとこがちんちくりんになったからね」
🍊「もう!それってチカが太ったとか言いたいんでしょ!」
この小競り合いも十何年やってきたことか。
【5】
9月の海は少し寒い。意気揚々と遊びに来たは良いけど、海の水が冷たい。
🐬「ほら、ウェットスーツ着ればぬくぬくでしょ?」バシャァ
🍊「いや冷たいもんは冷たいの!」
果南ちゃんが水を掛けてくる。じゃあこっちもお返し。身体動かしたら少しは温かくなるかな……?
【6】
ふと波に揺れる鏡写しの自分と千歌の顔を見つめてみる。そこに1匹の魚が通っていく。そして、千歌の頭らへんにちょこんと止まる。
🐬「あ、アホ毛2本」
🍊「ほんとだ」
ほんの些細なことでも笑い合える。誰でも仲良くなれる私の秘密のビーチ。
【7】☆
🍊「あ、クラゲだ〜」
🐬「待って。刺されたら納豆でアレルギー起こしちゃうからさ。ほら、手袋」
9月ということもありクラゲが内浦の海をウヨウヨ。2人でクラゲを手で掬ってみる。
🍊「あははっ、くすぐったい」
🐬「手袋越しなのに感触めちゃくちゃある」
マリングローブ越しに命の鼓動を感じる。私も千歌たちも、海の生き物たちも、みんな内浦で生きてるんだ。
【8】☆
今日はシュノーケリングで海中へ。ゴーグルとシュノーケルを装着、フィンもお忘れなく。テーブルロックの辺りから海にエントリー、果南ちゃんに手を引かれて深いところに突き進んでいく。
……思えば数ヶ月前。よーちゃんと梨子ちゃんと潜った時、最初は暗くて怖い海に思えたのに。そこに差し込んだ光。
天気ひとつでこんなにも印象が変わるんだね。内浦の海って。
【9】
凪いでいてとても静かな海中。自分の呼吸音と心臓の鼓動しか聞こえない中で、目を瞑ると幽かに聞いた事あるような音がする。
ある。記憶に確かにある。海底から轟くように内浦の海に響いてる「海の音」。
ゴーグル越しに見えるのはひたすらに青。音源はどこに……?
【10】☆
……危ない!!
海の音に夢中になっていたんだろうか。潮に流されかけていたのに気づいていなかった千歌。なんとか千歌の足首を掴んで事なきを得た。
🍊「……ごめん」
🐬「無事でよかった」
🍊「もしこのまま行っちゃってたら……」
🐬「沖に流されるのもそうだけど、下手し海底に引きずり込まれてた。水深的にも一寸先は闇だよ、内浦湾は」
いつだってバディは一緒。水面上で安堵のハグを交わす。
【11】
🍊「果南ちゃんも聞こえた?」
🐬「聞こえるよそりゃ。鞠莉にもダイヤにも聞こえるはずだよ」
潜るのはやめて海の上に浮かぶ2人。やっぱり果南ちゃんにも聞こえてたんだ。この内浦という小さな街で生きる人って、誰にでも聞こえるんだろうか。海の音って……
【12】
🍊「花丸ちゃんたちにも聞こえるのかなあ」
🐬「きっとそうだよ」
ゆらゆらと揺れる水面に浮かぶ2人。根拠があるわけじゃないけど、1年生たちにも聞こえるよね、きっと。あの海の音がAqoursを結びつけたって言っても不思議じゃないよね……。
【13】☆
海から上がってちょっと一息。雲は流れ潮風が右頬を撫でていく。果南ちゃんがおもむろにクーラーボックスからラムネの瓶を取り出す。
🍊🐬「かんぱーい」
小さい頃からずっと遊んだ後は必ずラムネ。この海を眺めて飲むラムネは何ものにも代えられない。ウェットスーツを半脱ぎして、上半身全体で浴びる9月の湿っぽく生ぬるい風も、割と涼しくて悪いもんじゃない。
【14】
いっぱい遊んでお腹が空いた。ビショビショのままトンネルを通り家に戻る。2人の足跡と、半脱ぎのウェットスーツの袖から滴り落ちる4本の水滴の跡。
何気ない日々の思い出は、水滴のように蒸発して消えていきそう。でも、それの繰り返しで消えないものになる。きっと。
【15】
🍊「とうちゃーく」
🐬「千歌、もうここで脱いじゃいな。塩抜きしちゃうから」
タンクが整然と並んだ果南ちゃん家のウッドテラス。バックヤードもないから全部ここで済ますのが果南ちゃん流。馴れた手つきで、プラ舟に張った淡水にウェットスーツを浸していく。
【16】
ゴーグルとシュノーケルもプラ舟に浸し、あとは待つだけ……だが
🐬「おりゃー!!」ブシャアア
🍊「冷たい冷たい!!笑」
結局最後は水浴び合戦。ホースの水は全開、暴れるホースを巧みに操ってハイドロポンプを千歌にお見舞いだ!!
🍊「もうこれじゃ……シャワー要らないね」
🐬「今ぐらい蒸し暑い季節だと、ガッツリダイビングした時ぐらいしか温水シャワー使わないもんね」
【17】
水遊びでビシャビシャのテラスで雑談。
🐬「かき氷食べてく?」
🍊「あ、そうそう。実はチカの家でね…」
千歌の提案。実は十千万でとあるメニューが開発されたらしく、私に是非とも食べさせたいという。私は二つ返事で頷き、船の方へ走る。
【18】☆
エンジンをかけて千歌の到着を待つ。この船は私が幼い頃からあったそこそこのボロ船。それでも父さんやおじいの手入れのおかげで、まだまだ内浦の海で頑張ってる。おまけに、私の操船にはおじいが無言で付き合ってくれてる。
🐬「さ、出発するよ」
昼間の気温も下がってきて、海風が濡れた身体を乾かしてくれる。船の往来があまりない昼間の内浦。千歌と私だけの船が、凪いだ海を三津浜の方へ突き進む。
【19】
🐬「ふぅー、着いた着いた」
🍊「……え?」
🎹「か、果南ちゃん?!千歌ちゃんも?!」
⛵「なんで2人ともビショビショ……?」
桟橋を降りるとまさかの見慣れた顔。お互いびっくりして桟橋の上で硬直。すると果南ちゃんが一言。
🐬「よし、4人で遊ぼうか」
【20】☆
🎹「……へ?!わ、私朝起きたばっかりだよ?!」
⛵「いいじゃんいいじゃん、今週末は宿題もないんだしさ。梨子ちゃんも遊ぼうよ!」
🍊「そうだよ!チカもよーちゃんと梨子ちゃんとあんま遊んだことないんだもん!」
🎹「そ、そこまで言うなら……」
おじいが乗る船は淡島に帰っていき、再び静寂に包まれた三津浜が戻ってくる。
⛵「千歌ちゃんいいなー」
🍊「えへへー」
🐬「今日は凪いでたし気持ちよかった」
いつもの浜辺に座る4人。どれだけ大人数になっても皆果南ちゃんの元に集まってくる。2年生組も果南ちゃんのおかげで集まれたようなもんだし。果南ちゃんとのお喋りで、夢のように時間が過ぎる。
【21】☆
びしょ濡れの千歌と果南のお尻と足は砂にまみれ、十千万旅館の方に一目散に風呂に入りに行くと思いきや、みかん色のノボリを千歌が指さす。
🍊「じゃん!これをみんなに食べてもらいたくて」
こんこんゆきみかん。誰が名付けたんだろうか。でも、千歌が猛烈に推すのも納得のネーミング。しかも、こんなノボリまで作ってたとは……。
🐬「もしかして……千歌が作るの?」
🍊「もっちろん!!」
【22】
わん!
