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源氏物語崩し、筆に自由をみた早熟早世の一葉のこと


数年前、芥川賞や直木賞受賞者の低年齢化が議論されていた。これは小児性を売り物にしたアイドルの低年齢化と連動したものだったが、しかし内容が優れた作品だから受賞したのであって、アイドルや歌手らと同じ土俵で議論されては作家も浮かばれない。かつて菊池寛は、小説家たるもの経験が必要で、30歳そこらじゃまだまだ年季が足らんと言っていたが、そこにきて一葉である。

確かに早熟といえば早熟なのだろうが、しかしそれは独学による努力と苦心に支えられていた。どれを読むにもあまりに見事な筆である。古典、とりわけ「源氏物語」の王朝文化の名残をとどめつつ、生活の舞台を往時の現代に移した。ここには明らかに「源氏物語崩し」なるものがある。ただの共感や優婉に終わらぬ、個の自立と自由への夢、それでも社会制度や身分に制約される葛藤が文語麗筆のなかに揺れに揺らめている。しかし二十歳前後で、果たしてどうしたらこのようなものが書けるのか。

学問はもとより、個人の自由など若い女性には与えられなかった明治期にあって、貴顕の最上層から下賤の民に至るまで、一葉はありとあらゆる人々ら、とりわけ女性らと交流していたと知る。交流というより、上から下までその時代そのものを一葉はその短い生涯に生きたのだともいわれる。

はぎという歌塾ではそれは公爵令嬢の並々ならぬ女性と接し(一葉の才はここでも群を抜いていたという)、一方では貧苦のため、吉原近く龍泉寺の私娼集まる貧民街に家を借り、春をひさぐ無知無筆の女らの客寄せのために恋文を代筆していたとある。二十歳そこそこで、である。文をもらった男らは震えと鼓動が高まるあまり、女のもとに駆け寄っていったとも伝わる。「ホホホッ」と上品に笑みをこぼしながら一葉が書いた艶書恋文とあれば、私など木っ端微塵のイチコロであろう。

そんな境涯だった一葉、ありとあらゆる人間を知り、そうして駆け足で様々な経験をものにしていく。さもなくば、あんなにも心の揺れや社会のしがらみを書けなかったに違いない。欧化急進、文明開化のこのとき、なぜ式部や清少納言のような才筆が、今に相応しい形で出てこないのかと自ら問い、貧困にあえぎながらも、筆をとり続けた。ひとつの恋破れるもその走りはさらに加速し、女性の性を突き抜けて自由を求めて止まることがなかった。才華絢爛なそれら言葉の花々をこうして読んでいると、歴史の層に埋もれ、闇に葬り去られてしまった同時代の多くの女性らの清潔可憐な姿が見えてくるようでならない。そうはどうかすると、自由が自己責任なる無責任ななすりつけに転嫁され、自立が孤立となっては縁なき連帯がしきりに叫ばれているこの窮屈な現代を生きるわたしたちと、言葉の糸でもって朧気に、でもしっかりとつながれているような気がする。

一葉作品に特徴的なことは、最晩年「たけくらべ」「にごりえ」「わかれ道」「十三夜」などの作品と、それ以前の初期中期のものとでは格段に違いがあることだ。そのあいだ、一葉は吉原龍泉寺で極貧の生活をしており、荒物屋を営むも一年足らずで挫折した。明らかにこの時期の極限的な経験が死までの残りわずかの14カ月に決定的な影響を及ぼしている。

それは、必ずも文章の繊巧や表現力や構成といった技巧に関するものではなく(確かに一葉の文語調擬古文雅俗折衷体は文学史上もっとも美しいもののひとつだと思うが)、私にはひとえに「執念」としか思えない。ひらたくいえば、「ガッツ」とか「がんばり」としかいいようがないものが、最後の最後に一葉を駆り立てていたと推察する。

さもなくば、あれらの大傑作を書けなかったのではあるまいか。すべての文という文に、すさまじい執念が宿っている。複雑化したゆえに合理化が加速している現代ではこうした考えは前近代的/アナクロニズムとして退けられてしまうが、しかし人はついには(あるいは本質的には)この「執念」(この言葉に抵抗があるなら、自任とも気位とも)しかないような気もしてくる。

命を削りながら筆にのせた、自由への執念ともいうべきものが。



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