日台交流協会に台湾音楽記事を寄稿した話
2023年11月に、公益財団法人日本台湾交流協会様の台湾情報誌『交流』11月号に、台湾音楽に関する記事を書かせていただきました。
この記事は、その感想を書いております。特に新しい情報はないですが、執筆も大変でしたので、一度記事を書いて一区切りをしたいなと思い書いております。
お話を最初に頂いた時には、「本当に私で良いのでしょうか?」という気持ちでいっぱいでした。錚々たる方々が、外交や経済などの記事を書かれている訳で。完全に場違いな気がしましてねぇ。
よかったら、以下のリンクから読んでやってください。本人喜びます。https://www.koryu.or.jp/Portals/0/images/publications/magazine/2023/11/2311_05ishii.pdf
オファーを頂き、私の書けるような内容で構わないということで、今回は私が一番お話しがしやすい、台湾のインディーズ音楽を中心にしたミュージシャンや音楽の紹介と、台湾の社会との関わりについての原稿を書かせていただきました。
私自身、ここまで台湾のインディーズ音楽について知りたい、そしてそれを理解するためにも、台湾社会のことを勉強しなくてはいけないと強く思ったきっかけは、恋愛や日々のことだけではなくて、台湾のインディーズ音楽には、社会背景やそこに横たわっている問題なども描写していることを知ったからです。
さらに、ご縁もあって、台湾と日本の音楽を軸にした、約100年の繋がりと流れについて調べている方から、直接教えて頂く機会もありまして、より詳しく学ぶことができました。(京えりこさんという作詞家の方で、大学の先輩に当たる方だったという偶然もありつつ。)
もともと夏には複数のフェスに行き、ライブに行くことを日常としていて、気になる音楽があれば試聴もするし、音楽好き友達と共に最近の素敵だった音楽について話しながら酒を飲むという、音楽成分高めに生きていますので、台湾のインディーズ音楽に関しても、もともと少し興味はありました。
それが、台湾人の友達ができて、そこから音楽をきちんと聴くといろんなジャンルの音楽があり、本当に鮮やか。そして、台湾は多言語であることを証明するかのような歌われる言語の多さ、と驚きがありました。
もちろん、一番メジャーなのは中国語ではありますが、それでも他の言語の楽曲でも限定的なコミュニティだけではなく、多くの人にきちんと聴かれていることも感動でした。
今回の記事は、今までnoteで書いていることを整理しつつ、読んでくださる方のメイン層が、台湾に明るいけれど音楽はそこまで詳しくはない、と想定したので、ちょっと音楽ジャンルなどの説明やシティポップの説明なども加えつつ、書かせてもらいました。
正直なところ、記事は公開されていますが、何か間違いがないか?台湾のPOPミュージックがめちゃくちゃ好きな人からしたら、マニアックなものを書いて、「これが台湾音楽全部って思われたら困る!」みたいに、ぷんぷんしている人いないかな・・・とか、震えておりますが、まぁ自己紹介として音楽マニア感が漂うな感じだから、許してほしいなと思っております笑
note記事は、更新頻度は落ちておりますが、来年もまだ紹介したアーティストもたくさんいますし、インディーズだけではなく幅広くアーティストを知って、より台湾の社会や文化のことを学んでいきたいなと思っています。
もちろん、私の「好き」に塗れた、ちょっと薄気味悪いような記事も書いていきたいですし。
でも、8,000文字をこえる文章を、台湾音楽をテーマでかけるようになったことは、自分自身にとってはここ2年くらいの集大成だなと感じております。私一人では、とてもここまで来れなかった。
noteもたくさんの方に読んで頂いたからこそ、続けて来られましたし、記事をかけるように文章の添削を根気強くやってくれた、今年急逝されたジャーナリストのYさん。同じく今年の初夏にお亡くなりになった音楽プロデューサーの佐藤剛さんも、文章を書くこと、そして何もない私に機会も下さいました。
音楽のレコメンドをかけるような知識は、ミュージックソムリエ協会のやっている「ミュージックソムリエ講座」は、とても役に立ちました。
本当、感謝を書くとキリがないのですが、台湾音楽に関して、一つの形が出来たかなと思います。
まぁ、本当に物事には近道はありませんね。2年かかっても、まだこれかよ!って思う人もたくさんいると思うけど。私としては、驚きと感謝でいっぱいです。
引き続き、音楽紹介記事は書いていきますので、どうぞよろしくお願います。また、Podcastもやっていますので、こちらも聞いて頂くと、めちゃくちゃ喜びます、本人が。
台湾のインディーズ音楽に関しては、noteで記事を書いております。よろしくお願いします。