🍊「しいたけ〜、お客さんもいるから大人しくしな〜」
日帰り入浴のお客さんを出迎えるしいたけ。でも果南ちゃんたちの顔を見るなりテンション爆上げ。
梨子ちゃんもすっかり慣れた手つきで頭を撫でてる。やっぱりしいたけは家族だもん、嬉しく思えるよね。
【23】☆
十千万の重いガラス扉をガラガラと開けると、冷房の効いた涼しい風に乗って、ほんのりみかんの香りがしてくる。
🐬「こんにちわー」
🍊「おかあさーん、今から4人でお風呂入っていいー?」
小さい頃から見慣れてきた十千万のロビーの風景。今日は志満姉ではなくお母さんからタオルを貰う。どうやら一週間ぐらい前に東京から帰ってきて、果南は約2年ぶりに千歌のお母さんに出会うことになる。
「あらー、果南ちゃんたちも大きくなって……」
……懐かしむ顔が少し寂しげに見えた。
【24】☆
大浴場へ続く通路には左右に箱庭のような空間。夏頃になると毎年のように風鈴を吊るしている。
⛵「もう風鈴取れば?9月だし」
🍊「何言ってんの。まだまだ暑いじゃん」
夏の残り香漂う9月の空気では、風鈴はまだまだ御役御免ではない。お客さんからもびっくりされるんだけど、風呂上がりもう一度この通路を通ればわかる。ほら、少し涼しげな音が心地いいでしょ?庭に咲く花にも、水だけじゃなくて綺麗な音もあげなきゃ。
【25】
脱衣所は掃除したてで綺麗。この抜かりない清掃技術には、少なからずこの子の影響もあったり……?
🍊「出る時必ずモップで拭いて出てってね」
🐬「わかってますよー」
⛵「いつものやつじゃん」
🍊「もー!いつもビシャビシャにしてるのよーちゃん達じゃん!!」
【26】☆
大浴場の戸を開けると、十千万自慢のお風呂。窓から見える木々の隙間からは、さっきまでチカが潜ってた内浦の海が見える。
🎹「千歌ちゃん家のお風呂、結構久しぶr……キャーッ!!!」
🍊「り、梨子ちゃん?!どしたの?!」
🎹「虫……虫!!」
🍊「あはは、梨子ちゃんったらしょうがないなあ」
湯船に虫が浮いてるのは自然豊かな十千万あるある。そういう時はタモで掬ってあげるんだ。虫さんも葉っぱさんも温泉大好きだからね。
【27】
一通り身体も洗い終わって、湯船に浸かる4人。すると千歌がこう切り出す。
🍊「流しっこしなくなったねー」
⛵「高校生だし恥ずかしいよ笑」
🐬「でも、千歌とか曜の頭洗うの好きだったなあ」
果南ちゃんのシャンプーは美容師レベル。海水でゴワゴワの髪もサラサラ。
【28】
🐬「でも折角だしな……そうだ!」
🎹「えっ」
私はされるがまま風呂イスに座らされ、果南ちゃんにされるがままにシャンプータイム。結構指圧強めでワシャワシャやってくる。
🐬「これで梨子ちゃんの髪もっとツヤツヤだねぇ」
🎹「痛い痛い!強引すぎ!!」
【29】☆
わちゃわちゃシャンプータイムも終わり。大浴場の奥の戸を開けて階段を下りると、十千万の露天風呂。年甲斐もなく、4人肩を並べて湯船に浸かってる。こんな幸せな時間、何年も続いていけばいいのに……
🍊「いつか皆んな沼津出るの?」
🎹「どうなんだろうね、東京越えて海外だったりとか……」
🐬「でもさ、また戻ってくればいいんだよ。遠くに行ったって」
🎹「それって……どういう意味」
🍊「……。」
千歌と果南。何かを悟ったかのように、お互いに顔を逸らしたその時。
【30】☆
🎹「……うぅ!!」
🍊「梨子ちゃん?!耳塞いでどしたの」
🎹「聞こえてくる……どこかで聴いた……。頭痛い……」
ここは十千万のお風呂。しかし、耳を塞いでも「どこかで聴いた」耳をつんざく轟音と軽やかな旋律が脳に訴えかける。すると、果南ちゃんが口を開く。
🐬「……海の音だ」
🎹「もしかして……シュノーケリングしに行った時に聞いた……あれ?!」
【31】
🍊「あっ……水の中に潜ってないのになんで聞こえてくるんだろ……」
⛵「ほんとにあの時聞いた音だよ……紛れもなく」
梨子ちゃんと時間差で、チカたちにも聞こえてくる。今までは海中でしか聞こえなかったのに、突然陸地でも。あの海が何か訴えかけてるのかな。
【32】
風呂上がり、まさかの緊急会議。ラウンジの一角の座卓に4人が集う。
🐬「LINE見たけど、ダイヤも鞠莉もあの時轟音とともに頭が痛くなったんだってさ」
🍊「ダイヤさんまで……?!」
🎹「でも、軽やかな音だったんでしょ?」
🐬「それは間違いない……んだけど……」
【33】
🍊「……そうだ」
🐬「?」
🍊「ダイヤさんと鞠莉ちゃんにも聞いてみようよ。それで何かわかるかもだし!」
🐬「……わかった。呼んでみる」
あの時感じた音と頭痛。集合知という言葉もあるように、お互い持ち寄れば、解決の糸口に一歩近づく。そう信じるしか……。
【34】
🍊「じゃあ折角鞠莉ちゃんとダイヤさんが来るってことなので……へへっ」
千歌が厨房の方に駆けていく。カランカランとガラスの器を出す音。ガリガリ氷を削る音。
🍊「おかあさーん!練乳どこー?!」
少々手こずり気味なところも千歌らしくて笑える。
【35】☆
すると、十千万の庭先から聞き慣れないヒールの音がコツコツと響く。同じような砂利を踏む音でも、スニーカーやローファーでは決して鳴らない音。
♦️「ごめんくださいまし」
✨「チャオ〜」
🐬「こっちこっちー」
太陽が雲に隠れ、少し薄暗くなった玄関先。鞠莉とダイヤの声がする。少し大人びた2人が靴を脱ぐ姿。やっぱりヒール履いてたのは鞠莉だったか。やっぱりあの2人お嬢様だもんな、少しぶっきらぼうな私からすりゃ随分お淑やかだ。
【36】☆
鞠莉とダイヤが卓の前に座るや否や、ドヤ顔気味の千歌がお盆を持って現れる。しかも十千万の作務衣姿で。
🍊「ようこそおいでなさいました、こちらがお出迎えの証でございます」
♦️「こ、これは……」
✨「もしかして……」
🍊「そ!チカが作った『こんこんゆきみかん』!急遽6人前作っちゃいました!」
翠色のガラスの器に、綺麗な富士山型に盛られた少しミルキーなみかん味の雪山。麓には千歌の大好きなみかん、頂上にはさくらんぼ。
【37】
⛵「てか千歌ちゃん、麦チョコと金平糖とか今まであった?」
🍊「へへっ、よく気づいたねよーちゃん。まあ上にかけてみてよ……」
こんこんゆきみかんの上に、金平糖、花つみゼリー、麦チョコをかける。すると、器の中の「小さな富士山」がさらに彩られていく……
