忙しい臨床医が読むべき論文はこの3種類
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これは医学論文に関連する数字ですが、いったい何の数か分かりますか?
2024年にPubMedに掲載された医学論文の総数です。単純計算で、1日に4672本、1時間に194本、1分に3本の論文が出版されているわけです。毎年、どれほど膨大な数の論文が世に出ているかが、これでよく分かります。
さて、臨床医として目の前の患者さんに最適な医療を提供するためには、新しい論文を読み、常に知識をアップデートすることが必要不可欠です。ここで大切なのは「どの文献を読むか」という選択にあります。日々膨大な文献が発表されていますが、その多くは自分の専門外でしょうし、専門領域に絞っても日々の診療に直接影響するものはごく一部です。忙しい臨床医が限られた時間の中で「読むべき論文」を取りこぼしなく選ぶにはどうすればよいか。ここでは、私がおすすめする3つの方法をご紹介します。
1. NEJM・JAMA・Lancetに載ったRCT
トップジャーナルに掲載される研究は、大規模ランダム化比較試験(RCT)が中心で、重要な研究トピックを扱っていることがほとんどです。研究によっては、日常診療に大きな変化をもたらす可能性があります。
たとえば、2024年にNEJMに載ったこちらのRCTは、菌血症に対する抗菌薬投与期間として7日と14日を比較し、7日投与の非劣性を示しました。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2404991
対象患者の選択基準(例えばブドウ球菌の菌血症患者は除外されている)や20%以上で投与期間が延長されている点を踏まえた解釈が重要ですが、7日時点で臨床経過を踏まえて、抗菌薬中止を検討する方針に切り替えた施設も多いでしょう。このように、トップジャーナルのRCTは、普段の臨床を見直すきっかけになる可能性があり、目を通しておく必要があります。
ちなみに専門領域によってどの雑誌に載りやすいかは違うかもしれません。ぼくが専門とする集中治療分野では、Lancetに掲載される文献は比較的少なく、NEJMやJAMAの方をより注視する傾向があります。
2. ガイドラインやエキスパート・コンセンサス
ガイドラインやエキスパート・コンセンサスは、世界標準を見つめ直す上で非常に重要です。たとえば敗血症の国際診療ガイドラインは4年に1回改定され、前回は2021年に発行されました。ちょうど今年、新しいガイドラインが出るタイミングかもしれません。
ガイドラインは、個々の文献を精査するというよりも、特定の臨床疑問に対するエビデンスの全体像を整理してくれます。ホットトピックであれば、10年の間にトップジャーナルから5つ、6つとRCTが発表されることも珍しくありません。1つ1つの論文を詳しく読んで比較するのは大変ですが、ガイドラインであれば、まとめて1つの推奨として提示されるので、臨床医には大変便利です。
一方、エキスパート・コンセンサスは、ガイドラインを作成できるほどのエビデンスがない分野に対して提示されることが多いです。ICU領域でいえば、重症患者の気管挿管に関するコンセンサスなどが挙げられます。
エビデンス不足のため、どうしても施設ごとの個性が強く出やすい領域ですが、「今の段階ではこれが妥当だろう」という方向性を専門家が示してくれるので、自施設のやり方と照らし合わせて検討する良い機会になります。振り返ってみると、根拠が曖昧なまま従来の方法を踏襲しているケースも意外と多いものです。コンセンサスを参考にルーチンを見直すきっかけにしてみてください。
3. 良質な専門誌の総説
1や2に比べると優先度は下がりますが、時間に余裕があれば専門領域の雑誌に載った総説(レビュー)を読むのもおすすめです。総説は、あるトピックについてのエビデンスを広く概観するもので、ガイドラインほどのフォーマルな手順(大人数での文献検索や討論、推奨の策定など)は踏みません。基本的に新しい知見は少ないですが、以下の3点でメリットを感じることが多いです。
その分野の専門家が執筆している
その分野の歴史を知ることができる
最新文献を踏まえたタイムリーな解釈が得られる
たとえば、集中治療の専門誌であるIntensive Care Medicineに掲載された短いレビューでは、重症患者にどのようにエネルギーとタンパクを投与するかがまとめられています。栄養療法をリードする著名な研究者が執筆し、過去の主要RCTを一覧にして、直近のRCTも考慮した診療アルゴリズムを提示しています。
もちろん、このアルゴリズムはあくまで著者らが提案する一例に過ぎません。しかし、ガイドラインが新たなエビデンスを反映するには数年かかる場合があるのに対し、総説は比較的早い段階で最新の知見を反映してくれることが多いのです。そのため、診療現場で役立つ可能性があります。ただし、特定の治療を推進したい著者の意図が反映されているレビューもあるので、読み手にもある程度の背景知識が求められます。
まとめ
「忙しい診療業務やプライベートの合間を縫って読むからには、明日からの診療に活かせるものを選んでほしい」という思いで、3つ選びました。
NEJM・JAMA・Lancetに載ったRCT
ガイドラインやエキスパート・コンセンサス
専門誌に載った良質な総説
特に時間がない場合は、1と2だけでも十分です。それだけでも1ヶ月に1本以上のペースで出版されており、それを追うだけでも大変です。患者さんに提供する医療の質を高めようと文献を探している臨床医のみなさんが、「読んで良かった」と思える文献と出会えることを願っています。