セルラ伊藤がやめられない
「セルラ伊藤」というダジャレみたいな名前になってからもう10年近くなる。
事の発端は2009年頃、当時付き合っていた男性がわたしの身体を見たとき。学生時代に激しく太ったり痩せたりを繰り返していたせいか、とにかく臀部にのさばる脂肪細胞a.k.a.尻のセルライトがすさまじく、それがひそかにコンプレックスだったのだけど、彼はただ一言
「セルラ伊藤だな!」
と底抜けに明るい笑顔で言ったのだった。
おかげで傷つくどころか「セルラ伊藤?ちょっとハーフタレントみたい!」とポジティブすぎる解釈をした当時のわたしは(折しも加藤ローサの全盛期だった)、その名前をTwitterのハンドルネームにまで設定してしまった。
これがもし「こんなデコボコした尻の女ありえない」などと罵られたり、見て見ぬふりをされて次から必ず行為の際に電気を消されるようになったりしていたらひどく傷ついただろうし、そもそも「セルラ伊藤」は存在しなかったことになる。
また時を同じくして、大学の先輩たちと音楽活動の真似事をはじめた。なぜか各メンバーの活動ネームを決めようということになって、ちょうどよかったので自分の名前には「セルラ伊藤」を採用することにした。
(その流れを受け、男性の先輩を「志賀ラミー」と名付けた。仕事がきつく、色々なしがらみがあるように見えたからだ。もう一人の女性の先輩は「貫地谷翠れん」という名になった。貫地谷しほりと東野翠れんを足して二で割ったらしい。グループ名は「絶対忘れるな」(略してぜわす)に決まり、そこから数年の間に「アルバ伊藤」「ピーチジョン万次郎」「益若つばめ」というメンバーが加わった。3人の各ネーミングの由来は割愛。)
それから1年もしないうちに名付け親の彼とは別れてしまったのだが、「セルラ伊藤」としての活動は細々と続いていた。周りの人に「セルラ」とか「セルさん」とか「いとっちゃん」とか呼ばれるうちに、それは自分の中ですっかり名前として定着してしまい、気づけば由来であるお尻のセルライトのことはあまり気にならなくなっていた。「コンプレックスは名乗ってしまえばどうでもよくなる説」は、割と強めに唱えていきたい。
そんなこんなで長く活動しながらも当然のように1ミリも売れていなかったわたしたち「絶対忘れるな」だが、2017年、突然転機が訪れる。とあるオーディションライブを通過したのをきっかけに活動が俄かに活発化し、その流れを受けてセルラ個人での活動も増えたのだ。具体的にはMCバトル出場などを経て、以前よりほんの少し、知らない人たちに認知されるようになってきた。
すると、はじめて「自分の名前、これでいいのか?」と思う場面が出てきはじめた。
まず初対面で名前の由来を話すと相手に気を遣わせる。
「なんでセルラ伊藤なんですか?」
セ「セルライトがすごくて」
「えーっ、太ってないのに~」
セ「いやあ脱いだらすごいんですよ、悪い意味で」
「えー、そんな……」
この手の会話をこれまでに500回ほどした。まるで相手から「太ってないのに~」を引き出すためにこの名前をつけてるみたいでそのたびに気恥ずかしくなる。先日、知人がインスタグラムに自撮りを載せて「最近運動不足で豚みたいになっちゃった💦」と言いながらタイトなトレーニングウェアからのぞいた見事なくびれを披露しているのを見て気を失いかけた自分としては、「そんなことないよ!」待ちと思われるのは本当につらい。
そして、それを否定するために自分のセルライトのすごさを必死で説明しようとするも、現物を見せるわけにもいかないので、余計に相手を困らせる。見ていないので否定もしきれず、「そんな…」という反応にならざるを得ないのである。あと、せっかくコンプレックスじゃなくなったのにわざわざ必死で自虐するのも我ながらなんだか変だな、という感じもする。
それから、中途半端にふざけた感じの名前のためにMCバトルなどで「面白いラップ」を期待されることがある。名前だけ見てギャグラッパーと思った方もいるかもしれない。ただ、これは自分のスキルやセンスの問題もあるからあんまり言いたくないのだけど、とりたてて面白いラップができるほうではないのである。なんかごめん。
そんな感じで「セルラ伊藤」という名前は、あの日の自分をコンプレックスから解放してくれた希望でもあり、同時にあまり望まないギャップを演出してしまう困った存在にもなりつつある。
ただ名前を変えたいかといわれると新しく考えるのが面倒で、いまだにセルラ伊藤がやめられないでいる。そもそも本名は伊藤でもなんでもないんですけどね。