【38】☆
✨「ん〜!Delicious!」
🎹「かき氷なのに凄くクリーミー!」
🐬「でももう9月だしそろそろ終わりだね…」
✨「も〜う!折角盛り上がってるのにシンミリさせないでよ果南〜!!」
🍊「チカに頼んだらいつでも作ってあげる!真冬にコタツの中で食べても美味いかもよ〜??」
⛵「私は遠慮しとく……笑 寒いの苦手……」
🐬(……へへっ、そういうことがサラッと言えるのが千歌らしいよな……)
このちっぽけなみかん色の雪山もそろそろ見納め。あれだけ泣き笑いした夏が終わる。高校最後の夏の残り香を惜しむように、この色とりどりの雪山をかっ食らう。
【39】
ラウンジの窓から見える雲。流れる雲から太陽が見え隠れ。雲の随に照る太陽が、ラウンジに置かれた手紙とCDを照らす。
🐬「へぇ、十千万も愛されてるなあ」
きっとこの人も、十千万から力をもらって歌の仕事をしてるんだな。今度千歌に聞いて会ってみたいな。
【40】
雲が太陽を隠し、再びラウンジは薄暗さに包まれる。沈黙の中、そこで鞠莉が口を開く。
✨「……あの時の耳鳴りの理由。海が……何かおかしかったの」
♦️「玄関先から見える海が……様子がおかしくて」
🐬「うん、私の予感は……概ね当たってるのかも」
【41】☆
鞠莉が続けて独白する。震えた声で……
✨「突然聞いたこともないような轟音、一方でどこかで聞いたことあるような綺麗な音。それが同時にぐちゃぐちゃに聞こえてきたの。その時ふと海を見てたら、内浦湾の真ん中で"巨大な何か"が波を立てて蠢いてて……」
あまりの恐怖と、愛する内浦の海での異変に心を痛め、卓の上には鞠莉の涙が滴り落ちる。
私達が露天風呂で襲われた轟音と比べ、鞠莉の自室は海に近かったため、轟音はほぼダイレクトに鞠莉の脳内を激しく掻き乱した。
しかも、海のど真ん中で蠢く謎の巨大生物。恐らく、露天風呂からは山の陰になって見えなかったのだが、こんな化け物が内浦に来たなんて。聞いただけでも身の毛がよだつ。
【42】☆
一方で、ダイヤがあの時聞いた音。しかし、鞠莉の聞いた音とは違って……
♦️「自宅の道場で素振りをしていました。すると突然軽やかな音と同時に、刀同士が擦れる金属音がして激しく頭痛がしましたの」
淡島と長浜で聞こえた音が違う。紛れもなく同刻に聞こえた音なのに。もしあの音がさっきの化け物の鳴き声だとしたら、何故長浜の方にだけ聞こえるようになってたのだろう。
♦️「音が止んだ時、昔お母様から聞いた長浜の落ち武者の怨霊の話を思い出しまして。バケモノの正体は、もしかしたら怨霊が襲ってきたからなのかも」
🐬「は、はぐうううううう!!!!」
こんな所で怪談を聞くなんて懲り懲りだ……!
【43】☆
🐬「……コホン。話を元に戻すけど」
🍊「どうして音が違って……」
🐬「うん。内浦って1つじゃないんだよ。三津と長浜でも言い伝えられてる物事はまるで違う。昔の人たちが歩んできて引き継がれてきてきた伝統。文化。そして伝説。この違いが今になって現れてくるの……ワクワクしない?」
内浦湾のど真ん中で起きた出来事のはずなのに。聞こえてくる音は違う。生まれて17年、私は遂に故郷の謎を解き明かそうとしている……!
【44】
暫くの沈黙が続く。しかし、その張り詰めた空気を破るのは、いつだって――――――
🐬「……海が何か訴えかけてるんでしょ?それって誰なのか、何を伝えようとしてるのか、知りたくなってきたんだ」
その目は、間違いなく幼い頃見た"好奇心旺盛な"果南ちゃんの目だった。
【45】☆
果南に促されるまま三津浜に降り立つ。いつも通りの海を、果南は鋭い目で見つめ続けている。
🐬「鞠莉、でっかい生き物の影が見えたんでしょ?どんな音だったかもっと訊かせて?」
✨「で、でも…」
🍊「果南ちゃん!鞠莉ちゃん怖がってるよ!」
✨「大丈夫…だけど」
♦️「果南さん!!鞠莉さんは恐怖で涙していたのですよ?!」
⛵「正気じゃないよ果南ちゃん!また鞠莉ちゃん泣かす気なの?!」
✨「待って!……果南は悪くない。でも……」
【46】
✨「こんなにも穏やかで慣れ親しんだ海に……怖い感情を持ったのは初めてなの」
……この言葉で鞠莉の気持ちが分かった。晴れの日も雨の日も私達を見守ってた海だから、この優しい海の"悲鳴"が鞠莉の心を揺さぶった。……早くその正体を突き詰めなければ。
【47】
すると、鞠莉の頬を清らな海風が撫でる。千歌や梨子たちの髪も海風になびく。
✨「ねえ果南。海に感情があると言ったわよね?もしかしたらこの風も……」
鞠莉の強ばった顔がどんどん穏やかになる。鞠莉は分かるの?この風が私たちの心に語りかけてることが……
【48】☆
⛵「風、なんて言ってる?」
✨「そうねえ、はっきりとした言葉じゃないんだけど……」
―――この内浦の海は一瞬何かの力で動揺してしまっただけ。風と太陽が海のバイオリズムの乱れを整えてくれた。その場しのぎかもしれないけど、私達のモヤモヤした心や、心の傷が癒されていくように。この街で生きとし生ける者全てに、生きていくためのパワーを与えていくかのように。
⛵「この海……生きてるんだね」
🐬「うん。きっと生きてる」
【49】
♦️「なんとなく原因は分かっても……これからどうするんですの?」
🐬「決まってんじゃん。千歌、例のものを」
🍊「あいあいさ」
千歌が旅館にダッシュで戻る。それから3分も経たぬうちに戻ってきたが……
🍊「じゃーん!果南ちゃんと遊ぶなら釣竿がなきゃ!!」
【50】☆
話が決まれば行動は早い。みとしーの裏手の道、水しぶきの音の合間に6足の長靴がカッポカッポと近づいてくる。鞠莉やダイヤもヒールじゃ釣りはしづらいだろうし、水辺の遊びは水族館の飼育員さんみたいなスタイルに限る。
🎹「ダイヤさんも釣りするの?!」
♦️「ええ、果南さんに教えてもらいまして」
🐬「ダイヤん家の前の海はよく釣れるんだよ〜。海も眺めれるし丁度いいね」
網元の娘の前で言うことかいな。魚のエサにされちゃうかもよ。
【51】
少し歩くと長浜の集落が見えてくる。視線の先には勿論海。すると、果南が足を止める。
⛵「果南ちゃん?」
🐬「さっきダイヤが言ってたじゃん、三津とは違う音が聞こえるって」
♦️「それと何か関係が?」
