来期のさっきょく塾ではこんなことをします(稲森安太己先生編)
4月から始まる来期のさっきょく塾では、「理論を学ぼう」をテーマに、講師として作曲家の稲森安己太さん、横井佑未子さんをお迎えします。お二人ともヨーロッパで研鑽を積まれ、作曲家として活躍されているほか、欧州の教育機関で教鞭を取り、教職にも深く関わっています。理論を学ぶことは、創造活動とどう関わってくるのか、必要なのか不必要なのか。今日は、講師の横井さんに「理論と創作の関係」についてお聞きしたいと思います。来期のさっきょく塾お申込はこちらから。
作曲理論って結局必要か
わたなべ:今日は来期ゲスト講師の稲森安太己さんをお迎えして、少しお話をお聞きしたいと思います。4月から始まるさっきょく塾では、「理論を学ぼう」をテーマにしているんですね。
稲森:それで僕と横井さんがゲスト講師、ということなんですよね。
わたなべ:そうなんです。横井さんは今現在もフランスにお住まいですけれど、国立音楽大学からフランスに留学されて、作曲科だけでなくエクリチュール科も卒業されている、エキスパートなんですね(詳しくはこちらから)。お二人にお聞きしたいのは、「音楽理論」って作曲に必要なのか、どういう影響があるのか、ということなんです。
稲森:それって難しい質問ですよね。どこまで必要なのか、どういう影響があるかって。でも、良い悪いを押し付ける前に、一人一人がその問題について、一回立ち止まって考えてみるって言うのは、良いと思うんです。
わたなべ:アカデミックな場所では、音楽理論って必修じゃないですか。音大入るために和声や対位法をやったり。音大に入ってからもずっと学んでいく。でも、それが実際どう影響があるのか、その良し悪しっていう観点ではあまり語られない気がするんですね。
稲森:そう思います。これ話がずれちゃうんだけど、それに関して僕ね、最近感じることがあるんです。良し悪しを語らない風潮がありませんか?価値判断を嫌い過ぎている。それは、日本だけのことではなくて、例えばドイツでもそうなんです。ドイツで講習会に行ったとき、講師の先生がよくこう言っていて。「ここは価値を判断する場所じゃない」って。
わたなべ:確かに。それって何でなんだろうなぁ。
稲森:でも、芸術って「価値を発信すること」じゃないですか。だから、何でも良いんじゃなくて、自分の中での「価値を決める基準」を鍛えていかないといけないんです、ほんとは。
わたなべ:そのためには、理論が必要だと。
稲森:一つのとっかかりとしては、有効だと思います。
作曲技法を学ぶこと
わたなべ:これまで稲森さんは、どうやって理論を学んできたんでしょうか?
稲森:僕は作曲技法を学ぶのが好きで、それを使って作曲をしてみる、ということを好んでやってきました。その点で言うと、ベリオなんかとも類似しているかもしれません。
わたなべ:学んだことを、実践してみる。
稲森:それも、ただ学んだ通りにやるんじゃなくて、自分の「創作」としてそれを援用できないか、ということをずっと考えてきました。例えば、2007年に書いた作品は、新しい複雑性の音楽を書く作曲家がしばしば用いた語法を取り入れて書いていたりします。
わたなべ:複雑性の音楽って、例えばブライアン・ファニホウ(Brian Ferneyhough)の技法?
稲森:ファニホウの、とは言えないかも知れませんが、彼も用いたネガリズム法を用いて書いているんです。
わたなべ:ネガリズム法?
