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集中治療医のぼくがClosed ICUを推す5つの理由

集中治療医として働く現場環境が、自分の診療スタイルやキャリアにどれほど影響を与えるかを考えたことがありますか?

ICUには「Open ICU」と「Closed ICU」という運営形式があり、それによって働き方ややりがいが大きく変わります。今回のポッドキャスト「ICUトーク」第2話では、集中治療医としてClosed ICUで働く魅力について語りました。このnoteではその内容をさらに深掘りし、将来のキャリア選択のヒントをお届けします。

Closed ICUは、集中治療医がICU内の患者さんの診療を一括して管理する運営方式です。まだ日本では馴染みが薄いかもしれませんが、実は集中治療医として働く上で、魅力的な環境を提供してくれる形式です。名前だけ聞くと「閉じた集中治療室」とネガティブな印象を受けるかもしれませんが、その実態はむしろオープンで多職種連携を進めやすい仕組みです。

ぼく自身は「集中治療医として働くならClosed ICUがいい」という意見です。このnoteでは、集中治療医としてClosed ICUで働く魅力や実際の利点について、僕自身の経験を踏まえながら、特に重要だと思う5つの理由を紹介します。これを読むことで、自分のキャリアを考える際のヒントにしていただければと思います。

ICUの運営方式にはいろいろある

ICUとひとことで言っても、どのように運営されているかは様々です。ざっくり2つに大別するとOpen ICUとClosed ICUになります。

Open ICUは、ICUという1つの病棟で、各診療科医師が、それぞれの診療科の重症な患者さんを診る、というシステムです。そこには、原則的に集中治療医はいません。たとえば心臓手術後の患者さんは心臓外科医が、胆管炎に伴う敗血症性ショックの患者さんは消化器内科医が診る、といった具合です。一方Closed ICUでは、ICU内での診療は基本的に集中治療医に一任されます。この違いが与える影響を、ぼくがClosed ICUを推したい5つの理由とともに説明します。

1. 診療科の負担軽減で、専門性を最大化できる環境

Closed ICUでは、集中治療医が患者さんの管理を一括して担当します。そのため、他の診療科の医師は自分たちの専門領域に専念できる環境が整います。たとえば、心臓外科医が執刀に集中しやすくなることで、より高い質の手術を提供できるかもしれません。

これは医師の働き方改革の文脈でも極めて重要です。1人の超重症な患者さんを受け持っているがために何日も病院に泊まり込む主治医、というのはかつてはしばしば見受けられた光景です。しかし、そんな働き方はもう現実的ではありません。患者さんが医師に望むのは、診療科固有の専門性の発揮です。ICU管理も同時に担いながら執刀に臨むのは、大きな負担となる場合があります。患者さんが重症化したら集中治療医に管理を任せ、自分は専門領域の診療に専念する。このような働き方は今後、各診療科の医師が専門性を十分発揮するうえで有効な選択肢の一つだと思います。

一方、集中治療医の勤務はシフト制を敷くことで、24時間365日ICUでの診療を担いながら、オン・オフの明確な働き方が可能です。つまり、集中治療医が常駐するClosed ICUは、各診療科の医師が専門性が発揮しやすい環境を整え、働き方改革の推進にも繋がります。

2. エラーを防ぐシンプルな指示で、安心感のあるチーム医療を実現

Closed ICUではあらゆる指示を集中治療医が出します。各診療科が指示を出すOpen ICUでは、診療科や医師の個性が出やすいため、医師指示は多彩になります。その事自体がナースや薬剤師の負担になりますし、スタッフ間での指示が複雑化しやすく、共有ミスなどのリスクが生じる可能性があります。つまりClosed ICUにおけるシンプルな医師指示は、医師を含めた医療スタッフのエラーを最小化してくれます。

ICUにはたくさんのルーチンが存在するので、シンプルな医師指示の重要性が高いです。ルーチンの一部をあげるだけでもこのくらいあります。

  • SpO2や血圧、ヘモグロビンやカリウム、血糖などの目標値

  • 循環作動薬や鎮静薬などの希釈方法

  • 中心静脈カテーテルの各ルーメンから投与する薬剤

  • 蘇生のときに使う輸液製剤

  • 気管挿管の際の薬剤・体位・デバイス・チューブ選択

  • 人工呼吸器の設定・ウイニングの進め方

  • 経腸栄養の種類、投与方法(持続/間欠)、増量・減量の方法

これらの一つ一つに診療科や担当医の個性が出てくると、スタッフの混乱は想像に難くないですよね。シンプルな医師指示でエラーのリスクが減れば、スタッフの精神的安定にも繋がりますし、当然患者さんに提供するケアの質・安全性も高まります。