🐬「三津と長浜、それぞれの街が纏う空気が違う……」
【52】
果南ちゃんに促されてバス停前の海まで来た。言われてみれば、十千万の玄関先で感じる風とは違うような気がする。
🍊「長浜にも三津とは違う言い伝えってあるのかな」
♦️「ええ、果南さんに話しても信じてもらえなかったこの地にまつわる伝説も沢山ありますわ」
【53】
早速岸壁に腰掛けて釣り糸を垂らす6人。自然と始まるようちかなんの思い出話。
⛵「千歌ちゃんってさ、泣かなくなったよね」
🍊「そーかなー?夏休み東京行った後めっちゃ泣いたけど」
🐬「まだマシじゃん、千歌のギャン泣きといえば『長靴海ポチャ事件』……」
【54】
🐬「釣りしてて千歌が足バタバタしたらさ、長靴脱げて海にボチャン。オキニ無くして千歌はもうギャン泣き」
最初は普通怪獣ちかちーの号哭にゲラゲラ笑ってた。でも、なんだか居た堪れなくなり海に飛び込んだ。沖を漂流する千歌の長靴を追いかけたのも既に10年前の話。
【55】
🐬「まだ長靴あるの?」
🍊「志満姉が保管してる。泥だらけ傷だらけなのに恥ずかしいよ…」
幼い頃海沿いを駆けた記憶。果南ちゃんを追いかけて、すっ転んで泣いた時の記憶。
🍊「そう思えばチカたち何も変わってない」
⛵「ずっと一緒に居るから気づかないよね…」
【56】☆
澄んだ水面に魚影がチラホラ。釣れるなんて期待は別にしてない。この大好きな海を眺められるだけでそれでいい。
🎹「ここが一番落ち着く。岩場で釣りしてた時はフナムシだらけで怖かった……」
🍊「これは果南ちゃんが悪いね。フナムシ梨子ちゃんに投げつけてたもん」
🐬「3日ぐらい口利いてもらえなかった……。あれはマジで反省したよ」
⛵「そりゃそうだ……。内浦っ子になる訓練だからといって梨子ちゃんには刺激強めだよ」
🎹「訓練でもないからね?!」
【57】
6人でボーッと釣竿垂らし海を眺めていると、バスが止まり客が降りていく。すると聞き覚えのある声が……
🍭「あ!お姉ちゃんたちいる!」
😈「へ?!なんで皆しているのよ?!」
💮「みんなで釣りずらー??」
いつもそうだ。所変われどAqoursは引き寄せられていく。
【58】☆
1年生の3人は、大好きな先輩たちを見るや否や、道路を渡って岸壁の方まで駆け寄る。
🍊「花丸ちゃんたちどこ行ってたの?」
💮「ららぽーとのユザワヤで衣装素材買ってたずら」
😈「ルビィったら衣装の話で喋りが止まらないのなんの!」
🍭「衣装素材見てたら延々とアイデアが出るというか……」
🍊「よーちゃんもそういうとこある!」
⛵「え、えぇ……。まあ否定できないけどさ……」
1年生組の仲の良さは異常。海の向こうの沼津の街までサラッと出かけるフットワークの軽さに驚かされる。
【59】
9人が集う長浜の岸壁。すると突然、ダイヤ、ルビィ、梨子に異変が……
🎹「……っ!!」
🍭「耳が……痛い……!!」
🍊「えっ……!!どうしたの梨子ちゃん!」
♦️「うぐぅ……頭が……!」
突然襲う耳鳴りと頭痛。これ、もしかして……
🐬「……海の悲鳴だ!!」
【60】
そして他の6人にも、刀が擦れる甲高い金属音が聞こえてくる。
😈「うっ……なにこれ」
🍊「さっき温泉の中で聞いたのとは違う!」
⛵「山で隔てたすぐ目の前なのに、なんでこんなに違うんだろ……」
頭痛と目眩で朦朧とする中、三津と長浜の音の違いに頭を悩ませる。
【61】☆
音が収まり、一時的に案内所の方まで逃れてきた。突然の出来事に1年生は憔悴しきり、2年生・3年生はゲッソリ。すると、こんな時でもやけに冷静だった花丸がこう切り出す。
💮「ばあちゃんから聞いた事あるずら。内浦湾のバケモノが10年に1度暴れるって」
🍭「ば、バケモノ……?!」
😈「昔話でも聞いたことないわね。上土に住んでる私からしたら」
バケモノ。多分鞠莉が目撃していた巨大生物のことなんだろうと。とはいえ、都会っ子の善子にも聞こえてきたのは、一体何故なんだ……
【62】☆
🐬「なんかごめんね、雰囲気壊しちゃって」
🍊「大丈夫だよ。みんなが苦しんでるのに果南ちゃんだけ気負うことない」
ブランコに腰掛けて下を向く果南。なんだか「空白の2年間」の時の果南に戻ったみたいに。どこか神経質で、1人で抱え込んじゃうあの果南のように。
🍊(うっ……なにこれ……温泉入ってた時もそうだけど、何……この胸の痛み……。果南ちゃんのことを想うと……なんで……)
そして千歌の身体にも、全く誰も気づけない脅威が迫っていた。
【63】
大人になるってこと。果南に限らず皆例外無くその時は訪れる。そのタイミングは人それぞれで、その差が人の心を苦しめるのだ。
少し涼しくなった風が頬を撫で、花を揺らす。
🐬「だって……」
🐬「あと半年でお別れだから……」
🐬「少しでも一緒に遊びたいんだ」
【64】
🍊「大丈夫だよ。だって、スクールアイドルやり始めて、何年かぶりに果南ちゃんと本当に心が通じ合えた気がしたもん。だから死ぬまでずっと一緒だからね」
その一言だけでよかった。私の心の海に蠢くバケモノが鎮まっていくために。
あの時、千歌たちが海の音を聞きに行ってたのを、私はただ海面から見ているだけだった。そう、私は海の音―――自分の心の音に向き合うことから逃げてたんだ。
そして、千歌と海に潜ったあの時に、私はやっと気づけたんだ。
今度こそあの海に9人で。私、松浦果南が海に忘れてきたものを取り戻すために。
【65】
🐬「よぉーし!」
果南ちゃんが走り出して、再び岸壁に立つ。
🐬「みんな!9人で海行くよ!!!あの謎を解き明かすために!!」
🍊「よっ!それでこそ果南ちゃん!!」
💮「マルたちも連れてってくれるずら?!」
✨「果南はサイキョー!皆となら怖くないデース!!」
【66】☆
🎹「シレッと言ったけど全員で潜るの?!」
🍭「ルビィ泳ぐの苦手……」
😈「トラブル起きまくりの私なんかが潜ったら溺れちゃいそう……」
🐬「任せて。私が1からダイビング教えてあげるからさ、あの透き通った海の底で海の音を聞きに行こうよ……!」
内浦に生きとし生ける者ならば、一度は憧れる内浦の海の大冒険。上土で生まれた善子も、今は内浦にはいない曜も、私たちの大冒険には欠かすことのできない仲間。この絆で結ばれたパーティーこそが、浦の星女学院スクールアイドル部・Aqoursなんだから……!!