稲森:写真のネガ/ポジってありますよね。ああいう発想なんですけど、休符と音の打点の位置を反転させるんです。休符が単に「音がない」という状態としてではなくて、最初から音楽的に意味を持って計画して作曲してある。言ってみれば、セリー的な考え方でもありますね。そういう風に単純に方法論の真似事でもやってみると、「あぁ、これは面白いな」とか「合わないな、つまらないな」っていうのもわかりますよね。
わたなべ:うんうん。
稲森:音楽の内容はともかく、音楽に援用できる技を獲得することは、悪いことではないと思うんですね。やりたいことを表現するのに適した技術を獲得する。
わたなべ:使えるテクニックの幅が狭いことで、表現したいこととは別のものに固執してしまうパターンもありますもんね。技術が適していないがために、そこで煮詰まってしまう。
稲森:「何がやりたいのか、突き詰めることで自然と技術にたどり着く」とも思うんですけど、僕の場合は少し特殊で、「技術を学ぶのが好き」なんです。技術を学んだあと、「これを使ってどんなことが出来るかな?」と言う風に考える。
わたなべ:「技術」って、誰かの思考の連続の結果ですから、それ自体に音楽が詰まってるんですよね。そこを創造の出発点にすると。そういうやり方もあるんですね。
稲森:僕は人の音楽にとにかく興味があるんです。音楽をただ聞くだけじゃなくて、それを分解してみて、その作曲家がどんなことをどんな風に考えて、感じているのか、読み取るのが好きなんですよね。そういう意味では、わたなべさんも、似たようなところがありますよね。音ポストではそういうことをやっている。
わたなべ:そうですね。楽譜から思考を読み取ったり、その人の考えを想像したりするのは好きな方です。
稲森:でも、僕はそれを技術という面で見ているのかもしれません。技術って面白いもので、その人間の人となりが透けて見えたりするんです。この人は世界をこういう風に捉えているんじゃないかっていうところまで。
わたなべ:なるほど。作品を見るにも、色んなアスペクトがあって面白いですね。最後に、具体的にさっきょく塾で扱うテーマや楽曲などについて教えてください。
稲森:まず塾生とやりたいことは、「必要な音と不必要な音を見極めよう」ということです。自分が書いている音の中で、必要な音と必要じゃない音をどう判断するか。例えば、それは塾生の楽譜を見ながら、お話することが出来ると思います。あと技法に関して言うと、僕が自作のテーマでもある「リズム点の扱い」について、集中的に学んでいきたいですね。
わたなべ:具体的には、どんな作品が例に挙がりますか?
稲森:カスパー・ヨハネス・ヴァルター(Caspar Johannes Walter)というドイツの作曲家がいるんですけれども、彼の『Metrische Dissonanzen』という、1台のピアノを4人で演奏する作品を取り上げたいです。
(上記リンクは参照のための別作品です)
『rezipierendes』は、The 技法という感じの作品なんですね。「リズム点」を人はどう聞くか、ということがテーマになっていて、リズム点のずれをうまく聞かせるためにどう書くか、ということを学ぶには、適した作品だと思います。
わたなべ:面白そう。何となくリズムを聞いている人、書いている人には、それをどう考えれば良いか、一つの手立てになりそうですね。
稲森:カスパーのこの作品は、物凄く複雑に倍音を操作しながら音程の高低を念入りに考えて作られていて、淡々とパルスが続くような音楽なんですけど、そのパルスのずれが聴く面白みにも繋がっているんですね。パルスを聴いて認識するのには、パルスを示す音高も吟味されている必要があるという、考えてみれば当たり前のことがとても丁寧に作曲されています。単に複雑なもの、というよりは、聞いてわかる面白さっていうのをギリギリのところで、やっている音楽です。それも素晴らしい完成度で。それは、技術の為せる業だと思うんですね。
わたなべ:「複雑なものを実現するのに沢山音を並べてみる」のではなくて、技術を持って然るべき目的のもと「複雑」を書く、ということですよね。それ、興味深いなぁ。「音響として、こう混沌としたものが書きたい」って思うことがあるんです。でも、それをどうやって実現させたら良いのか、わからない。
稲森:何かを書こうとしたときに、「言語で説明することで」理解を助ける、ということはあると思うんです。複雑なことだったりすると特に。でも、音楽作品として独立して、音だけで何かを説得するっていうのは、実は難しいこと。そういう意味でもヴァルターは、とても完成度が高い音楽を書く作曲家なんです、音だけで説明がなくても、納得できる。
わたなべ:とても面白そうです。日本であまり扱われない作曲家なので、そういう面でも、今回集中して学べたら良いです。稲森さんのゲスト月は、2020年5月になります。是非、多くの方に参加頂きたいと思います。今日は稲森さん、ありがとうございました。
稲森:ありがとうございました。楽しみにしています。
後期の予定・さっきょく塾申込方法
【オンラインで学ぶさっきょく塾】は、インタラクティブに作曲を学ぶためのオンラインサロンです。Facebookのグループ機能を使用しながら、2020年4月から9月までの半年間、月額1500円でご参加いただけます(新規・継続共に大歓迎です。受講内容は以下参照)。
来期の予定です。
4月【自己紹介月とオリエンテーション】
5月【理論を学ぼう】稲森安太己さん(作曲家)
6月【演奏家に会いに行ってみた】松浦芳宜さん(トロンボーン)
7月【理論を学ぼう】横井佑未子さん(作曲家)
8月【演奏家に会いに行ってみた】キュサン・ジョンさん(クラリネット)
9月 まとめ
詳細、またさっきょく塾のお申込は以下よりお願いいたします。沢山のご応募お待ちしております。
若手作曲家のプラットフォームになるような場の提供を目指しています。一緒にシーンを盛り上げていきましょう。活動を応援したい方、ぜひサポートお願いします!