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「たましひの薄衣」


菅原百合絵さんの第一歌集「たましひの薄衣」を読む(現代歌人集会賞、現代短歌新人賞をそれぞれ受賞)。

目には閉ざされた不可視の心情や他者、決して見ることのない失われてしまったイメージが、一転彼方からこの現実の具体的な対象に向かっていき、同化されていくようだった。この両極は、それぞれの歌のなかで危うい均衡を保とうとしているかにみえた。均衡 (equibrium)とは、2つの力が充実してすっかり安定していることではなく、ある1点において達成されるや、互いが動いているために、すぐにも崩れてしまうきわめて不安定な現象である。人間も自然も、ガラスも価格も常に動いている。それゆえ、薄衣をまとったたましひは透明で儚いのだろうか。

多くの歌が心に残ったが、そのうちのいくつか。

言葉では救へぬ人といふことも(知つてゐるけど)日傘をたたむ

水差しカラフより水ぐ刹那なだれゆくたましひたちの歓びを見き

うつむきて髪を濯ぎぬ新約に処女は娼婦と同じ名にして

ゆるされず触れえぬ人と知りて恋ふ月はひかりの筋を曳きつつ

素粒子の相転位ゆゑ滅ぶとふ宇宙語る間紅茶冷えゆく

ネロ帝の若き晩年を思ふとき孤独とは火の燃えつくす芯
(特に好きな一首)


あたかも時間を経糸に、空間を横糸にしてひとつひとつ丁寧繊細に織られた美しいタペストリーのような歌集「たましひの薄衣」、不可視の危うい均衡に包まれた、それでも一瞬の確かさが現れるような、素晴らしい歌集でした。


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