【67】
🐬「……とは言ったものの、もう3時半過ぎてるし。じゃあお泊まり会しちゃう?」
♦️「と言いましても。何処に泊まるというんですか」
🐬「決まってんじゃん(ジー)」
8人の目線は千歌の方に集まる。
🍊「……そんな期待しないで?多分チカの部屋にすし詰めだよ?」
【68】☆
なんだかんだあって、十千万で9人でお泊まり会決定。再びみとしーの裏手の道。9人の他愛のない話は、自分たちが今履いてる長靴の話に。
⛵「これ、みとしーとかマリンパークでバイトする時と同じやつだよね」
🐬「結局これに行き着く。内浦っ子は漁師じゃなくても必需品だよ」
🍊「ていうかよーちゃん。みとしーでバイトしてたらさー、チカの長靴に子ペンギン沢山寄ってきたんだけど」
🐬「あれ、長靴を親だと思って着いて来るんだってさ」
✨「ダイヤも?」
♦️「誰がペンギンですか!」
ダイヤったら初夏頃までは堅物すぎてペンギン呼ばわりなんてしょっちゅうされてたのに、丸くなった今では鞠莉ぐらいしかペンギンいじりしてないな。
【69】☆
そうこうしてるうちに三津浜に戻ってきた。今日一日、身近だけど全く知らなかった内浦の海の秘密を知った。
実家のような安心感。それはチカにとってはそうかもしれないけど、ダイヤさん達にとってはそうではない。それが三津と長浜の空気感の違いなのかも。
それでも、梨子ちゃんもこの海を大好きって言ってくれたから、チカも負けてらんないな。生粋の内浦っ子として……
【70】
🐬「わあ!!」
🍊「うわあ!!脅かさないでよ!!」
🐬「何もの想いに耽ってんの」
🍊「別にいいじゃん」
🐬「おこちゃま」
🍊「おこちゃまじゃない!!」
そして柵にもたれてちかなんがジャレてる様子を見て微笑む7人。
🍊「そこぉ!笑わない!!」
【71】
🐬「…てなわけで。旅館入っちゃおうか」
🍊「いらっしゃーい!」
今日は1日外で遊んで、海に入って、海を眺めて。魚はほとんど釣れなかったけど、今日は久々に9人で過ごす休日。こんな日が永遠に続けば、と思うけど時間は有限。この瞬間のことを、噛みしめながら…
【72】☆
その後温泉に入り直したり、駄弁ったりしてたら日もどっぷり暮れた。玄関先では3年生が海を見て佇む。
✨「ねえ、私達が卒業してあの子らが心配?」
♦️「ええ、ルビィと一緒で手が掛かる後輩達ですわ」
🐬「でもさ、最近千歌もようやく頼もしくなったというか」
♦️「本当に……?」
✨「信じてあげてもいいんじゃない?あの子らのことを私たちが信じてあげなくちゃ、誰が信じるの?」
🐬「ダイヤって人を思いやれる優しい心があるんだからさ、信じてあげるのも優しさだよ」
♦️「……まったく、果南さんも鞠莉さんも」
ダイヤは顔を綻ばせ、1年生・2年生がいる旅館の中の方に顔を向ける。
【73】☆
一方その頃、1年生はお風呂でダンス練の話。
😈「ずら丸はもっと柔軟するべきなのよ」
💮「でもマルの身体、これ以上どう曲げろと言うずら〜??」
🍭「お姉ちゃんがね、湯船の中で柔軟やったらやりやすいって言ってた。やってみようよ」
💮「そこまで言うなら……」
入部直後はあれだけ身体が硬かった花丸や善子も、必死の努力でしなやかにダンスができるようになった。
😈「でもさ、今日一日遊んで、今がものすごく楽しい。ずら丸もルビすけも、そう思うでしょ?」
🍭「自信持って今が楽しいって、初めて感じたかもしれない」
💮「だってマルたち、自分に自信持てなかったから……」
自分たちがここまで変われたのは、千歌たち先輩6人が取り残すことなく手を引いて導いてくれたから。「青春を純粋に楽しむ」ことを誰よりも知ってる千歌の人生哲学を、全力で実践できたことが何よりの財産となったのだから。だからこそ結ぶ1年生同士の約束。
🍭「絶対後悔しないように……」
💮「マルたちの青春はたった一度……」
😈「人生楽しんだもん勝ちよ!この想いは誰にも止められない!!」
【74】
そして2年生は千歌の部屋の中で……
🍊「梨子ちゃんまだ海の音怖いの?」
🎹「ううん、今は大丈夫かな。でも、1つ気づいたことがあって」
⛵「何かあったの?」
🎹「最近作曲する時ね、アイデアは浮かんでも手が動かなくて……。どこか心にモヤモヤがあって……」
【75】☆
🎹「ここ最近、どうもインスピレーションが湧かなくて……」
🍊「なんだろ……知らず知らずに焦ってることない?」
🎹「そうかな……」
私の心に渦巻く灰色の靄。ここ最近頻発する頭痛も、心が落ち着かない時に耳鳴りと共に訪れる。悩めば悩むほど陥る負のスパイラル。
それでも千歌ちゃんが信じて励ましてくれるんだけど、時たま千歌ちゃんが胸の痛みでうずくまってるのを見てると、私の心の整理は余計に収拾がつかなくなる。
私だけじゃない。曜ちゃんも私のように千歌ちゃんの苦しみが伝播しているように見えて……
【76】
すると突然千歌の部屋のふすまが開く。
🐬「梨子ちゃんが浮かない顔してたからさ、様子見に来たんだ」
🎹「え、なんで分かったの……」
🍊「もしかして果南ちゃん、明日海行くって言ってたのって」
🐬「そ。もう一度海の音聴いて感覚を取り戻してもらおうと思ってね」
【77】☆
幼馴染でもあり、可愛い後輩たちでもある千歌たちの思いの丈。ただのスランプでは説明のつかない心の淀み。想いを打ち明ける2年生の言葉に、果南は真摯に耳を傾ける。
🐬「やっぱりねぇ。ここ最近みんな壁にぶち当たってモヤモヤしてたしなあ」
⛵「果南ちゃんってさ、私たちの心と海の悲鳴がシンクロしてるって信じてる?」
🐬「うん、今日で全て気づいた」
🍊「海が教えてくれたのかな、チカたちの心が叫んでるって……」
【78】☆
暗闇に包まれた内浦の海を4人でボーッと眺めていると、野次馬しに1年生たちと鞠莉がやって来て、ふすまを開ける。
✨「やっぱり。梨子のこと果南がずっと見てたと思ってたら」
😈「リリーのスランプ、バレてないと思ったら大間違いよ。辛いなら正直に言いなさいね」
やっぱり内に秘めて思い悩んでることとか、鞠莉とかには全部筒抜けか。これで肩の荷降りた……のかな?後はあの海に真の答えを聴きに行くだけ。
💮「みんなー!晩ご飯できたずらよー!」
【79】☆
大広間に並ぶ寿司、キンメの煮付け、そして金網に乗った貝たち。こんなラインナップ、十千万じゃまず出ない。
🍊「ウチは浜焼き屋じゃないんだよ?!匂い残っちゃうって!」
🐬「千歌のお父さんに頼んだら出してくれた。曜のリクエストで」
⛵「生魚苦手で……えへへ」
「色々遊んでてお腹も空いたでしょ。おかわりもあるから遠慮せずに言ってね」
🍊「お母さん恥ずかしいよー!なんか志満姉も美渡姉も変にノリノリなんだけど!!」
😈「ねじりハチマキはやりすぎでしょ……。流石に同情するわよ……」
💮「おかわりずら!」
「「「はいよー!!!」」」
🐬「アッハッハッハッハッ!!芸人一家かよ〜!!」
🍊「も゙ーーーー!!!!」
【80】
十千万では異例の海鮮パーティも終わり、各々眠い目をこすりながら千歌の部屋に向かう。
💮「善子ちゃんそこずらよ」
😈「またサメ?!」
✨「りーこっ、一緒に寝よっ」
🎹「ええっ、私と?!」
就寝前にワチャワチャする中、千歌が果南に……
