見出し画像

外科医が教えてくれた集中治療医のアイデンティティ

自分の仕事を一言で説明できますか?

集中治療医である僕は「原因に関わらず重症な患者さんを診る医師」と説明しています。

でも、この言葉にたどり着くまでには時間がかかりました。むしろ、「集中治療医の存在意義って一体何なんだろう?」と悩んだ時期もありました。そんな僕の悩みを解消してくれた外科医の言葉をヒントに、集中治療医のアイデンティティについて書いてみます。

集中治療に進んでからのモヤモヤ

初期研修後の進路選択は悩ましいです。僕も最初は糖尿病内科に進もうと思っていました。病態生理を深く考えるのが面白かったんです。でも、研修する中で救急・集中治療分野に興味が移り、真逆とも言える道に進みました。

実際進んでみると、緊張感のある急性期医療の現場はとても刺激的でした。ただ卒後3〜4年目に僕の中で漠然とした不安感が生まれてきました。

「集中治療医にしかできないことってなんだろう?」

気管挿管やCV挿入などの手技を短時間で確実に成功させるスキルは確かに上がってきました。鎮静やカテコラミンの細かな調整もある程度できるようになりました。
「でも、それって集中治療医じゃなくてもできるんじゃないか?」
そんな考えが頭をよぎるようになりました。

一方で、臓器別の診療科には、その道のプロにしかできない特別な技術がたくさんあるように思えました。循環器内科医のカテーテル治療、消化器内科医の内視鏡、心臓外科医の開心術―どれも自分には真似できないような高度な専門技術です。同期たちが「PCIやった」「ERCPやった」「腹腔鏡◯件やった」と話すのを聞くたびに、自分の不安はどんどん膨らんでいきました。

そんな悩みを抱えながら、「集中治療医らしさって何だろう?」ともやもやしていたんです。

Open ICUを経験した外科医の言葉

そんなある日の朝、カンファレンス前にICUを歩いていると、消化器外科の先生(T先生としましょう)が担当患者さんを見に来ていました。T先生は当時卒後7年目くらいで僕の少し先輩でした。挨拶しながら患者さんの話をしていると、T先生がふとこんな事を言ってくれたんです。

「ICUの先生がいてくれるおかげで、外科医はめちゃくちゃ助かってるよ」

この一言が、僕にとっては衝撃でした。
それまで僕は「集中治療医 vs. 他の科の医師」という対立構造の中で、集中治療医らしさを見出そうとしていました。でも、実際には対立ではなく「分業」が鍵だったんです。

具合の悪い患者さんはICUで集中治療医が診る。その間、他の診療科の医師たちは自分の専門分野に専念できる。集中治療医がいることで、各専門家がそれぞれの得意分野で力を存分に発揮できるんです。

聞けばT先生がこれまで勤務した病院はOpen ICU、つまり各診療科の医師がICUの患者さんも診るスタイルでした。そこでの外科医の働き方は、「朝から定期手術→夜に緊急手術→朝までICU管理→翌朝定期手術」という過酷なスケジュールが日常だったそうです。ほぼ徹夜では、翌日の手術のパフォーマンスが落ちるのも当然ですよね。これは外科医にとっても、患者さんやご家族にとっても望ましい状態ではありません。

今回集中治療医のいる病院に赴任したことで、夜に緊急手術があっても、術後は集中治療医に任せて休める。その結果、翌朝の定期手術には万全のコンディションで臨める。T先生は、この点をとても感謝してくれたんです。

重症患者診療こそ集中治療医のアイデンティティ

一つ一つの手技や薬剤調整は、集中治療医でなくともできるかもしれません。でも、各診療科医師の専門性を最大限発揮できる環境を作るために、集中治療医はICUで重症患者さんの診療に専従することが重要なんです。これによって、集中治療医によるきめ細やかなICU管理と、各診療科医師による質の高い診療が安定的に提供できます。集中治療医による分業は「医師の働き方改革」の観点からも、とても大切です。これこそが、集中治療医のアイデンティティだと気付かされました。

また、ICUに入る理由となる病気は非常に多彩です。肺炎、腹膜炎、外傷、心筋梗塞などなど、何でもありです。臓器別の専門家が専門外の疾患を診るのは難しいですが、集中治療医は重症疾患のジェネラリストとして、疾患の種類を問わず患者さんを診るスキルを身に着けています。

更に、集中治療の分野は拡大し続けています。今や世界標準の集中治療の実践には、循環・呼吸管理だけでなく、早期離床や緩和ケアまで含まれます。これらをカバーするには広範な知識を絶えずアップデートすることが必要で、集中治療医以外がタイムリーに全てを対応するのは困難です。

結局、悩んでいた頃の僕は視野が狭まっていました。「集中治療医にしかできない何か」に固執したせいで、逆にその役割を見失っていたんです。
自分の仕事について聞かれても、今なら胸を張ってこう答えられます。

集中治療医は、原因に関わらず重症な患者さんを診る医師です!

まとめ

  • 集中治療医のアイデンティティは、あらゆる重症患者さんをICUに専従して診ること。

  • 集中治療医がICU管理を担当することで、各診療科の医師は専門分野に専念でき、医師の働き方改革も進む。

いいなと思ったら応援しよう!

小谷祐樹
よろしければ応援お願いします! いただいたチップは集中治療の普及や若手医師・医学生のキャリア支援の活動費に使わせていただきます!