渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その⑥
※本記事は、2018年8月28日都内で行われた「海外留学フェア (PPP Project)」の一貫として開催された「女性中堅作曲家サミット・グループA」の書き起こしです。パネリストとの合議による加筆修正が含まれます。(編集・わたなべゆきこ&森下周子)
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渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その➄
ー(わたなべゆきこ、以下わたなべ)では終盤に差し掛かりましたので、みなさんに将来のビジョンなどお聞きしたいと思います。桑原さんどうでしょうか?
(桑原ゆう、以下桑原)いまが一生懸命すぎて、あまり先のこと考えられないっていうのが実際のところです。35歳までに、これをやりたい、やらなきゃっていうのがあって、いつも10年単位で考えるんですけど、それをクリアできるように頑張ることかな。そういうのを継続していけたらいいなっていうのが漠然とあります。あと、最終的には死ぬまで書ければいいなって。
ー(わたなべ)桑原さんは、小中学生の生徒さんに対して作曲レッスンをされていますよね。そういったより若い世代に対して何かありますか。
(桑原)先ほど話題に出ていたけれど、やっぱり〇〇大学入学が目標になってしまっている、それは本当に良いことじゃないなって思います。自分のやりたい音楽がまずあって、そこから大学を選択して、その先の卒業後のことまで考えられたらいいと思うんですけど、実際は親御さんとの関係もあって難しかったりするんですよね。
ー(森下周子、以下森下)前に話していたとき、留学してないことに対してコンプレックスがあるって言ってたじゃない。それはどういう?
(桑原)やはり(留学している人は)向こうとのコネクションが強いんですよね。フェスティバルやコンサートで演奏してもらうにも、どうしても先生やオーガナイザーとの繋がりが大事になってくる。最近はなるべく継続的に行くようにして少しでもコネクションを作るようにしてはいて、そこに作曲家がいるっていうのが大事だから。
ー(わたなべ)逆もそうですよね。私たち日本にいないから、日本にコネクションがないっていうのと同じで。
ー(森下)じゃあ具体的にこういうことを学びたいとか、日本と違う何かが見たくてというより、海外に出る足がかりだったり、チャンスにつながりやすいっていう。
(桑原)勉強できることっていうのはその土地独特の個性があって、それって逆に言えばどこに行っても狭いし、だから日本にいてもそれは同じっていうか・・・。
ー(森下)なにが正しいというのはなくて、自分に見合った形を見つけるのがいちばんですよね。合う・合わないがあるし。
ー(わたなべ)渡辺愛さんはどうですか?若い方に関して、こういう場がもっとあるといいとか、改善していきたい点などありますか。
(渡辺愛、以下渡辺)難しいですね。学校にもよるし。でもみんな真面目だなぁと思います、最近の学生は。あんまり「なんだこいつ!」みたいな人はいない・・・(笑)昔はそういう人が学年に1人や2人はいましたけど。あとは割と弱い子が多いかもしれない。ちょっとしたことで挫けたり諦めたりくよくよしたりっていう。
ー(森下)でもわたしもそうだったよ!外国暮らしだと、明日ビザ取れないと死ぬ!みたいなことばっかりだから、変わらざるを得ないけど(笑)
(山根明季子、以下山根)わたしは寧ろ、その弱さをポジティブに捉えていて。おそらく自分たちより若い人は、さらに繊細な感知器を持っている可能性があって、それは年齢が下になるにつれて強くなっている感じがします。わたしにはできないことが若い人にはできるんじゃないかなぁ。そこを守って行くことが自分たちの役割というか。
(渡辺)大学という組織にいると、そこはジレンマがあったりはしますね。わたし個人はそういう繊細さに魅力を感じていても、学校全体の要請としては強い人材を育てたいっていうのがあったりとか。
ー(森下)それは具体的に言うとコンクールで賞を取るとかですか?
(渡辺)就職とかね。
ー(わたなべ)必ずしもその学校の評価が、本当の音楽的な意味での評価ではないですよね。
(渡辺)何が「本当か」はわからないですけどね。
ー(わたなべ)見ている角度によって変わるということでしょうか。
(渡辺)その通りだと思います。
【⑦につづきます。次回前半部最終です。】
渡辺愛×山根明季子×桑原ゆうで語る~その⑦