🍊「果南ちゃんっ」
🐬「何何、腕引っ張ってどうしたの」
🍊「一緒に寝たいっ!よーちゃんもだよ!」
⛵「私も?!」
千歌のベッドにすし詰めになる3人。体を寄せ合い語り合う。
🍊「明日、海、泣き止むかな」
⛵「海、元に戻るかな」
🐬「わからない。だから信じるしかない。そう祈って目を瞑ろう。おやすみ……」
【81】☆
翌朝8時。既にウェットスーツに着替えている9人の姿。熱帯夜明けとはいえ、9月の朝方は秋風吹き荒ぶ内浦。ウェットスーツ越しの秋風は凍えるほど寒い。
🍊「うぅ……寒いよ果南ちゃん!!」
⛵「しぬ……しぬ……」
🐬「2階に防水パーカーあるからさ、取ってきなよ」
果南ちゃん家のダイビングショップは、マリンスポーツのシーズンを過ぎても、挙句の果てには真冬でも年がら年中やってる。防寒用の装備だって何でも揃ってるし、だいたい家の2階にしまってある。
🐬「みんな来てよ〜、秋でも冬でもダイビングしにさ」
🎹「絶対無理。」
✨「梨子、こればかりは逃れられない運命よ……」
🎹「なんの運命?!海の音の?!」
🐬「梨子ちゃんったら勘いいじゃん。じゃあ作曲合宿でダイビング確定だ♪」
🎹「ちょっとーーーー!!!」
【82】※何故かこの回欠番してました。書き下ろしです。
🎹「うぅ…何この箱重い…!!」
🍊「それ?ウェイトベルトだよ。身体沈みやすくするやつ」
⛵「1人じゃしんどいよ。3人で運ぼう」
ダイビングは準備段階から体力勝負。装備だけでも重いのに錘までつけるなんて。ウェットスーツは浮くので、錘で浮力調整していく。
🎹「ちなみに何kg?」
🐬「今日はね〜。9人の分のウェットスーツ新調したばかりで、それで鉄製タンクだから……」
🍊「……あ、果南ちゃん計算してる」
🐬「……1人4kgかなん!」
🎹「4×9=36……。重たすぎでしょ!!」
果南ちゃんはこれを1人でいつも担いでるのだから、到底私には敵わない。
【83】
朝方、空の青と海の青が水平線上に吸い込まれる最中に、一艘の船が滑走していく。かつて内浦最強の漁師と言われた、果南のおじいが9人を乗せて進む。
🐬「今日は私も潜るからおじいにお願いしちゃった」
♦️「曜さんは何をマジマジと」
⛵「操船の勉強であります…!」
【84】☆
淡島沖の水深10m台の地点。ここは梨子が初めて海の音を聞いた場所。紛れもなくここだ。まさか9人でここに来れるとは、あの時のひとりぼっちの気持ちを想えばとても感慨深い。
🎹「やっぱり重たい…。でもこの感覚久々かも」
フィン、ゴーグル、手袋、ウェイト、BCD。装備を身につける度、自分じゃない何かに変身する緊張と高揚が入り交じる。
ゴーグルで目を覆い、鼻にしっかり密着させる。ゴーグル越しに見える景色は陸の上でも、まるで別の世界に来たような感覚に陥る。
――――――まるで万華鏡のように。
【85】
レギュを咥える。…うん、OK。大丈夫、大丈夫だよね……?なんで、なんで胸がドキドキするの。緊張してるせいか、ゴーグル越しの景色が曇ってきて…
🍊「梨子ちゃん!」
🎹「…はっ!」
🍊「梨子ちゃん、目の焦点合ってないけど…」
⛵「まさか、具合悪いの…?」
🎹「ごめんなさい、いざ"海の音"に向き合うってなるとフラッシュバックしてきて……」
🐬「そうか、梨子は不安だよね。じゃあ、1回深呼吸してみ。そしたら千歌の顔見てみてよ」
深呼吸。ゴーグル越しに目を細めて微笑む千歌ちゃんの顔を見る。
🍊「梨子ちゃんっ!一緒に行こっ!」
🎹「……うん!」
【86】
どこ見渡しても鮮やかなブルーの世界。約束の場所へ飛び込む準備は万端!
今日は3人でバディ。勿論2年生は3人固まって。
⛵「何を報告しよう。この海に」
🎹「うん、心の準備ができた」
🍊「手つないだ?空気通ってる?いくよ!」
🍊🎹⛵「せーの!!」
2年生に続き、果南はよしまると組みダイブ。そして善子はダイマリと組みダイブ。
😈(すごい……息できてる!)
💮(んは〜!!綺麗ずら〜!!)
🍭(お姉ちゃん、お魚さんいるよ!)
ボコボコ云わせて1年生がはしゃぐ傍ら、果南は様子を見守る。
🐬(夢、叶っちゃったなあ。喜んでくれて何よりだね……)
【87】
水深10m。ここだ。確かに私たち3人が海の音を聞いた場所だ。9人の結ばれた絆を祝福するように、あの日の暗い海ではなく、明るく青い海が360°に広がる。
🎹(内浦の海の神様……私に力を与えてくれてあり……んんッ!!)
耳鳴り。嫌だ、折角ここまで来たのに……!!
🍊(うぅ……痛い……!)
💮(なんなんずら……この音……!!)
🐬(皆落ち着いて!呼吸荒げたらエア切れしちゃう!)
果南が必死に8人を落ち着かせるも、様子は好転しない。そして、恐れていたことが現実になるように、巨大な黒い影が忍び寄る……
🍭(あ、アレって……!)
🎹(ば、バケモノ……?!)
【88】
😈(やだ!こっち来る!)
✨(あ、あれ……?手足が……動かない!)
🍊(動けない……果南ちゃん助けて……!)
迫り来る黒い影を前にして、金縛りのように手足が痺れて動けなくなる。パニックで呼吸も荒くなり、9つの白泡の柱が激しくうねる。
🐬(神様……助けて……)
混濁する意識の中、その巨大で黒い影は曇りかけのゴーグル越しにその姿を現す。
『こんにちは』
🎹(えっ…声が…)
🍊(誰か喋った…?!)
♦️(貴方は一体…誰ですの!)
『苦しい思いさせてごめんね、今その痺れを解いてあげるよ』
ゴーグルの曇りが消えていき、9人の目に映ったのは…?
【89】☆
🐬(君ってまさか……クジラ?!)
🍊(えぇ?!内浦にクジラ?!)
🎹(ひ、ひぃ!食べないでぇ!!)
『皆に会えて嬉しい、私は駿河湾に棲むザトウクジラです』
😈(なんで私たちとテレパシーで会話できてるの……?)
『テレパシーじゃない、皆が心で奏てる心の音だよ』
クジラはこう言う。
内浦の海が持つ旋律とAqoursの9人の持つ心の旋律。その波長が合い始めたのは梨子が初めて「海の音」に触れた時で、海と9人が共鳴し合って明るい海になったという。
しかし、9人の心の疲れや些細なイザコザが、旋律を狂わせて「海の音」から「海の悲鳴」になり9人を苦しめた。
🐬(でもさ、昔の言い伝えじゃ内浦に生まれた子供にしか聞こえなかったはずだよね)
『あの丘の上の建物。あそこには元々内浦の海の神様がいたんだよ』
🍊(そうするとクジラさんって……)
『私はこの海の神様の使いってこと。果南のことは昔から知ってるし、今日皆が来るってことを聞いて9人のゴーグルに念じて声が聞こえるようにした』
梨子は気がついた。ゴーグルが勝手に曇りだしたのは、このクジラ――――――神の使いがこのゴーグルに念力で声が聞こえるようにしたってことを。
🎹(ということはこの海の音も?)
『勿論。今から儀式をするから、皆は胸に手を当ててみて』
【90】
『ルビィちゃんの心の音』
🍭(ぴぎっ?!)
『踏み出す勇気。その力強い心の鼓動は海をも轟かせた』
🍭(でも、ルビィ、今まで皆に何かやれてこれたのかなあ……)
『ブレない心だよ。その芯の強い心が皆を支えてた』
♪
🍭(あっ……)
💮(ルビィちゃんの音……ずら?)
『花丸ちゃん』
💮(ま、まるも…?)