3. 集中治療医学の最前線を学べる環境

読んで字のごとく、集中治療医は集中治療を専門にする医師です。集中治療医学は他の医学分野同様日々進歩しています。集中治療医学の中の細分化された領域で新しい知見が発見されるだけでなく、集中治療医学がカバーすべき範囲自体も広がっています。

たとえば、近年は緩和ケア・終末期医療も一大トピックです。ICUというといろんな医療機器を装着して、どんどん治療強度を高めていく場所、というイメージが一般的でしょう。ただ重症な患者さんが集まるICUでは、残念ながら亡くなる方も多くいらっしゃいます。単純にどんどん治療を追加していくだけが集中治療医の専門性ではありません。むしろ、集中治療を提供しても助からないと判断された時点で、どのような緩和ケアを提供するのが患者さんやご家族にとって最良かを考え実践するのも集中治療医として必須のスキルになってきています。

では、「ICUでいつ治療限界と判断し、どのような緩和ケアを提供すべきか」について各診療科の医師がすべてカバーすべきでしょうか。年に数回しかない状況について十分習熟すべき、というのはさすがに現実的には非常にハードルが高いです。それでなくとも各診療科の医師は、自分自身の専門分野の進化をキャッチアップすることに日々追われています。一方、ICUに専従する集中治療医が、日常的に遭遇する場面に適切に対処すべく知識・スキルのアップデートに努めるのが自然なことです。Closed ICUで働く集中治療医が日々自分自身の集中治療を振替し、絶えず進化させていくことは、集中治療の質を高めることに繋がります。

4. チームで支える診療体制が、多職種連携を進化させる

質の高い集中治療の実践には、多職種連携が不可欠です。今や多くのICUにおいて、医師・看護師の他に、臨床工学技士、薬剤師、管理栄養士、理学療法士といったさまざまな専門家が専従することが広がってきています。

Closed ICUでは、集中治療医が常駐することで、多職種間のコミュニケーションがスムーズに進みます。たとえば、ある患者さんの人工呼吸を外すタイミングについて、看護師や理学療法士と相談しながら方針を決める、といった具合です。一人一人の専門性が活きる環境は、医師としても学びが多く、やりがいを感じられる瞬間が増えます。

たとえば、人工呼吸中の患者さんの離床をどうしていくかを理学療法士・受け持ち看護師と集中治療医が相談できます。βラクタム薬の持続静注を採用するに当たり、実際の運用をどうするか薬剤師と集中治療医が相談できます。このように、各患者さんのその日のケアという日々の診療業務から、ICUとしての治療方針という大きなトピックまで、窓口が1つにまとまっているので合意形成しやすいわけです。

さらに集中治療医は、日々一緒に診療を行う中で、自分たちにはない各専門職種の知識やスキルをよく理解しています。お互いの専門性を尊重し活かすことで、より良いケアを提供したい、という思いを持って議論できる関係性が構築しやすいのもClosed ICUのメリットです。

5. 患者さん全体を管理できる責任感と達成感

Closed ICUでは集中治療医に管理が一任されます。集中治療のスペシャリストとして、患者さんからもご家族からも他の診療科からも質の高い集中治療の提供が期待されています。この責任は重いです。だからこそやりがいがあるのです。

集中治療の一部(人工呼吸や鎮静など)を担当するだけでは集中治療医の力は発揮しきれません。重症な患者さんの診療というのは、一部だけを切り取ってはできないものです。あらゆる重要な臓器はお互いに関連し合っているので、患者さんの管理全体を統括しなければ最適な集中治療は提供できません。また、そもそも根本の治療が適切でなければいくら支持療法を強化しても病状は悪化するばかりです。

管理を包括的に任されることで、集中治療医としての専門性をより幅広く発揮しやすくなります。重症な患者さんの病状は目まぐるしく変化し、一つ一つの判断が予後に大きく影響する場合もある緊張感の高い現場がICUです。Closed ICUという運用方針の中で、主体的な役割を果たす集中治療医という責任感のある仕事に、ぼくは大きな魅力を感じています。

まとめ

  1. 診療科の負担軽減で、専門性を最大化できる環境

  2. エラーを防ぐシンプルな指示で、安心感のあるチーム医療を実現

  3. 集中治療医学の最前線を学べる環境

  4. チームで支える診療体制が、多職種連携を進化させる

  5. 患者さん全体を管理できる責任感と達成感

Closed ICUの魅力を5つの観点でご紹介しました。これから集中治療医を目指す方や、キャリアを模索中の医学生にとって、どんな環境で働きたいかを考えるきっかけになれば幸いです。興味が湧いたら、ぜひClosed ICUの現場を見学したり、ぼくたちのポッドキャストを聞いたりすることで、具体的なイメージが湧くはずです。そして将来あなたとClosed ICUで働く集中治療医としてお会いできれば、これほど嬉しいことはありません!

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小谷祐樹
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