『聡明で優しい清らな心の音。でも、優しさ故の心の揺らぎもあったよね?』
💮(うん…時々後ろ向きになっちゃうこともあったずら…)
『でも、花丸ちゃんは救われた。自分が紡いだ言葉に』
♪
💮(この音…まるの体から…?)
🍊(うん!とっても綺麗な音!)
【91】
『善子……いや、堕天使ヨハネ』
😈(ヘ?!なんで名前を知って……)
『自分を見失いそうになって路頭に迷う君は、心が泣いてた』
😈(うん。振り返ればいつもそうだったもの……)
『でも、ヒロインとヴィランの二面性を持つ君が、9人の旋律に新しい風を吹き込んだんだ』
😈(私の持つ……力……)
♪
まるで全てを見通すように、夢追う少女の心に秘める力を引き出し、軽やかな音を海中に響かせる"クジラ"。
💮(善子ちゃん……!)
🍭(善子ちゃん……!)
😈(全くもう……ヨハネだっての!)
まるで海で踊るイルカのように、嬉しくなって1年生達が輪になって海中を舞う。
【92】☆
『鞠莉、いつもありがとう』
✨(へっ?!)
『人知れず泣いてるところ、見てた。大変なこと1人で抱え込んでたんでしょ』
✨(そうね……今思えばバカだった……。果南もダイヤも私のこと分かってくれないって思い込んで、八つ当たりなんかしちゃって……)
『もう泣かなくていい、皆がいる』
♪
🐬(綺麗だね、鞠莉の音)
✨(果南……)
『ダイヤも漸く自分らしくなったよね』
♦️(は、はいっ)
『本心が真面目な人格に潰されかけて、硬くて脆いダイヤの心が壊れそうだった』
♦️(2年前、好きを自分で封殺してしまって……辛かったですわ)
『もう今は大丈夫。応援してくれる人がいるから』
♪
🍭(お姉ちゃん!)
♦️(ありがとう……ルビィ)
【93】☆
『曜ちゃん、待ってたよ』
⛵(え……私を?)
『曜ちゃんに関しては今本音を聞きたいんだ。1度は仲直りしたけど、暫く千歌ちゃんから遠ざかってた理由を』
なんで。私はいつも千歌ちゃんの隣に居るはずなのに。面識もないクジラが何を知ってるの。悔しい。悔しい。なんだか意味がわからないけど、後悔の気持ちが込み上がってきた。
『その根拠はね』
『千歌ちゃんと梨子ちゃんを傷つけたくなかったから』
⛵(……!)
でもそれが招いたのはお互いの寂しさだけ。後悔で涙が止まらない。
🍊(曜ちゃん、寂しかったけど想っててくれてありがとう)
🎹(ごめんね曜ちゃん、寂しい想いさせて)
⛵(うっ……うっ……)
♪
やっと曜の心に明るい音が響いた。
【94】
🎹(クジラさん、私聞きたいことがあって。最近作曲しようとすると激しい頭痛がして、夜も眠れなくて…)
『原因、わかるよ』
🎹(それって…)
『梨子ちゃんにできた心の傷』
🎹(傷…?)
『東京にいた頃の古傷。そう、トラウマで梨子ちゃんの心が不協和音で汚されてる』
『ちょっと、動かないでね』
クジラは梨子に近づき、梨子の胸骨の辺りに口づけをする。すると…
♪
🎹(体が…軽い!これって…)
『梨子ちゃん、これで海の音が聞こえるはずだよ』
🎹(これだ…この音だ…!)
軽やかで煌びやかな内浦の海の音。ダイビングマスク越しの梨子の顔に血色が戻る。
【95】
🍊(よーちゃんと梨子ちゃん、こんなにも傷だらけだったなんて…)
『千歌ちゃんも。色々背負ってきて、傷を隠してるんでしょ』
🍊(へっ?!)
『思い出してみて』
🍊「0だったんだよ!悔しいじゃん!」
『想いを吐露してたのは知ってる。でも、その古傷は癒えてない』
期待してもらってるのに0だったんだ。守るべき場所も0に帰す。じゃあこの先、内浦の街に何が残る?
🍊(ぐすっ…なんでだろ…悲しくないのに涙止まらない…)
🐬(終わりにしたくないならここから始めようよ)
♪
果南が千歌の胸に触れる。すると、千歌の体中からどす黒い泥のようなものが噴き出る。
手袋から、ブーツから、ネックシールから、そして口から千歌の心を蝕んでいた毒素が噴き出す。
🍊(ゴボボボ…苦しい…)
『あと少しだ!がんばれ!』
周りの黒い泥が遠くに流れていくと、血色の戻った千歌の顔が見えてくる。
♪
🍊(うっ…うっ…うわあああん!!)
千歌は皆に抱かれ大声で泣いた。
【96】
千歌はさぞ怖かっただろう。怯えきった表情と安堵の表情が入り交じり、涙がゴーグルに溜まり続ける。
『初めて見たよ、果南のその力』
🐬(触ったら…急に千歌が…)
『果南も怯えてた』
🐬(でも…なんで千歌だけ…)
『それはね、果南のせいでもあるよ』
🐬(えっ……)
🍊(果南ちゃん…今だから言えるけど)
千歌が急に表情を変える。
🍊(果南ちゃんはなんでチカのそばにいてくれなかったの?!チカに理由も告げずに逃げて、逃げて、逃げてばっかりで!!)
黒い泥に埋まった千歌の心に映っていたのは、冷めた目でスクールアイドルから逃げてきた数ヶ月前の果南の姿。
🍊(そんな果南ちゃん…見たくなかったんだよ…!!)
咳き込んで泡が激しく立つほど、千歌は泣いていた。果南の心も居た堪れず、今にも胸が張り裂けそうになる。
🐬(ごめんなさい…!苦しんでる千歌のこと、助けてあげられなくて!!)
🐬(鞠莉も、ダイヤも!こうなったのも臆病者の私のせいだ!!)
【97】
『ふざけないでよ!!』
クジラは果南めがけてタックル。衝撃で果南の口からレギュが外れ、ゴボゴボと溺れ苦しむ。
🐬(ゲホッゲホッ…何するのさ!!)
『変わるべきなのは果南の方でしょ?!自分ばかり責めて殻に籠って、周りが苦しんでたのは果南のせいだ!!!』
🐬(……ダイビングは死と隣合わせなんだよ?!なんでそんな酷いこと……!)
『決まってるよ。果南のことはおじいから全部聞いてる。荒療治しないと果南の頑固は治らないって』
千歌の苦しみは分かってたはずなのに。変われない自分、過ぎた時間を悔やみ、私は余計に千歌たちのこと傷つけて……
🐬(…バカだ。私ってホントにバカだ…。みんな、ごめ)
♦️(謝るのはもうやめなさい!)
✨(自分を責めたって何も産まないもの)
⛵(もう今は昨日と違う果南ちゃんだもん)
🎹(皆、果南ちゃんのこと大好きだから)
🍊(果南ちゃん、これからももっと遊ぼ!)
♪
🐬(うっ…うっ…あ"あ"あ"あ"あ"あ"ん!!)
【98】
年甲斐もなく泣きじゃくる千歌と果南を、Aqoursがひしと抱きしめる。すると。
💮(なんか聞こえてくるずら!)
🎹(すごく綺麗な音…)
⛵(千歌ちゃん、あれ!)
涙の溜まったゴーグル越しに千歌の眼前に拡がるのは、魚達が9人の集結を祝い「内浦の海の音」で舞い踊る姿。
🐬(懐かしい……あの頃の景色だ)
『おかえり、果南』
🐬(あの頃見た景色だけど、なんだろう、心が晴れてく…)
9人の心の鼓動と海を揺らす波。弦楽器や管楽器のような響きが、千歌や梨子の身体から鳴っているような気もする。
『さあ、パーティはこれからだよ!』
合図と共にクジラが泳ぎ出すと…
【99】
魚達が躍る海は旋律と水色の光に包まれ、千歌たちの身体は水色に染まる。
『ピューイ!』
クジラの合図で現れたのは9頭のイルカ。歌おう。踊ろう。奏で合おう。背ビレに掴まって輪になって一緒に泳ごう。
🍊(夢じゃないよね?!)
🐬(うん、絶対に夢じゃない!!)
やがて9人は手を取り合って輪になり、吐息の泡は渦を描く。手袋越しの脈の鼓動でリズムを取りながら、各々の個性に満ちた「心の音」で海中を満たしていく。
💮(心の音波で歌って、イルカみたいずら!)
✨(なれてるわよ、私達イルカに!)
⛵(イルカたちが果南ちゃんの友達なら、私達も友達だよ!!)
皆の音はどんな音?
梨子はピアノ。ルビィはピッコロ。花丸はトロンボーン。善子はウッドベースかな。
ダイヤは和琴。曜はドラム。鞠莉はバイオリン。そして千歌は…アルトサックスだ。
私?えへへ、トランペットなのかもしれない。
🐬(夢…叶えちゃった。ここまで遊んでくれてありがとう。千歌。)
【100】
夢のような時間もこれでおしまい。安全停止で数分水中に留まって、おじいの船に帰ってきた。レギュを外しゴーグルを額に上げ、9人で初めてこの海で起こした奇跡を語り合う。
🍊「ぷはっ!楽しかった〜!!」
🎹「これが海の音……!今まで悩んでた気持ちがスっと晴れた!」
⛵「千歌ちゃんと梨子ちゃんでこの海で歌って踊れて……本当に良かったよ!」
🐬「そういや千歌も梨子も曜も、ゴーグルの中が涙で……笑」
🍊「そういう果南ちゃんもそうじゃん!!」
強い想いを爆発させ、過去を悔いた涙はすっかり9人を笑顔にさせていた。
😈「今まで抱えてた心の闇が晴れたというか……私達海の中で魔法が使えたのよ!」
💮「善子ちゃんらしい答えだけど……、こればかりは魔法が使えたように思えたずら!」
🍭「ルビィたちが手に入れたスクールアイドルの魔法……信じてもいいよね?!」
魔法……か。私達の心の音がなければこのような奇跡は起こらなかったし、内浦の海で響かせた歌はきっとステージでも奇跡を起こせるはずだ。
✨「果南、この島で生まれて、みんなに出会えて幸せ……」
♦️「果南さんの勇気は私たちの想いです。伝わったことでこんなにも綺麗な景色に出逢えたなんて……」
🐬「私は何もしてないよ。夢を叶えたのはあのクジラとイルカたちと……みんなの心の音のおかげだよ!」
淀んだり不協和音になったりして、最早苦痛ですらあった海の音。しかしそれは、
9人の心の不協和音であった。それが輝きを求める千歌の身体に泥となって蓄積し、気丈に振る舞う千歌の心は腐りきって破裂寸前だった。
🍊「だって……果南ちゃんが居てくれなかったら、本当の輝きにたどり着けてなかったかもしれなかったんだ」
⛵「本当に辛かったのは……果南ちゃんのことも梨子ちゃんのことも、そして……私のことも」
🎹「分け隔てなく気にかけてくれた千歌ちゃんだったのに……」
🍊「ううん、私が思い悩んだことも、曜ちゃんと果南ちゃんが私のことを思って泣いてくれたから、全部流れたんだ」
🐬「千歌。もうこれ以上謝らないからさ、聞いて欲しい。」
――――――もうこれ以上悲しい思いをさせないために、私は千歌のことも、曜や梨子のことも、鞠莉やダイヤのことも、善子、花丸、ルビィのことも。何かあったら励ますし、みんなのことを守りたい!!
温かな太陽の光に包まれた淡島のダイビングショップ。ずらりと並ぶ9人のウェットスーツ――――――夢のステージの舞台衣装。
🍊「あはは、ウェットスーツの干物だ!」
⛵「沼津名物、沼津名物笑」
🐬「勝手に名物にするなって言ってんじゃん!!」
流した涙の後にさらなる涙はいらない。曜、千歌、果南。この3人が10年前のように純粋に楽しみあってる姿が、淡島の海に映る。
😈「もう……心配要らないかもね」
✨「何か、懐かしい物を見てる気がするわね」
🎹「小さい頃からこういう友達、欲しかったなあ……」
♦️「でも、今からでも遅くありませんわ」
🍭「また果南ちゃんたちと遊びに行けばいいよねっ」
💮「大人になっても遊びたいずらねぇ、9人で」
陸に戻り、十千万旅館の前で解散。平穏に戻った内浦の海は、心地よい波音を立てて内浦の街を見守る。果南と鞠莉は船で再び淡島に戻る。
🐬「みんな来てくれてありがとう!また練習とか行き詰まったらダイビングショップにおいでよ!」
✨「今度はマリーのホテルでお泊まり会しましょー!!」
果南の船が陸から離れようとした時、千歌が駆け出してこう叫んだ。
🍊「果南ちゃーーーん!!またあそぼーーーー!!!」
🐬「ばいばーーーーい!!!」
🍊「ばいばーーーーい!!!」
おわり
【あとがき】
本日1月22日、とても悲しいお知らせがありました。
淡島の歴史と、Aqoursの歴史、そして松浦果南ちゃんの人生を見守ってきた、あわしまマリンパークが2月12日をもって閉園となります。
奇しくも、本作のインスピレーションを得るために、中井は今夏から3回ほどあわしまマリンパークに足を運び、淡島の壮大かつ温かな景色を目に焼き付けてきました。
本来であれば、果南ちゃんの誕生日である2月10日に公開するつもりでしたが、今回の突然のニュースの折に触れ、急遽公開することにしました。
本来するべき話だった所に戻しますが、実は最終話を迎えた12月16日は「幻日のヨハネ -The Story of the Sound of Heart-」が武蔵野の森で開催。そこに組み込まれていたセトリに、とんでもない曲が入っていたんです……。
Special Holidays
チカ(CV.伊波杏樹), ヨウ(CV.斉藤朱夏), カナン(CV.諏訪ななか)
完全に私が今作で思い描いていた世界観と全く一緒の新曲。しかも、ヨウチカナン幼馴染みトリオ。
世界線は倒錯していますが、「何度でも集まろう」「何歳になっても遊ぼう」と3人で誓い合う姿は、現実でも幻日でも変わりはしません。
この曲を聞き返しては、#かなんちゃんとあそぼ を見返すと、我ながらとても解像度の高い作品に仕上がったと自負しています。
気になる方は、幻日のヨハネのBD第4巻の特装限定版を是非とも手に入れて、Special Holidaysを聴いてみてください。
……話を戻して。
浦の星が廃校になったとしても、あわしまマリンパークが閉園になったとしても、果南はきっとこう言うでしょう。
これまで心に刻んできた記憶、熱い想いは決して消えはしない。日々の思い出の大切さを、果南は教えてくれている。
淡島で、内浦でこれまでAqoursが刻んできた証のひとつとして、この作品を見返していただければ幸いです。
最後に。
2023年9月7日より、ついったさんで細々とやってきた100日企画ですが、"いいね"などで本作を応援して下さり本当にありがとうございました。
また、このような作品を書くきっかけが起これば、ついったさんで書いていきたいと思います。
ありがとう、あわしまマリンパーク!!
2024年1月20日
中井みこと
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